黒白の虎、降り立つ
それは、降り立つと同時に、龍風に絡み付いていた髪の毛をぶつりと切った。
同時に、一瞬のうちに濡れ女の体も真っ二つに引き裂いていた。
濡れ女が悲鳴をあげることもなく、その場に倒れた。よく見なくとも、事切れている。
頭から落ちる龍風と雀景を上手く捕まえると、橋姫から距離を取った。
橋姫は驚愕で目を見開いたままだ。
「そなた・・・封呪を破りおったのか・・・?」
そっと二人を下ろし、にこりと、虎瞬は笑った。
「久しぶりだね、橋姫。」
雀景が慌てて体を起こした。瞬きを繰り返しながら『虎瞬』を見上げる。
「おま、虎瞬! 蘇ったのか!?」
ちらりと見やると、穏やかな笑みを浮かべた。
「心配かけた。ごめん。」
その穏やかな顔。優しい笑み。どこか間の抜けた、おかしなまでのマイペースさ。
間違いなかった。
「龍風は大丈夫?」
必死に咳をして呼吸を取り入れていた龍風が、苦しそうに言った。
「あ、あったりめぇだ。この、俺が、このてい・・・ぐっ、げほっ。」
くすくすと笑いながら、秋人が手を差し伸べた。
「わかったわかった。龍風は強いもんね。」
「けっ・・・本当に、げほっ・・・蘇ったみてえだな。」
その手を掴みながら立ち上がると、にいと笑った。
「起きたな、虎瞬。」
「おはよ、二人とも。」
「そういえば、玄清は?」
雀景が辺りを見回す。
「玄清にはちょっとやってもらうことがあってね。後で来るよ。その前にさ。」
橋姫に向き直ると、白い光が体中に走った。特に、右手に強く集まり、まるで虎の手のように鋭く変化した。
「少し話そう、橋姫。昔のこととかさ。」
す、と橋姫の目が細くなった。口元に手を当てながら妖しく首を傾ぐ。
「はて、昔のこととな? 話したいことなんぞ、ありもせぬが。」
「僕はあるよ。あのときのこととか、ね。」
ぴく、と形の良い眉が動いた。
「・・・あのときとな?」
「俺が人柱になってあなたを封印した時のこと。そのときに感じたこと、未だに覚えてるよ。」
「だっ、黙るが良い。」
ぴしゃりと鋭い言葉を投げられても、虎瞬はゆるゆると首を振った。
「あのとき、俺はあなたと同化した状態になった。この身のみを使って人柱になったから魂は解放されたけど、確かにあなたの感情が流れ込んできてたよ。」
「黙りゃ!」
初めて感情を見せた橋姫の頭に、いつの間にか鋭い角が二本、小さく生えていた。
「橋姫・・・生成りの姫、だったね。」
ぽつりと呟いた虎瞬の言葉に、牙を剥きながら橋姫が睨んだ。
「黙りゃと言うておる!」
「ごめんなさい。でも、これだけは聞いてほしい。」
凛とした声を張り上げて、虎瞬は言った。
「あれは、あなたのせいじゃない。誰のせいでもない。」