第5話 いなくなってから、気づいても遅い
王都中央結界区画は、混乱の只中にあった。
「東区画、第二補助結界が不安定です!」
「魔導炉の出力が想定値を逸脱!」
「水路制御が反応しません!」
報告が、雪崩のように飛び交う。
「落ち着け! 順番に処理しろ!」
中央魔導局・結界管理室。
指示を飛ばしているのは、第三管理課課長だった。
――だが、誰一人、落ち着いてなどいない。
「数値は正常です!」
「いえ、現場では揺れが……!」
「原因が特定できません!」
課長は、机を強く叩いた。
「なぜだ……!
結界理論は完璧なはずだろう!」
完璧。
その言葉が、空虚に響く。
理論上は、確かに正しい。
だが現実は、理論通りに壊れてくれない。
「……カイは?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
課長の表情が、一瞬だけ歪む。
「……辺境だ」
「呼び戻したんですよね?」
「条件付き、だ」
沈黙。
その間にも、警告灯が一つ、また一つと赤に変わる。
中央結界・第七節点。
若手魔導士たちが、必死に魔力を注ぎ込んでいた。
「抑えろ! ここを失うと連鎖する!」
「無理です! 流れが逆流して……!」
魔力が、溜まる。
逃げ場を失い、内側で渦を巻く。
「……止められない」
誰かが、呟いた。
次の瞬間。
結界が、悲鳴を上げた。
空気が裂け、衝撃が走る。
幸い、完全崩壊ではない。
だが――
「第七節点、半壊!」
「周辺区画、影響出ます!」
「次はどこだ!?」
誰も答えられない。
全体を見て、壊れる前に“逃がす”人間が、いない。
「……おかしい」
結界理論の第一人者と呼ばれる老魔導士が、震える声で言った。
「数値は、確かに危険域に入る前だった」
「ではなぜ……」
「溜めているからだ」
一同が、息を呑む。
「この結界は、受け止める設計しかしていない。
逃がす道が、ない」
「……そんな設計、誰が?」
老魔導士は、しばらく黙ってから答えた。
「……昔、提案はあった」
課長が、はっと顔を上げる。
「提案?」
「“流す結界”だ。
負荷を街全体に分散させる構造」
「それは……」
「却下された。
管理が難しい、成果が見えない、と」
室内の空気が、凍りついた。
その頃、ヴァルナ辺境領。
「……王都、荒れてますね」
エリスが通信板の簡易表示を見て言った。
「全面表示じゃない。
隠してるな」
俺は工具を拭きながら答えた。
「それでも、漏れる」
「行かなくてよかった、ですか?」
「行っても、すぐには直らない」
俺は、静かに言った。
「壊れ方が、もう違う」
「……間に合います?」
「分からない」
エリスは、少し驚いた顔をした。
「分からない、って言うんですね」
「万能じゃない。
ただ、壊れる前なら止められるだけだ」
そして――
「今回は、壊れてから気づいた」
遠くで、警鐘の音が鳴った。
王都から届く、遅すぎる悲鳴だ。
その夜、再び通信が入る。
『……正式に要請する』
声は、疲れ切っていた。
『王都中央魔導局として、
君の条件をすべて受け入れる』
『至急、来てほしい』
俺は、少しだけ考えた。
そして、答える。
「分かりました」
エリスが、こちらを見る。
「行くんですね」
「ああ」
ただし、と付け加える。
「壊れた理由を、全部見せてもらう」
『……承知した』
通信が切れる。
俺は立ち上がり、道具をまとめた。
「エリス」
「はい」
「王都は、これから“直す”んじゃない」
「……?」
「生き残らせる」
それだけ言って、外に出た。
王都は、まだ崩れきっていない。
だが――
もう、元には戻らない。




