オハヨウ
呆然としていた秋人は、かろうじて動く目線を冬樹に当てた。
「なあ・・・敵って、どんなやつだ?」
下を向いたまま答えない。もう一度、声を荒げて聞いた。
「なあっ! 敵ってどんなだよ?」
そこで我に返ったように、はっと顔をあげた。
「・・・なんだ?」
「敵っての、どんなだって聞いてんだよ。」
不機嫌というよりは、悔しそうに顔をしかめている。
「・・・宇治の橋姫。」
どくん、と大きく鼓動が鳴った。
「橋姫・・・?」
「橋を司る神だ。だが、人々の愚行に辟易し、襲い始めた。それを止めたのが、お前だ。」
「俺が・・・?」
「人柱になり、止めたのだ。」
再び鼓動が鳴る。
体が熱くなっていく。
こみ上げるものを、止められなかった。
違うんだ、と不意に誰かが言った。その声は秋人にそっくりな、誰かだ。
「・・・ダメだ。俺が、行かなきゃ。」
自然に、涙がこぼれ始めた。喋っているのが自分でないように感じる。
「俺が、止めてやらなきゃ。」
「どうした?」
冬樹が驚いて立ち上がった。
「何故、泣いている?」
首を振りたいが、金縛りで動かない。
「わからない。でも、止めなきゃ。」
止めなければ。あれは、苦しんでいた。
無差別に襲っていたんじゃない。殺戮に酔っていたわけじゃない。
そんな考えが凄い勢いで浮かんでくる。
何かが、自分の中で弾けそうだった。
「橋姫は俺が止める。俺じゃなきゃダメだ。」
「やめろ、虎瞬。無理に動こうとすれば体がちぎれるぞ。」
「離してくれ。あいつらじゃダメだ。」
今度は耳元で、鼓動が鳴った気がした。
体の中で、白い光が破裂した。
同時に、聞こえた。
気高い、虎の咆哮を。
「橋姫は人間を憎んだんじゃない。ずっと、愛していたんだ。」
別の誰かが自分の喉を借りて言ったような気がした。それほどまでに、すんなりと言っていた。
冬樹が目を見開いていた。
「なん・・・だと?」
「これを、解いてくれ。俺が行かなきゃ。」
動かそうとすると激痛が走る。それでも、何かが俺に叫んでいた。
俺が動けば、希望が見えてくるんだ、て。
「ごめんな、玄清。」
そう言ったのは、秋人なのか、それとも『虎瞬』なのか。
優しく笑うと、秋人の体が眩いほどの発光に包まれた。