第10話 帰る場所は、決まっている
王都中央魔導局の応接室は、妙に豪華だった。
柔らかい椅子。
無駄に広い空間。
そして――並べられた、条件。
「正式な昇進を用意している」
課長が、少しだけ姿勢を正して言った。
「第三管理課の課長補佐。
いや……実質的には、君に任せたい」
その言葉に、周囲がざわめく。
「報酬も、今の三倍を保証する」
「王都中央区画の居住権も付与しよう」
「……家族がいれば、だが」
最後の一言は、完全に余計だった。
俺は、しばらく黙っていた。
条件としては、破格だ。
誰もが欲しがる。
「……それで?」
そう言うと、課長は少し戸惑った顔をした。
「それで、とは?」
「それで、俺に何をしてほしい?」
その問いに、即答は返ってこなかった。
「……王都を、守ってほしい」
老魔導士が、代わりに言った。
「今回の件で分かった。
君の視点は、我々に欠けていた」
「だから――」
「常駐しろ、と?」
老魔導士は、ゆっくり頷いた。
「君がいれば、
王都は壊れない」
俺は、その言葉を否定しなかった。
ただ――
「それは、間違いです」
静かに、そう言った。
「俺がいれば、
“壊れないように見える”だけだ」
空気が、張り詰める。
「王都は、また溜め始める」
「責任も、成果も、期待も」
「そして――
俺がいなくなった瞬間、同じことが起きる」
誰も、反論できなかった。
「……では、どうすればいい?」
課長が、弱い声で聞いた。
「教えたでしょう」
俺は、結界の記録を指した。
「止まれ」
「壊れる前に、休め」
「評価が止まる勇気を、持て」
それだけだ。
「……それでも、残らないのか」
老魔導士が、もう一度聞いた。
俺は、即答した。
「残りません」
その瞬間、
場にいた全員が理解した。
――引き留められない。
王都を発つ朝。
空は、やけに澄んでいた。
「……結局、全部断りましたね」
エリスが、馬車の横で言う。
「もらっても、困る」
「困ります?」
「責任が増える」
彼女は、少し笑った。
「……あの人たち、分かってましたよ」
「何を?」
「あなたが戻らないってこと」
俺は、馬車に乗り込む。
「それでいい」
「王都は?」
「生き残った」
それ以上でも、それ以下でもない。
ヴァルナ辺境領に戻ると、
街はいつも通りだった。
静かで、壊れていない。
「……落ち着きますね」
「だろ」
役所に戻ると、点検予定表が机の上に置かれていた。
「北水路、三日後」
「南結界、来週」
やることは、山ほどある。
「……また、何も起きない日が続きますね」
エリスが言う。
「それでいい」
俺は、工具袋を下ろした。
「何も起きないのが、
一番、難しい仕事だ」
窓の外では、
子どもたちが、何事もなく走り回っている。
王都では得られない光景だ。
ここが――
俺の帰る場所。
その夜。
王都から、短い報告が届いた。
『中央結界、安定運用に移行』
『一部制度、改定予定』
俺は、それを読み、紙を閉じた。
(……あとは、そっちの仕事だ)
明日も、点検がある。
壊れる前に、止める。
それだけでいい。




