第19話 英雄がいない朝
城下町は、いつもより早く目を覚ましていた。
「……本当に、英雄様は出ないらしい」
「呼び方も、変わったって?」
「大丈夫なのかよ……」
露店の準備をしながら、
人々は不安を隠せずにいた。
それも無理はない。
この国では、
英雄が出ない朝=異常事態だった。
王城前の広場には、
自然と人が集まり始めていた。
「説明を求める!」
「なぜ、英雄様を前線から下げた!」
「国を危険に晒すつもりか!」
怒号と、疑問と、恐怖。
誰も悪意はない。
ただ、頼る先を失っただけだ。
壇上に立ったのは、
英雄管理官だった。
「落ち着いてください!」
「英雄レオンは健在です!」
「ただ――」
言葉を探している間に、
空気が荒れる。
「ただ、何だ!」
「英雄様は、
もう戦わないのか!?」
その瞬間。
「戦う」
短く、
だがはっきりした声が響いた。
英雄レオンが、
一人で壇上に上がってきた。
「……英雄様!」
その呼びかけに、
彼は一瞬だけ、目を伏せた。
「その呼び方は、やめてくれ」
ざわめき。
「俺は、
この国を守る一人だ」
「特別じゃない」
広場が、静まり返る。
「今までは、
全部を俺に投げていた」
「それで、
みんなは安心していた」
彼は、正面を見据えた。
「でもそれは、
俺が壊れるまで続く安心だ」
「……じゃあ、
俺たちはどうすればいい!」
誰かが叫ぶ。
それは、怒りではなく、
助けを求める声だった。
その問いに、
俺が答えた。
「考えてください」
場が、ざわつく。
「自分の街を、
自分で守る方法を」
「英雄に任せるのではなく、
役割を分ける」
「不安も、
責任も」
レオンが、頷く。
「俺も、
一緒に考える」
その言葉が、
決定的だった。
広場の空気が、
少しだけ変わる。
「……そんなの、
今さらできるのか?」
「できなきゃ、
滅びるだけだ」
誰かの呟きが、
現実を突いた。
不安は消えない。
だが、逃げ道もない。
だから――
人は、動き始める。
数時間後。
「自警団、再編します!」
「補給路の管理、
商人組合が引き受ける!」
「魔導士班、
独立運用に切り替え!」
小さな声が、
少しずつ、形になる。
英雄がいないから、
誰かが前に出た。
「……荒れますね、しばらく」
エリスが、正直に言う。
「ああ」
俺は、否定しない。
「でも、
止まらないよりはいい」
混乱はある。
文句も出る。
それでも――
国は、初めて自分で立ち上がった。
夕暮れ。
レオンが、城壁で空を見ていた。
「……怖かった」
「国民の前に立つ方が?」
「英雄としてじゃなく、
人として立つのが」
俺は、少し考えてから言った。
「それが、
この国の本当の初陣です」
彼は、苦く笑った。
「……英雄より、
難しいな」
「でしょうね」
だが――
それでいい。
その夜。
城下町では、
いつもより灯りが多かった。
人々が、
話し合っている灯りだ。
英雄がいない夜。
だが――
国は、まだ生きている。
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