第13話 神を否定したのは、誰か
その日の夜、教会は異様に慌ただしかった。
聖堂の鐘が鳴る。
祈りの時間でも、祝祭でもない。
緊急招集の合図だ。
「……動きが早いですね」
宿の窓から聖堂を見下ろしながら、エリスが言った。
「自覚があるからだ」
「何の、です?」
「この国が、
“聖女一人に寄りかかっている”ことの」
認めたくない真実ほど、
人は早く封じにかかる。
招集されたのは、教会上層部。
大司教、枢機官、上級神官。
そして――
俺も、呼ばれた。
「魔導保全官カイ・ルード」
大司教は、穏やかな声で言った。
「あなたの発言が、
国に動揺を与えています」
「事実を言っただけです」
「“結界を弱める”という提案は、
神の加護を否定する行為」
周囲の神官たちが、頷く。
「聖女様は、
神に選ばれた存在」
「その役割を否定することは、
国の否定に等しい」
俺は、しばらく黙ってから聞いた。
「……質問しても?」
「どうぞ」
「聖女は、
神に“休め”と言われていますか」
場が、凍りついた。
「……何を、言っている」
「選ばれた存在なら、
守られているはずだ」
「だが彼女は、
眠れず、震え、限界です」
「それは、
信仰の試練だ」
即答だった。
その言葉を聞いた瞬間、
エリスの拳が、ぎゅっと握られた。
「……試練は、
“壊れるまで”続くものですか」
「神の御心は、人には測れぬ」
俺は、静かに頷いた。
「なるほど」
そして、はっきりと言った。
「なら、この結界は、
神の御心じゃない」
ざわめき。
「あなたは、
何を根拠に――」
「構造です」
俺は、結界図を広げた。
「この結界は、
人の感情を圧縮し、
一点に集中させる」
「神が作ったなら、
逃げ道がある」
「これは、
人が作った檻です」
大司教の表情が、わずかに歪んだ。
「……そのような発言は、
異端と取られかねない」
「構いません」
俺は、即答した。
「異端でも、
人は壊れません」
「正統でも、
人が壊れるなら――
それは、間違いです」
重たい沈黙。
やがて、大司教は低く言った。
「……聖女様の意見を聞かねばならない」
その瞬間。
「聞いています」
扉が、静かに開いた。
そこに立っていたのは、
白と金の衣をまとった少女。
聖女リリアだった。
「……リリア様」
神官たちが、一斉に頭を下げる。
だが彼女は、
その中を、まっすぐ歩いてきた。
「私は、選ばれた存在です」
震えない声。
「でも――
壊れるために選ばれた覚えはありません」
大司教が、息を呑む。
「あなたがたは、
私の代わりに祈りましたか」
「私の代わりに、
苦しみましたか」
「……それとも」
彼女は、視線を上げた。
「“聖女”という言葉に、
全部を預けただけですか」
誰も、答えなかった。
「私は……」
リリアは、深く息を吸った。
「結界を、弱めてください」
その言葉が、
国の空気を、変えた。
「奇跡が減ってもいい」
「完璧じゃなくていい」
「人として、
生きたい」
その瞬間、
結界の奥で、何かが軋んだ。
――溜めすぎた祈りが、
初めて、揺れた。
俺は、一歩前に出る。
「決断は、今です」
「結界を弱めるか」
「それとも――
聖女が先に壊れるか」
それは、脅しではない。
ただの、事実だった。
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