第33話 最後の椅子は、空いたまま
中央連結都市〈ハブ〉の制御室には、奇妙な静けさがあった。
忙しさは変わらない。
指示も、報告も、数字も流れている。
だが――
誰も、中央の席を見ていない。
決断席。
最後に“はい”か“いいえ”を言うためだけに用意された椅子。
そこは、空いたままだ。
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「……本当に、いいんですか」
都市管理官が、何度目かの確認をする。
「あなたが承認すれば、全てが円滑に……」
「円滑なのは、責任の放棄だ」
俺は、椅子に背を向けたまま言う。
「決断を一箇所に集めると、そこが腐る」
「ここは、もう十分に腐りかけてる」
管理官は、言葉を失った。
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制御室の一角で、小さな混乱が起きた。
「……南区画、物流調整が二案出ています」
「どちらを採用します?」
若い管制官が、戸惑った声を出す。
一瞬、視線が俺に向きかけ――
すぐに逸れた。
代わりに。
「……現場判断でいい」
年配の管制官が、静かに言った。
「誤差は、俺が持つ」
その一言で、空気が変わる。
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「南区画、第二案で実行」
「責任者、記録します」
処理は、速かった。
完璧じゃない。
だが、止まらない。
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「……動いてますね」
エリスが、少し驚いたように言う。
「ああ」
俺は頷く。
「“誰か”を待ってない」
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別の卓から、声が上がる。
「通信網、負荷増大」
「予測値、逸脱します」
「逸脱は許容範囲内だ」
「次の更新で修正しろ」
判断が、連鎖していく。
椅子は、空いたまま。
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「……怖くないんですか」
エリスが、小声で聞く。
「怖い」
俺は、即答した。
「だから、分ける」
一人が全部背負えば、壊れる。
だが、十人が一割ずつ背負えば、続く。
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管理官が、苦笑いを浮かべた。
「皮肉ですね」
「あなたが来て、あなたが座らないことで」
「ようやく、椅子が要らなくなった」
「要らなくはない」
俺は、訂正する。
「**空いていることが、意味になる**」
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夕方。
都市の異常値は、すべて収束していた。
誰も称賛されない。
誰も責められない。
ただ、仕事が終わる。
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「……次も、呼ばれると思いますか」
エリスが、都市を見下ろしながら言う。
「呼ばれるだろうな」
「それでも?」
「それでも、座らない」
俺は、最後の椅子を一瞥した。
「世界が、
自分で腰を上げるまで」
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中央連結都市は、今日も輝いている。
だが、その中心には――
何もない。
空白は、不安だ。
だが同時に、余地でもある。
世界は、まだ彼を手放せない。
だが、
**手放す準備は、始まっていた。**
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