第15話 聖女でなくなった日
朝の鐘が鳴らなかった。
それだけで、街は少しざわついた。
「……時間、間違えたのかな」
「いや、今日は鳴らさないらしい」
人々は不安げに空を見上げる。
だが、空はいつも通りだ。
雲も、風も、太陽も。
奇跡だけが、少し減った。
聖堂の前に、リリアは立っていた。
白と金の衣ではない。
ただの、淡い色の服。
「……誰か、倒れていませんか」
彼女の問いに、神官は戸惑いながら首を振った。
「い、いえ……今のところは」
「よかった」
それだけ言って、彼女は微笑んだ。
祈りを集める微笑みではない。
ただの、人の表情だった。
街では、小さな変化が起きていた。
「……雨、降りそうだな」
「前なら、聖結界が弾いてたのに」
「傘、持ってく?」
そんな会話。
誰かが不満を言い、
誰かがため息をつき、
それでも、歩き続ける。
奇跡はない。
代わりに、選択が戻った。
「……怖くありませんか」
エリスが、リリアに聞いた。
「怖いです」
即答だった。
「でも……軽い」
胸に手を当てて、彼女は言う。
「ここが、静かなんです」
俺は、その様子を見て、少しだけ安堵した。
壊れなかった。
それが、すべてだ。
数日後、教会は公式声明を出した。
「聖結界は、人の営みを補助するものとする」
「奇跡は、日常を奪うためのものではない」
賛否は分かれた。
当然だ。
だが、暴動は起きなかった。
人は、
思っているより強い。
出立の日。
「……行かれるんですね」
リリアが言った。
「俺の仕事は終わった」
「また、壊れたら?」
「その時は、
壊れる前に誰かが止める」
彼女は、少し考えてから頷いた。
「……私も、練習します」
「何を?」
「弱くいることを」
それは、
この国で一番難しいことだ。
馬車が動き出す。
「次は、どこですか」
エリスが聞く。
「さあな」
俺は、窓の外を見る。
「溜めすぎてる場所は、
だいたい分かる」
遠くで、子どもが転んで泣いていた。
誰かが駆け寄り、手を差し伸べる。
奇跡はない。
だが、十分だ。
その夜、宿で短い報告をまとめた。
聖護国家リュミエール
結界縮小完了
人的崩壊、未発生
備考:
奇跡は減ったが、
国は生きている
俺は紙を閉じた。
これで、いい。
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