体の中にいたモノ
光洋の、一瞬の表情の変化。無表情で俺を見た、その瞳。
ぞくりとして、俺は動けなくなった。
「・・・お前の願いが悪いんじゃねえの?」
何事もなかったようにけらけら笑う。
でも、確信を持ってしまった。
あの四人の言ってることは、正しかったんだって。
目を瞑り、震える右手を必死に押さえた。
「・・・これ、切れたら、どうなるんだ?」
恐ろしい言葉がのどからほろりと出た。右手を震えが大きくなる。
「どうって、お前、ミサンガ知らねえの?」
きょとんとする光洋に、睨みつけるように、言った。
「普通のは知ってるよ。でも・・・」
ごくり、とのどが鳴った。
「このミサンガはどうなるんだって、聞いてんだ。」
その刹那。今までおちゃらけた笑みの光洋の顔が、豹変した。
人間らしさのすべてが消え、無表情になったその向こう側に、悪意が見えていた。
「・・・なんだ。知っていたのか。」
震えは全身に広がっていった。逃げ出したくても足が動かない。
「いつからだ?」
「・・・先週だ。」
ふうん、と光洋は鼻を鳴らした。
「貴様も、奴にさえ出会わなければ長生きできたものを。」
「奴って、吉川のことかよ?」
にや、と嫌悪するような笑みで笑う。こんな顔、光洋がするはずがない。
「あのとき、当たっていれば、なあ?」
あのとき。あの黒い影を纏ったボール。吉川を狙った、あの黒い力。
あれは、こいつが。
「・・・ってめぇ!」
掴みかかった俺の手を、やんわりと受け止めた。
本気で掴んだはずなのに、そっと、力も入れずに。
「大人しくしていれば、あのお方も手を汚さずに済む。無論、我々も無駄な力を使わずして、やるべきことを成しえるのに。」
もわ、と光洋の口から黒い何かが霧状に吹き出した。
それが完全に抜けた瞬間、光洋の体はどさりと地面に倒れた。
光洋は、ただの抜け殻になっていた。
「貴様らのような虫がいるから、それを潰すために我々は動かなければならない。これほど、腹の立つ邪魔は無いと思うが。いかがかな?」
黒い霧は喋りながら、その形を成していった。
初めは足から。次に胴体まで行き、そして手、胸。最後には、頭が実体を取り戻していく。
あの本に載っていた妖怪と、まったく同じものになった。
俺よりも頭三つ分はでかいその「覚」は、冷笑を浮かべながら俺を見下ろしていた。
「何もこんなまわりくどいことをせずともよいものを・・・あのお方も随分と慎重な御性分だ。」
ぞろりと揃った爪が、固まっている俺を指差す。
「四聖が一人、白虎。この覚が討ち取ったり!」
爪が振り下ろされる寸前でも、俺の脚は動かなかった。
なんでだろう。不思議と、怖くなかったんだ。