第8話 天才たちは、止める理由を理解できない
王都中央魔導局・第二研究棟。
普段なら、最も騒がしいはずの場所が、今は異様に静かだった。
「……中央区画、安定継続中」
「数値も、理論範囲内です」
報告を受けながらも、室内の空気は重い。
「――あり得ない」
その沈黙を破ったのは、若い魔導士だった。
王都でも指折りの才を持つ、“天才”の一人。
「停止しただけで、
ここまで安定する理論など存在しない」
「だが、現実に起きている」
老魔導士が、静かに返す。
「現実が、理論に合わせる必要はない」
「それは逃げです」
若い魔導士は、苛立ちを隠さなかった。
「我々は“最適解”を積み重ねてきた。
それを、現場上がりの保全官一人に否定される?」
その言葉が、俺の耳にも届いた。
否定する気は、なかった。
ただ――
「君たちの理論は、正しい」
一同が、こちらを見る。
「ただし、“続ける前提”でなければ」
天才魔導士は、目を細めた。
「……どういう意味だ」
「王都は、止まれなかった」
俺は、結界の記録を表示する。
「魔力供給、結界維持、都市機能。
全部、止められない前提で設計されてる」
「止めたら、責任が発生するからな」
誰も、否定しなかった。
「なら、聞こう」
天才魔導士が、一歩前に出る。
「君のやったことは、
我々でも再現できるのか?」
「できる」
即答だった。
「条件が同じなら」
「条件?」
「成果を求めないこと」
室内が、ざわつく。
「ふざけているのか」
「本気だ」
俺は、静かに言った。
「止めた瞬間、
評価が止まる」
「報告書は地味になる。
拍手もない」
「それでも、やるか?」
天才魔導士は、言葉を失った。
「……証明してもらおう」
彼は、挑戦するように言った。
「我々が設計した補助結界を、
君の方法で“止めて”みせろ」
「いいだろう」
場所は、中央補助結界・第五節点。
理論上、最も安定している区画。
「ここは壊れない」
天才は、そう断言した。
「だからこそ、分かりやすい」
俺は、制御盤に触れた。
(……溜まりすぎだ)
止めるのは、簡単だった。
魔力供給を切るのではない。
期待を切る。
余剰を、外へ。
中心から、外周へ。
「……数値が、下がっていく?」
「結界応力、減少……?」
天才魔導士の顔から、血の気が引いた。
「そんな……
我々は、ここを“完璧”と――」
「完璧は、壊れやすい」
俺は、答えた。
「逃げ場がないからだ」
沈黙が、長く続いた。
やがて、天才魔導士は、ゆっくりと頭を下げた。
「……理論が、足りなかった」
「違う」
俺は、否定した。
「理論は足りてた。
止まる勇気が、なかっただけだ」
その言葉は、鋭すぎたのかもしれない。
だが、誰も反論しなかった。
廊下に出たあと、エリスが小さく言った。
「……怒らせたかと思いました」
「怒らせてない」
「え?」
「彼らは、考え始めた」
それが一番、厄介で、
一番、希望でもある。
王都は、まだ立て直せる。
ただし――
俺がいる間だけだ。




