第32話 世界は、彼を呼び戻す
中央連結都市〈ハブ〉は、いつも通り騒がしかった。
商人の呼び声。
魔導装置の駆動音。
情報板に流れる無数の通達。
世界の中心。
判断と効率と安全が集まる場所。
――そして、考えなくていい場所。
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「……遅延、ですか?」
都市管理官が、困った顔で言った。
「異常自体は検知しています」
「対処手順も、決まっている」
「ですが……」
「決断が下りない」
俺が続きを言うと、管理官は苦く笑った。
「はい」
「上が、待てと言っていまして」
「何を?」
「……あなたを」
やっぱりか。
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今回の異常は、小さなものだった。
魔導通信の不整合。
物流予測のズレ。
都市結界の微細な振動。
どれも致命的じゃない。
だが、放置すれば積み上がる。
そして、誰も決めない。
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「以前なら、現場判断で処理していましたよね」
エリスが、都市の制御塔を見上げながら言う。
「ええ」
管理官が頷く。
「でも……今は」
「“前例がない”」
俺が言うと、管理官は何も言えなかった。
前例はある。
ただ――
**自分が責任を取る前例がないだけだ。**
---
中央制御室には、巨大な魔導盤が並んでいた。
都市全体の状態が、数値と光で可視化されている。
「……綺麗ですね」
エリスが、思わず呟く。
「綺麗すぎる」
俺は、盤面を見つめる。
「ここは、世界で一番“溜まる”場所だ」
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「判断を分散する仕組みは、整っています」
管理官が言い訳のように続ける。
「ですが、最終承認だけが……」
「空席だ」
俺は、静かに言った。
「誰も、そこに座りたがらない」
管理官は、否定しなかった。
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「……あなたなら、どうしますか」
しばらく沈黙した後、管理官が聞いた。
その瞬間、分かった。
これが、第五章の問題だ。
世界は――
**俺を、最後の椅子に座らせようとしている。**
---
「俺は、決めない」
はっきり言った。
「え?」
「ここで俺が決めたら」
「この都市は、次も俺を待つ」
「それは……」
「安全だ」
俺は、続ける。
「でも、それが一番危ない」
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エリスが、少し不安そうに俺を見る。
「……じゃあ、どうするんですか」
俺は、制御盤から一歩離れた。
「決めさせる」
「誰に?」
「ここにいる全員にだ」
管理官が、目を見開く。
「それは……混乱します」
「混乱しない世界は、長持ちしない」
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俺は、中央制御室の記録装置を操作した。
「判断権限、仮分散」
「現場裁量、即時復活」
「承認遅延、無効化」
警告音が鳴る。
【注意:統制効率が低下します】
「それでいい」
俺は、警告を無視した。
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数分後。
「……物流、現場判断で修正完了」
「通信不整合、臨時ルートで回復」
「結界振動、許容範囲に収束」
声が、次々と上がる。
誰も、俺を見ていない。
それでいい。
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管理官が、ゆっくりと息を吐いた。
「……回ってます」
「ああ」
「あなたが、決めなくても」
俺は、頷いた。
「それが、正常だ」
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中央連結都市は、今日も機能している。
だが――
一つ、違う。
“彼が来るまで待とう”
という空気が、少しだけ薄れた。
それでも、世界はまだ彼を手放せない。
だからこそ――
**この章は、ここから始まる。**
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