神、堕ちる
「っぶねえ!」
龍風が慌てて体勢を立て直す。
「さっきの、お返しだぁ!」
右手を大きく振ると、そこから巨大なかまいたちが橋姫に飛んでいった。
それを軽々と跳躍し、かわす。しかしかわした先に、雀景が真紅の羽を広げていた。
無数の炎の羽が橋姫に襲い掛かる。
「くっ・・・」
袖で辛うじて払い落とす。睨みつけたその先は、二人しかいないことに気づいた。
はっとして振り返り、鋭くなった爪を背後の人影に突きたてる。
しかしそれは、残像だった。
「ここだよ、橋姫。」
頭上から場違いなほどののんびりした声が聞こえた。
咄嗟に上を見上げた。
が、そこにはすでに、人影はなかった。
「あなたに俺の姿は見えないでしょう?」
真後ろから突き出た鋭い爪が、頬に当たる。
「もう、やめませんか?」
身動きの取れない橋姫を見つめながら、悲しげに言った。
「俺は、あなたを傷つけることは出来ない。」
「何を戯言を・・・」
卑屈に笑い、振り返りざまに爪で虎瞬の首を狙った。
しかし、すでに虎瞬の姿はない。
いつの間にか、龍風たちの隣にいた。
「あなたとは戦えない。わかってください、橋姫。」
その声が届いているのか、橋姫は下を向いて俯いた。
「言ったでしょう。あれはあなたのせいじゃない! 時代が・・・・あの時代が悪かったんです。」
「・・・うぬに、何がわかる・・・」
先ほどとは打って変わった声。どす黒い、地の底から響くような声になっていた。
「うぬにわらわの、何が、何が、わかるというのだ・・・」
まるで声から滲み出るように、橋姫の周りに黒い妖気が発せられた。
ぞくりとして、三人は身構えた。
「消えるがいい・・・・消えろ、きえろ、キエロ・・・」
ぐるりと上げたその顔は、もう原型すら留めていなかった。
まるで地獄絵図に出てくる、鬼そのものであった。
「橋姫、いけない! 戻れなくなる!」
聞こえてないのだろうか、ただ、憎悪の瞳が三人を見つめるだけだった。
「キエロ・・・キエロ・・・キエロ・・・」
ぎこちない動きで一歩前に出る。見れば、その足元が触れるところから腐食していった。
「まずい。堕ちかけてる。」
雀景の言葉に、龍風が眉根を寄せた。
「堕ちる? どういうことだ?」
頷いたのは虎瞬だった。
「生成りというのは、完全な鬼じゃない。だから今、完全に鬼と成って、地獄を呼び出そうとしている。」
「つまり、地獄が現代に蘇ると思ってくれればいい。神が堕ちるってのはそういうことだ。」
はぁ、と龍風がため息をついた。
「これだから、神は厄介なんだよな。やたら力が強いんだからよ。」
「厄介なのはこの世さ。神さえも食らおうとしている。」
雀景が赤い光を右腕一点に纏わせた。
「仕方ない。滅却するしかない。」
答える代わりに龍風も蒼光を刀状に変化させた。
その二人の前に、虎瞬が手を横にして止めた。
「大丈夫。そろそろだ。」
言うが早いか、橋姫の動きが止まった。
みしりと、橋を踏む音がどこからか響く。
二人分の、足音がした。




