蒼い少女
鋭い爪が、白虎の喉を引き裂いた。
確かな感触が手に残る。
改めて爪を見れば、血と皮膚がこびりついていた。
どう、と音がし、ただの肉隗が倒れる音が耳に響く。
なんて、心地よい。
「くくっく・・・くく。」
喜びに思わず声が漏れた。全身が喜びで打ち震える。
その肩に、突如鋭い蒼光が突き刺さった。
「ぐあぁ!」
光が飛んできた方向を見る。そこに、信じられないものを見た。
あの吉川という名の女。その右手に、同じ色の鋭い光が刀状に握られている。
その、左に抱えているもの、それは。
間違いなく殺したはずの、秋人という標的だった。
「ば、バカな! そいつは確かに俺が殺したはず! たった今、この手で―!」
改めて爪を見ると、そこには血どころか、何もなかった。
そっと女が標的を下ろす。
「ここにいろ。」
強い口調でそういわれ、標的はただうなずいた。
「ば、バカな! そんなはずは!」
「バカバカうっせぇよ。バカはてめえだろ。」
刀を構え、にやりと笑った。
「大方、マボロシでも見たんじゃねえのぉ?」
「――そうか! 幻!」
これで得心いった。幻覚を見せられていたのだ。
確かに、四聖の中に幻術を使う者がいると聞いたことがあった。
それが、こやつか。
落ち着きを取り戻し、改めて爪を構えた。
「よお、覚。俺らに手ェ出そうなんて考えてる大バカ野郎に、無駄なことだって言ってくれねぇか?」
静かに腰を沈め、女に狙いを定めた。
「・・・愚かなことを。主の恐ろしさ、身を持って知るがいい!」
今までの倍以上の速さで飛び掛ってきたのを、女は冷静に避けた。
「あ、そ。じゃあいーや。」
その場面を、確かに見た。
はっとするほど艶やかに微笑しながら、刀を横に薙ぎるのを。
そして己の胴体が、真っ二つに割れるのを。
痛みを感じるよりも早く、己の体は砂のように崩れていった。
その様子を、秋人は目を見開いて見つめていた。
早すぎた。目で追うのがやっとだ。
ぼんやりとする秋人の頭を、誰かが押さえつけた。
「――ってぇ!」
「まーったく。危ないことするよな、秋人ちゃんは。」
見上げると、あの雀景と名乗った男が、呆れた顔で秋人を見ていた。
「あの覚に喉引き裂かれたとき、本当に俺、びっくりしたよ。」
はー、と深いため息を漏らす。
「ほんと、玄清も人が悪いよな。そうするなら言ってくれりゃいいのに。」
春海がちらりと見た方向に、いつのまにか玄清と名乗った男がいた。
「玄清お得意の幻術。久々に見せてもらったぜ。」
けらけら笑う春海を睨みつけ、黙って教室を出た。
それを見て雀景が笑う。
「ほんとは玄清が一番心配してたんだぜ? 心配性だから。あいつ。」
「そーそー。だから回りくどい幻術なんか会得したんだぜ?」
二人は見合ってにやりと笑った。
「幻術は相手に幻覚を見せる。それによって、本体はスキついて戦うことも逃げることも出来るってワケ。」
「平安の頃に身につけたんだったっけ?」
「うるさい。さっさと帰るぞ。」
言われて気恥ずかしいのか、不機嫌な様子でくるりと踵を返した。
「はいはい。っと、そうだ。」
春海が振り返り、秋人にびしりと指差した。
「今夜は俺らのとこに泊まれ。ご両親にちゃんと言っとけよ。」
「え? ちょ、ちょっと待てよ。」
夏彦が苦笑しながら頷く。
「そのほうがいい。土曜日に話そうと思ったこと、今日話すよ。そのほうが都合もいいだろ。」
有無を言わせず、春海が秋人のケータイを引っ手繰って家に電話をかけた。