第30話 境界は、完全には治らない
境界管理領域に、緊急報が走ったのは夜半だった。
「第七観測点、反応急上昇!」
「歪み、収束せず拡大傾向!」
空気が張り詰める。
だが、誰も叫ばない。
「原因は?」
俺の問いに、観測士が即答する。
「過去最大級の歪みです」
「……おそらく、長年蓄積された残留が一気に動いた」
溜めに溜めたツケだ。
世界は、まだ全部を吐き切れていない。
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現地へ向かうと、境界は明らかに異質だった。
揺れが、周期を失っている。
規則性がなく、荒い。
「……これは」
ユイが、思わず足を止める。
「完全開放すれば、被害が出ます」
「でも、閉じれば破裂します」
エリスが、唇を噛んだ。
「じゃあ……どうすれば」
「治さない」
俺は、即答した。
二人が、こちらを見る。
「治そうとするから、無理が出る」
「ここは――残す」
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「残す、って……」
「傷跡だ」
俺は、境界を見据える。
「世界は、壊れたことを忘れない方がいい」
「完全に治ったと思うと、また溜める」
ユイが、ゆっくりと息を吸う。
「……管理不能領域として、指定する?」
「ああ」
「人が近づかないようにする」
「流れだけは、止めない」
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作業は、慎重に進められた。
「開放率、最低限維持」
「観測点、倍増」
「警戒線、後退!」
誰か一人が指揮を執ることはない。
判断は、現場で分散される。
時間はかかった。
だが――崩壊は起きなかった。
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夜明け。
境界は、静かだった。
完全な安定ではない。
だが、暴れてもいない。
「……成功、ですか」
エリスが、慎重に聞く。
「成功じゃない」
俺は、首を振る。
「**妥協だ**」
だが、その妥協が世界を救う。
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ユイが、境界を見つめながら言った。
「……私、ここに残ります」
「監視官としてか?」
「いいえ」
彼女は、首を振る。
「一人の、観測者として」
その選択に、誰も異を唱えなかった。
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境界は、完全には治らない。
だが――
治らないまま、共存できる。
それを、世界は初めて学んだ。
そして俺は、報告書にこう記した。
> 境界異常:収束
> 完全修復:不可
> 運用:継続可能
それで、十分だ。
完璧じゃない世界は、
案外、長生きする。
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