宇治の橋の姫
霧の中から現れたのは、赤い晴れ着を纏ったぞっとするような妖艶な美女であった。
妖しく微笑みながら足音も立てずに二人に近づく。
「久しいのぉ・・・四聖の者ども。わらわの橋によくぞ参られた。」
はは、と雀景が力なく笑った。
「本当にお久しゅうございます。お変わりないようで。」
「そなたも見目は変わったが、美しさは変わらぬようだのぉ。」
ちらりと龍風を見て、袖に手を当てて優美に笑った。
「そなたは変わったのお。女子になったのかえ?」
顔を引きつらせながら龍風が言った。
「望んでなったわけじゃねえやぃ。」
「いやいや、中々様になるようだの。ずいぶんと美しい女子ではないか。」
するすると近づくと、逆さになった龍風の頬に手を当てた。
「しかし・・・この宇治の橋に、美しい女子はいらぬ。」
途端、橋姫の長い髪の毛が、龍風の首に強く撒きついた。
「ぐあぁ!」
「知っておろう? この橋姫は、嫉妬深いことを。」
ぎりぎりと締め付ける音が響く。慌てて雀景はもがいたが、濡れ女に不思議な力がかかっているらしく、力が出せない。
「まずは、この龍から討ち取らせてもらおうかの。」
くつくつと笑う。ちらりと雀景を見て、そこでふと口を開いた。
「そういえば、玄武がおらぬな。白虎の封は深くしておるから目覚めぬのはわかるが、奴はどうしたえ?」
もがきながら雀景が答える。
「あいつ、は、あなたから、虎瞬を、守るため、に、隠れまし、た。くそっ。取れない!」
「左様か。玄武も美しい顔をしておるから、一目見たかったのだがの。」
げほっと、龍風の口から血が出た。
「龍風! くそっ!」
なんとか気をそらすために、雀景は叫んだ。
「我々はもう二度と、あなたに白虎を殺させない!」
ぴく、と橋姫が動いた。ゆらりと振り返る。
「ほう? 面白いことを言うてくれる。」
「あなたの目的が虎瞬であることはわかっています。だが、俺たちはどんなになろうと、あいつは殺させません。」
「・・・威勢がいいのは結構なことだがのぉ。少々、口が過ぎるえ?」
その異様な瞳の光に、ざわりと鳥肌が立った。
龍風の首を絞めたまま、雀景を睨みつける。
「・・・愚かよの、人間は。」
美しく、凄惨に笑う。
思わず、雀景はぞくりと体を震わせた。
「憐れだの、そなたたちは。いつまでもいつまでも、人に生まれ変わらねばならぬ宿命をもっておる。愚昧で、欲しか見えぬ薄汚れた人間に、そなたらは生り続けねばならぬ。まこと、悲しき者どもよ。」
くす、と笑うその顔は、ひどく複雑な顔をしていた。
笑っているようにも、そして泣いているようにも、見えた。
「その残酷なる宿命、わらわが解放してやろう。」
長く美しい指で、龍風の頬を撫でた。
「魂となりて、わらわとともに生きるがいい。」
「それはつまり・・・我らを取り込み、二度と転生させないということですね?」
「わらわの力になれるのだ、なんの不満があろ?」
「へっ・・・笑、わ・・・せん、なァ。」
それまで顔を歪めていた龍風が、苦しそうににやりと笑った。
「何が・・・ともに、生きる、だ・・・俺らは・・・俺らだ・・・誰でも、ねぇん、だ、よ。」
「ほお。まだ口を利く余裕があったか。絞めが足りなかったかの?」
さらに首に髪の毛が食い込んだ。途端、龍風の顔がついと緩む。意識を飛ばしかけているのだ。
「龍風! 死ぬな!」
それでも、龍風の血の気がどんどん失せていく。このままでは、まずい。
「くそっ! 橋姫様、やめてください! やめてくれ! やめろ、やめろぉ!」
叫んだ雀景をちらりと見やりながら、橋姫はくすりと笑った。
「まずは、一人。青龍、龍風。」
「やめろおぉぉ!」
その、刹那。
ひらりと、白い何かが宙を舞った。
黒白の姿をした、美しい、虎だった。