愛しています、ずっと
「徳子殿。」
一歩前に出る済時を恐れるように、橋姫は後ろに下がった。
「何故・・・何故、このようなところにお出でなさる。」
震える声で済時に言った。
「あなた様は、この私が殺しました。確かに、あなた様の首に歯を突き立てて、その血を啜り、肉を喰らいました。なのに・・・何故、ここにおられるのです?」
また一歩歩くと、済時はまっすぐに橋姫を見た。
「そなたに会いに来たのだ。」
ぶるぶると橋姫は細かく首を振った。
「空言を、お言いなさるな。私のことなど、あなた様は一片もお気にかけてはくださらなかった。」
「そのようなことはない。私はずっと、そなたのことを考えておったよ。」
「戯言じゃ!」
はらはらと涙を零しながら、袖に顔を埋めた。
「戯言ではないよ。私は死した後も、そなたのことばかり考えておった。」
後ろにいた玄清が、そっと言葉を付け加えた。
「橋姫。済時様が仰っていることは真だ。済時様はあなたに殺された後も、成仏することなくこの世に留まっておられた。ずっとあなたのことを想っていたからに他ならない。」
顔を隠したまま、橋姫は再び後退した。
「空言じゃ。どうして殺した相手を永劫の時の中で想っていらりょうか。あるとすれば、それは恨みに他ならぬ。そうに決まっておる。」
「それは違う。」
そう言ったのは、虎瞬だった。
「あなただって同じでしょう? 俺が、自身を使って封印した時に、あなたの感情が入ってきた。そこにあったのは、恨みでも辛みでもない。裏切られたという深い悲しみ、それ以上に強くあったのは、ただ純粋に、済時様を想う心だった。殺した相手を永遠に想うなんて、そう出来ることじゃない。あなたは本当に済時様を愛していたんでしょう?」
不意に、橋姫が顔を上げた。その目はしっかりと、済時を見つめていた。
「・・・しかしあなた様は、私を裏切ったではありませんか。別の女の下へと通い続けたではありませんか。」
済時が歩みを進める。橋姫はもう、逃げることはしなかった。
橋姫のすぐ目の前に、済時が立った。
いつの間にか、光洋の姿はなく、代わりに高貴な貴族が立っていた。
橋姫は悲しげに見上げる。
済時も、優しく見つめ返す。
何百年も後の世界で、二人は再び、お互いを見つめていた。
「それは違うのだ、徳子殿。」
「何が違うと仰るのです。」
「私が望んだ事では無かったのだ。」
悲しげに済時は頭を振った。
「私とそなたとの間には、子を成すことが出来なかった。それで藤原家は、なんとしてでも子孫を残そうと、私とそなたを引き離し、別の女を添わせたのだ。」
「そんな・・・そんな戯言、聞きとうございませぬ。」
「聞いておくれ、徳子殿。お家の為で仕方なかったのだ。藤原の血を絶やしてはならぬ。そう言われ続け、私は仕方なく女と子を成した。だが、心はすべてそなたの下にあり続けた。私はそなたと共に居たかったのだよ。ただの戯言にしか聞こえぬやもしれぬが、私はそなただけを愛していた。死してなお、今も。」
「済時様・・・それは、まことでございますか?」
優しく微笑み、静かに頷いた。
「まことじゃ。徳子殿、そなただけをずっと愛している。」
「済時様・・・まことに、私は、あなた様に、なんてことを・・・」
一歩下がろうとする橋姫を、済時はそっと抱き寄せた。
「よいのだよ。そなたよりお家を選んだ愚かな私への、天からの報いだったのだ。それに再びこうしてそなたを抱くことが出来た。私は果報者だよ。」
済時の腕の中で、橋姫は大声で泣き始めた。
きっと、今まで堪えていたもの全て、その涙に乗せて流しているんだろうね。
虎瞬が小さく、呟いた。




