第27話 世界は、まだ不安定だ
境界管理領域に、朝が来た。
太陽は昇っている。
だが、光の角度がわずかにおかしい。
影が、ほんの少し遅れて動く。
「……時間誤差、発生していますね」
ユイが、境界計を確認しながら言う。
「許容範囲だ」
俺は即答する。
「むしろ、これくらいで済んでいるなら上出来だ」
エリスが、地面を踏みしめた。
「足元の感覚は、普通ですよ」
「昨日より、だいぶマシです」
昨日は、地面が“決断を迷っている”みたいだった。
今は、ちゃんと固まっている。
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だが、平穏は長く続かなかった。
「……報告が入っています」
通信石を確認したユイが、眉をわずかに寄せる。
「境界周辺の三都市で、小規模な異常」
「魔力濃度の急変、幻視、記憶の混線」
「被害は?」
「混乱のみ。死者なし」
エリスが、胸をなで下ろす。
「大事にはなってない……」
「なってない、だけだ」
俺は言った。
「これから、同じ報告が増える」
世界は、揺り戻しを始めている。
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「……評議会は?」
エリスの問いに、ユイは小さく首を振る。
「沈黙しています」
「公式声明は、“状況を注視”」
「いつものだな」
責任を負わない言葉ほど、便利なものはない。
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境界の前で、俺は改めて状況を整理する。
「境界は、完全には開いていない」
「だから、影響は局地的だ」
「でも」
エリスが続ける。
「完全に閉じることも、もうできない」
「その通りだ」
元に戻す選択肢は、消えた。
だが、それでいい。
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ユイが、少し躊躇ってから口を開いた。
「……私が、全部感じ取れば」
「異常の発生地点を、事前に特定できます」
その言葉に、俺は即座に首を振った。
「やめろ」
「でも――」
「一人で抱えるな」
「それが、この章の前提だ」
彼女は、黙った。
だが、目を逸らさなかった。
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「……では、どうしますか」
「分散だ」
俺は、境界管理装置の簡易地図を開く。
「各地に、簡易観測点を設置する」
「境界を“感じる人”を増やす」
「そんな人材、どこに……」
「もういる」
俺は言った。
「ただ、使われていなかっただけだ」
魔導士。
祈祷師。
感応体質者。
これまで“役に立たない”と切り捨てられてきた人間たち。
「世界は、均一じゃない」
「なら、感じる役割も均一である必要はない」
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ユイが、ゆっくりと頷く。
「……私だけが特別じゃない」
「特別にするな」
俺は、はっきり言った。
「特別は、壊れる」
その言葉に、彼女の肩から力が抜けた。
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遠くで、また一つ歪みが生じる。
だが、今回は警報が鳴らない。
観測点の一つが、反応した。
「……誰かが、受け取っている」
エリスが、少し驚いた声を出す。
「ああ」
俺は頷く。
「世界が、役割を分け始めた」
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不安定さは、残っている。
混乱も、これから増えるだろう。
だが――
溜まり続けることは、もうない。
「……完璧じゃないですね」
エリスが言う。
「完璧じゃない方がいい」
俺は、境界を見た。
「世界は、
多少揺れている方が、長持ちする」
境界の向こうで、光が静かに流れる。
それは、崩壊の兆しではない。
**循環の始まり**だった。
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