第1話 左遷先の結界が、三分後に壊れるらしい
この物語には、
派手な魔法戦闘も、
一撃必殺の最強技も、
「俺TUEEE」な自己主張も、ほとんどありません。
主人公がやっているのは、
壊れてから直すのではなく、
壊れる前に止めること。
成果は見えず、
評価もされず、
でも――
彼がいなくなると、なぜか全部壊れ始めます。
これは、
成り上がる気も、英雄になる気もない男が、
「溜めすぎた世界」を静かに正常に戻していく話です。
合わない方は、
きっと最初の数話で分かると思います。
合う方には、
長く付き合ってもらえる物語になっています。
王都中央魔導局の会議室は、今日も無駄に広かった。
無駄に広くて、無駄に静かで、無駄に人の人生が決まる。
「――よって、君を辺境領ヴァルナへ左遷する」
淡々と告げられた言葉に、俺は「やっとか」と内心で息をついた。
拍子抜けするほど、感情は動かなかった。
怒りも、悲しみも、正直もう残っていない。
「理由は分かっているな?」
机の向こうで腕を組む上司は、俺を見ていなかった。
正確には、“俺の書いた報告書”しか見ていない。
「成果が、見えない」
それが全てだ。
魔導炉の暴走を未然に防いだ記録。
都市結界の亀裂を補修した報告。
魔導具の事故件数がゼロだった月次報告。
――どれも評価対象外。
「敵を倒した数がない」
「魔力量が低すぎる」
「派手さがない」
結果、俺は“何もしていない無能”という扱いになった。
「異議は?」
「ありません」
即答すると、上司は少しだけ眉をひそめた。
たぶん、取り乱すと思っていたのだろう。
でも俺にとっては、左遷はご褒美だった。
王都は忙しすぎる。
毎日、壊れかけの魔導インフラを走り回って、誰にも感謝されない。
静かに仕事をするには、向いていない場所だ。
だから――
「では、明日付で出立しろ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は少しだけ、肩の力を抜いた。
辺境領ヴァルナは、王都から馬車で五日。
人も少なく、古い街だ。
俺に与えられた役職は「魔導保全官」。
聞こえはいいが、実態は雑用係である。
「……これが、街の結界です」
案内してくれたのは、魔導技師見習いの少女だった。
赤茶の髪を後ろで束ね、作業着の袖は少し擦り切れている。
「エリスです。一応、この街の結界点検を任されてます」
「カイだ。今日からここを担当する」
結界の柱に手を置いた瞬間、視界の端がわずかに歪んだ。
――崩壊予測、発動。
魔力の流れ。
結界構造。
負荷の集中点。
そして。
(……三分)
正確には、二分四十秒後。
「この結界、もう限界だな」
「え?」
エリスが目を丸くした。
「いえ、でも……数値上はまだ余裕が――」
「数値は嘘をつかない。でも、全部を教えてくれるわけでもない」
俺は結界の基部にしゃがみ込み、工具を取り出した。
「今、結界の内側で魔力が渦を巻いてる。
このままだと、局所破断が起きる」
「……そんな音、確かに……」
エリスが小さく息を呑んだ。
「分かるのか?」
「……はい。嫌な、軋み方してます」
少しだけ、安心した。
この街には、ちゃんと“現場を見てる人間”がいる。
「三分後に割れる。避難は?」
「い、今からは……!」
「大丈夫だ。割らせない」
結界に手をかざし、流れを“ずらす”。
壊れた部分を直す必要はない。
壊れない配置に戻すだけだ。
数秒後、空気が静かになった。
軋みは消え、魔力の流れは穏やかになる。
「……止まった?」
「応急処置だ。根本修理は後でやる」
エリスはしばらく黙り込んでから、ぽつりと言った。
「……王都って、こういうの、見ないんですか?」
「見ない。壊れてから騒ぐ」
「……ですよね」
彼女は苦笑したあと、俺を真っ直ぐ見た。
「カイさん。
もしかして……とんでもない人、来ちゃいました?」
「いや。左遷された無能だ」
そう言うと、エリスは首を横に振った。
「少なくとも、ここでは違います」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが、静かに落ち着いた。
――この街は、しばらく壊れない。
そんな確信だけが、はっきりと残っていた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
当面の間は、1日に3話を投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




