少女の依頼と顛末
送られた人は幸せになるという幻の花スターローズ
「一緒に探してほしい」と僕は見知らぬ少女に頼まれる
夜通し灯りが消えることはなく、絶え間なく舟が行き交い、街道では荷駄馬の蹄の音が響き続ける。
賑わいの尽きることのない交易の拠点、不夜城と謳われる商業都市は、例年以上の熱気に包まれていた。
六角形の人工港湾と海を結ぶ大運河には今、、目もくらむほど美しい豪華客船が二隻、並んで入港している。
王族専用の御座船、ハルモニアとシンフォニアだ。
威厳と壮麗を兼ね備えた美麗荘厳絢爛豪華な威容を見せる理由は一つ。一角獣の乙女・ダイアナの輿入れだ。
夕刻、ダイアナが乗船し、日没、満月の出とともに御座船二隻は湾を出航する。
「王族しか乗れない御座船二隻のそろい踏みなんて、そうそうお目にかかれない光景よ」
と大いに興奮冷めやらぬ面持ちで港湾を眺めるのは商業ギルド旅団課事務員のメリッサ。待ち合わせたとかじゃなくて、偶然居合わせただけだ。
「ダイアナの後任は決まってるの?」
「アマラが引継ぎすることになってるわ」
いつぞやの一角獣騒ぎのあと、ダイアナの許には結婚の申し込みが殺到した。
任務に同行していたサディが「あたしだって処女なのに」と大層憤慨していたが、「一角獣の乙女」という触れ込みが如何に効果絶大だったかという証左だ。
そんななか、並み居る求婚者を押しのけダイアナを射止めたのは、王家の外戚リウエン老紳士だった。
外戚とは簡単に言うと、王様の母方の親族。とんだ玉の輿 だ。
第一報が商業都市を駆け巡った時、「やっぱり世の中金よ金」「お金で買える愛もこの世にはあるんだな」といささか下卑た風評も飛びかった。
ちょっと前に山岳都市から押しかけ女房がやってきたことも噂に拍車をかけた。
その押しかけ女房アマラがダイアナの後任に就く。複雑な気持ちだ。
ずいぶんダイアナにご執心じゃない?とメリッサが変な色眼鏡で僕を見る。変な勘違いをされているみたいだ。
僕は頭を振って否定し、
「お相手って、老い先短い爺さんなんだろ?」
この時点での僕は単なる外野の野次馬根性しかなく、実に軽率に迂闊に口をきいていた。
回春目的なのかわかんないけど、年甲斐もなくよくやるよ。そう続けると、メリッサが濁すように返事を寄越した。
「でも、望まれて嫁ぐんだし」
ほんのちょっぴり歪んだ他人事のような言葉に、痛いところを衝かれたような心地がした。
ダイアナが一角獣の乙女として箔付けされ、男たちに猛烈にアピールされ、爺さんの許に嫁ぐきっかけを作ってしまった原因の一端は僕たちにある。
うちのしょぼくれたおっさん、こと赤の舞踏の団長がダイアナを指名したからだ。
どう答えていいのか分からず、僕が視線を泳がせ嫌な沈黙が続いた後、メリッサが腹の底から大きく息を吐きだし、「あんたには話していいかな」と独り言ちる。
「あたし、ダイアナのこと苦手だったの」
そう前置きしてメリッサがポツポツ語り始めた。
ダイアナはとっても規律規範にうるさい完璧主義志向で、旅団課を仲間というより仕事を円滑にまわすための部品として接している感じが嫌だったこと。
「部品はちょっと違うかな、人間だれしも得手不得手がある、なんてのは勘定になくて、自分に出来ることは誰でもできるはず、みたいな感じでね。旅団課の皆から煙たがられてた」
そんなダイアナをギルド総長秘書のアマンダさんはこっそり気にかけていたこと。
「見るに見かねて、なのかわかんないけど、何度か、廊下でアマンダさんがダイアナと立ち話をしてるのを見かけたわ」
メリッサの視線が昏い色を帯び、鋭く険しくなる。
そういうことか。
先日、ギルド治安維持課に拘留された時、アマンダさんの姿をみたメリッサが急に泣きだしたのか疑問だったのだ。
メリッサにしてみれば同じく等しくアマンダさんに声を掛けられる構図なのに、立場が状況が、ダイアナと全く違う。憧れの高嶺の花に特別視されるダイアナへのやっかみと、翻って自身は失態を犯している。叱責もやむない醜態を晒している現実に対して悔し涙だったのか。
同僚がいなくなることに対して寂しいとか悲しいでもなく妙に他人事だったのも腑に落ちた。
変な話を聞かせてごめん、メリッサが吹っ切るように再度大きく息を吐く。
「じゃ、私はギルドに戻るわね」
メリッサが踵を返し、僕も旅団に戻ろうと歩き出したところで声をかけられた。
振り返ると、白緑のふわっとしたワンピース姿の11歳くらいの、艶やかな黒髪、黒曜石のような瞳の少女がいた。
ぱっと見でいいところのお嬢さんだ。服の仕立て、立ち姿でそう判断した。
迷子?親御さんとはぐれたのか?それにしては迷子特有の、挙動不審な不安がる様子が無い。辺りを見渡しても、誰かを探し回る大人の姿も無い。
そんな裕福な家の出であろう少女は、僕に向かって開口一番言った。
「お願いです、スターローズを探すのを手伝ってもらえませんか」
「うん?」
スターローズ?
想定していたのと違う内容に、ちょっとだけ僕の理解が滞った。
商業都市外郭。その海沿いにスカシユリの群生地が広がっていて、花の時期は大層見ごたえのある光景となる。そして、群落の中に、時折ごくまれに、花弁は7枚。ほんのり淡い桃色の薔薇に似た色味の花が咲くことがある。それがスターローズだ。
ともかく、見ず知らずの人相手に、探し物を手伝ってくれと頼んでくる裕福な家の少女。無邪気なのか鈍いのか。失礼だけど、変な子だ。
それが僕の正直な印象だった。
「日が暮れるまでにスターローズを持って帰りたいんです」
これは…依頼になるのか?
僕は思案する。
旅団規約に照らし合わせるなら、ギルドを通さず受ける仕事ということで、軽微な違反行為にあたる。
一瞬躊躇したのも事実だ。
しかし、通常なら要請がギルド旅団課に持ち込まれて受理されたあと、案件の詳細を精査したうえで、最速でも半日後に旅団へ提示される。
いまは昼前だから、正式な手続きを通していたら夕刻には間に合わない。
「お願いします」
と黒曜石の瞳に青い燐光のような輝きを散らして、少女がまた頭を下げる。
そこにはどうしてもスターローズを手に入れなければならない、そんな強い意志を感じた。
スターローズ。別名「幸せの花」。
送られた人は幸せになるという言い伝えがある。きっと、誰か幸せになってほしい相手がいるんだろう。
「わかった、行こうか」
実のところ、清浄なる一角獣の乙女、聖なる純潔などと本人の意思と全く関係ないところで付加価値が付いた結果、回春目的の因業爺に嫁ぐことになってしまったダイアナに対して気の毒なことになった、という気持ちが微かに引っかかっていた。良心の呵責と言うやつだ。
この時の僕は、無償で誰かの役に立つことでこの罪悪感を解消したかったのだ。
眩い陽射しがほんのりと淡い琥珀色を帯びて、あと少しで夕方に近いそんな時間。
穏やかな波が打ち寄せる、砂礫と岩場の混在する広い海岸一面に、透き通った金色の光を受けて、いっそう鮮やかな明るいオレンジ色の花が今を盛りと咲き誇っている。
白い波が煌めく紺碧の海、地を埋め尽くすオレンジの絨毯。自然の織り成すコントラストだ。
「ケイティ。そっちにはあったかい?」
僕は少女に話しかける。
僕の声に黒髪を揺らし、ぱっと顔をあげる少女ケイティ。
「この辺の群落をみてまわったけど、全然だ」
「あの、ちょっと」
歩み寄ろうと知る僕を、困惑気味にこちらを見遣る黒曜石の瞳。遠慮してほしそうな声音。ケイティが更に口ごもる。
「わかった…じゃあ、僕は岩場の奥の群落を探してくるね」
そういって、僕は少女から離れた。
ケイティ。商業都市らしからぬ響きの名前。
群生地に向かう道すがら「呼ぶのに「おい」とか「ねぇ」だと困るから」と名を訊くと、少女はケイティと名乗った。
この白緑色のワンピースの少女は、なんだろう、ケイティというより、例えばステファニー、スティシーといった印象を受ける。
特に深く考えることなく僕がそういうと、ケイティはほんの一瞬だけど、唇を噛みしめるように口許を歪ませた。
それは少女にとって気を悪くする発言だったようだ。彼女の身近にいる好ましくない子の名前が、スティシーとかステファニーとかなのかもしれない。
「ケイティ、ゴメンよ」
僕はすぐに詫びた。
「いいんです、大丈夫」
ケイティはそう言って、肩を下ろすようなため息を吐く。その様子は、僕には安堵のため息にかんじた。
群生地に着いて、同じところを二人で一緒にまわるより手分けして探そうという事になった。
これはケイティが言い出したことだ。
「一人だと見落としがあるかも知れないし」
捜索は基本ツーマンセル。僕はそう主張したけど、ケイティは退かなかった。
「わかったよ、だけどあんまり遠くに行かないでね、ケイティ」
一緒に探してくれと言ってきたけど、近くにいてほしくない。そんな打ち解けない距離感を端端に感じた。
こっちは心配だから気にかけているんだけれど、これは年頃の少女の立場になって考えれば、道理は通る。
だから、付かず離れず、ケイティの姿が視界に入るような距離を保って、スターローズを捜した。
でも。だけど、なにか食い違ってると言うか。そんな相容れない矛盾もあった。
不自然じゃないか?自分から声をかけてきたのに?
そんな情報の足りない堂々巡りを脳内で繰り広げていたせいで、辺りが薄暗くなってきたことに気づくのが遅くなった。
結局スターローズも見つからない。
明日出直そう。そう言いかけ、振り返った僕の思考が止まった。
ケイティの姿が見えない。
「ケイティ?ケイティ?」
なにがあった?どこにいった?
不安に呼応するように打ち寄せる黒い波の音がざわざわと響いている。
潮風に混じって、海鳴りのような響きが鼓膜を震わせる。続いて、金管楽器に似た低い重い音が重なる。
汽笛だ。
僕の目の前を、二隻の御座船が、水平線に向かって滑るように出航していった。




