はじまりはここから
何度も何度も、俺たちは蘇る。
死した後も生を得、生を得て死を抱く。
永遠のループ。終わることのない輪。
そしてそれはすぐにわかるものじゃない。ある日突然思い出す。きっかけは何だっていい。思い出せればいいんだから。
そうやって俺たちは、この世に幾度も蘇る。
姿形はもちろん変わる。女のときもあるし、男のときもある。幼い頃もあれば大人のときもある。
それでも、俺たちは必ず思い出す。
過去を。目的を。使命を。
奴らがこの世から消えない限り、俺たちは転生を繰り返すだろう。
それが俺たちに与えられた役割。正直、割に合わないけど。
人が聞けば、辛そうだとか苦しそうだとか言うかもしれない。
それは、大きなお世話。高みからのんびり見物している傍観者だからこそ言える。
俺たちは案外楽しんでる。大変は大変だけど。
だって、使命を思い出すと同時に、血よりも濃いつながりの兄弟を思い出せるんだから。
何百年でも一緒にいられる。一緒にバカをやれる。
な? 案外、楽しそうだろ。
俺たちを一言で形容した奴が言った言葉があった。まさにそのとおりって言葉。
永遠の地獄のループ。俺たちは逃れられない働き蟻。
なるほど。そうかもしれない。
俺たちは地獄のループで嗤う蟻だ。
日本は、法律で小学校六年、中学高校三年と決まっている。
小学校は遊びばっかりであんまり感じなかったけど、中高の時は嫌というほど感じた。
三年制度の一年目はいい。学校のことも勉強のことも何にもわかんないから、あっという間だ。
三年目もいい。最後だから高校受験や大学受験のことしか考えずに勉強に集中できる。
問題は、二年目。部活を頑張ろうにも入ってないし、目標もないから勉強も頑張る気がしない。一番憂鬱な一年だった。
その問題の二年生に、俺は今年なってしまった。
かったるくて、始業式をさぼろうとした俺に、母さんがけつをひっぱたく。結構痛くて、夜に見てみたらまだ赤くなってた。
仕方なく学校に着くと、溢れんばかりに生徒が自分のなったクラスを探していた。
うんざり。どこでもいいのに。
きゃあきゃあと喜んでいる女子の脇をすり抜けて前に出た。一応確認しとかないと、6つのクラスにいちいち自分の席を探すことになる。
四番目の用紙を見て、あった。二年四組。
もうそれだけで十分だった。友達が一緒だとかは後で知ればいい。人を押しのけて集団から弾かれるように抜け出した。
そのまま階段に歩き出そうとしたその横で、三人の女子とすれ違った。こちらもきゃあきゃあと騒いでいる。はいはい、楽しそうだね。
その一番後ろの女子が、ふっとこちらを見た。
それだけなら別になんともない。たまたま見ただけかもしれない。
でも、その女子は確かにこちらを見た。見て、立ち止まった。
「あ、ねえ。」
綺麗な声がした。だけどそれ、誰に話しかけてんだよ。
ここで振り返り、違う人に話しかけてたら赤っ恥だ。聞こえないように歩き続ける。
「ねえってば。」
突然、肩を叩かれた。え、俺?
振り返ると、思ったより近くにその女子の顔があった。
くりくりとした茶色い目。こげ茶よりも明るい瞳だ。髪を垂らしているのは今の女子の流行だそうで、みんな同じように見える。でも、その女子は違う。凄く似合っていた。
可愛らしい、才色兼備の女子。男子の間でかなり人気のある子だ。
確か名前は、吉川春海。
「・・・なに。」
わざと冷たく声を出す。内心、ちょっと心臓が早かった。
「きみ、五十嵐秋人くんでしょ?」
柔らかい声。人気が出るのも無理はない。
「そうだけど・・・」
にっこりと吉川は笑った。いっそう可愛くなる。
「同じクラスだよ。よろしくね。」
それだけ言って友達のところに戻ってしまった。
まるで風みたいな女子。
一所にじっとしていられない風のような。
風は早々に、集団の中に溶け込んでしまった。
クラスにいくと、先に友達の光洋が待っていた。同じクラスなのはこいつだけ。一年の頃は四人でつるんでたのに、後は離れ離れになってしまった。ま、ずっと会えないわけじゃないけど。
席番号を確認して、席に着こうとすると、光洋が歩いてきた。顔を少しだけ紅潮させている。
「あ、おはよう。」
「なあ、お前、吉川さんと話してたよな?」
見られてたか。
「何話した?」
「言っとくけど、向こうから話しか――」
「何話したんだよ?」
怖い。こいつが吉川を好きなのは知ってる。だからこそ余計に怖い。
「お、同じクラスだねって。」
「それだけ?」
「うん・・・それだけ。」
しばらく俺を睨みつけてから、はーっと深いため息をついた。
「いいなぁー・・・吉川さんに話しかけてもらえるなんて。」
「はぁ?」
「お前って一年のはじめからモテてたしなあー。俺だって吉川さんにアピールしたいよ。」
「何言ってんだよ。お前も十分いい奴だよ? 恋愛に対してネガティブを除けば。」
「『いい奴』ってのは『どうでもいい奴』なんだよ。」
また深いため息をつく。始まった。光洋ネガティブ劇場。
その先を聞く前に、俺はさっさとかばんから道具を出した。
始業式も終わり、やるべきプリントも書き終え、みんなばらばらに解散した。部活のある奴、帰宅する奴、勉強する奴と様々だった。
俺はというと、部活も勉強もしないので早々に帰ることにした。
光洋はサッカー部のためにすぐにサヨナラ。サッカー部はモテるというけど、本当だ。光洋の頬と鼻に散らしたそばかすが可愛いと女子に評判なのに、あいつは気がついてない。可哀相な奴だ。
のんびりと歩いて校門を出た。まだ明るい日差しに心が穏やかになる。気がする。
鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌な俺の肩を、誰かが叩いた。
「ん?」
なんだよ、と振り返って、そのまま固まった。
にっこりと笑っている、吉川がいた。
「機嫌よさそうだね。なんかあった?」
身体は固まっているのに、心臓がどんどん早まる。
っていうか、顔が近い。
「な、なん、なん・・・」
声も出ない。吉川が不思議そうに首を傾げる。
「何?」
「なん、なんで、あんた、ここ・・・」
「あたし? だって部活やってないもん。そんな時間ないしね。」
俺の背中を押して歩き出させる。足がぎくしゃくと動く。
「ほら、歩いて。一緒に帰ろうよ。」
思いっきり鼓動が高く鳴った。声も出なくなった。
「ちょっと話したいことあるし。」
否応なしに歩かせられた。まわりに誰もいないのが幸いだ。
「今回はあたしと会うの、さっきが初めてだよね。」
「・・・は?」
「だから、さっきのクラスのとこが初めてだよね?」
「まあ、初めてっていうか・・・」
今回も何も、初めては初めてだろ。
意味がわからず、首を傾げる俺に、吉川が笑った。
「ああ、まだ思い出してないから、わかんないよね。」
「だから、意味がわから――」
吉川を見て、喉が詰まった。
鋭い、刀のような瞳。先ほどまでとは全く違う、鋭利な表情。口を真一文字に引き、まっすぐに俺を見つめていた。
これが、こんな平和な時代の女子に出せるもんなのか?
「ちょっと遅いんじゃないかな。ここ、今までよりかなりヤバイよ。」
ぐい、とあごで先を指した。
そこを見て、絶句した。二人同時に足が止まる。
そこには、黒い女が立っていた。
いや、黒い女ではない。
影だ。
女の影がゆらゆらと立ち尽くしている。
――あれだ。またあれが見え始めた。
恐怖が全身を駆け巡った。声をあげそうになり、一歩後ずさりした。
「あれは、ただの影。害はない。」
当然のように吉川が呟いた。鋭い瞳のまま俺を見上げる。
「思い出さないか。俺たちは、いつもああいうモノたちを相手にしてきた。」
言葉の豹変。女の子らしくない言葉遣い。しかし、そんなものはどうでもよかった。
脳裏に光が閃いた。眩しいくらいに明るい閃光。たった一瞬のことのはずなのに、ひどく長い時間、それを見ていた気がした。
はっと我に返ったとき、女の影は消えていた。
隣の吉川がにこりと笑う。
「思い出した?」
「・・・・」
閃光の中に様々な何かがあるのはわかった。
でも、その何かはわからない。あまりにも一瞬すぎて。
それに気づいた吉川が、はあ、とため息をついた。
「お前、相変わらず遅えな。斬り込み隊長のクセに・・・」
肩で息をしている俺の背中をぽんと叩く。
「ま、しょうがねえか。でも気長にいってる時間はねえからな。他の二人はもう覚醒したぞ。じゃあな。」
するりと先に歩き出し、振り向かずに手を振った。
「また明日ね、五十嵐くん。」
小さく小柄な背中が遠ざかっていく。
その姿が誰かと重なった気がして、俺は慌てて目を擦った。