他人の不幸は飯のタネ
『救助5844、こちらは進入管制。減速、190。周波数145.99で港湾管制にコンタクトせよ』
「減速、190。港湾管制にコンタクト、145.99、了解。救助5844」
推力レバーをREVまで引いて、逆噴射をかける。ひと仕事終えて、もうまもなく港に帰還だ。港といっても息のつまる宇宙空間だけれど。空気ないからな。
さあて今日の報酬と燃料消費、どうなった?
操縦桿を放して仕事用の端末を膝の上に置く。報酬540万、それから……船の燃料系統画面を表示、残燃料は800。出発したときは確か1500入ってた。消費700か。
いま燃料単価はどれくらいだ? ええと……
端末の電卓アプリをはじいて燃料代を計算して、と。
あっ――クソ、大した額は残んないじゃんか。
『救助5844、ただちに港湾管制にコンタクトせよ。聞いているのか?』
――?
あ、いかん! コンタクトを忘れてた。
速度計を見ると、185の表示。指示速度を下回っている。
「了解、すまない」
端末を膝に置いたまま推力レバーを戻し、すこし前進にかける。コッソリ速度修正するぞ、まだバレてないな?
港湾管制にコンタクトしようとして、無線切り替え器の数字盤の前で指が止まった。
「……周波数をもう一度」
『145.99!』
うるさいな、こちとら忙しいんだ。
周波数を145.99に設定して無線送信ボタンを押す。
「港湾管制、こちら救助5844」
『救助5844、港湾管制。どの埠頭への入港を希望するか』
そりゃ安いところへ入りたい。
「Dエリアへ入りたい」
『Dエリアは満船だ。AエリアかBエリアが空いている』
誰だDエリアに入ってるやつ。この貧乏な船1隻分が入るスペースを奪って得しやがって。
「……Bエリアへ入る」
『了解、B113号へ誘導する。右転針30度、速度150』
復唱しようとすると、膝に置いていた端末がガタンと音を立てて足元に落ちた。
片手で端末を探しながらもう片手で送信ボタンを押す。
「右転針30度、速度……150」
端末を拾いながら推力レバーを引いて、減速。Bエリアの係留代、いくらだっけ……
・・・・・・
B113号埠頭に着岸して、索具をかけた。そう何本も出しはしない。いつでも急速出港できるように。主機関も回したまま待機だ。
今回の仕事、報酬額だけ見て受けたけど、思ったより燃料消費が多かった。いちおう黒字にはなってるけど、あと半年でこの船は大きな定期検査が待ってる。まだその分のカネが貯まってない。
今日はもう1回出よう。4回目の出動になるが仕方ない。カネがないのに休んではいられない。
端末を船のシステムに接続して、そこから「宇宙救助船協同組合」の派出システムに繋ぐ。現在状況を「出動待機」に設定すると、いま入っている救難依頼のリストが表示された。
……1件もねーな。
まあそうだろう。救助船の数は慢性的に過剰状態になってるから、まずこのリストは空欄だけになる。
新しい依頼が表示されたらすぐ、「受領」ボタンを押す。報酬額の数字をサッと見ながら。
……来た! 報酬800万、これを待ってた!
端末を連打。この依頼はおれが取る――
『他船がこの依頼を受領しました』
うるさい、音声付きで言うな。
他の連中だって連打しているんだ。だからいつもこうなる。救難出動の前に、依頼の奪い合いでみな消耗していく。
・・・・・・
あれから5回の救難依頼を受け損ね、さすがにふてくされたくなってきた。
救助船乗員といっても公務員じゃない、自営業だからな。「宇宙救助船協同組合」に所属して、依頼を受けて出動する。依頼が取れなければ干からびる。そんなもんだ。
おれは1人で操船できる小型の救助船を中古で買って、細々とこの仕事を営んでいる。
来た、6回目! この依頼はおれが――
「――っ!」
危ねえ……危うく押すとこだった。
おれが押しかけて寸前で踏みとどまったその依頼は、リストに残ったまま誰も取らない。
あり得ねーよな、報酬200万だぜ。
誰がそんなもん受けるんだ、燃料代だけで大赤字になる依頼なんて。慈善事業じゃねーんだぞ、これは。
事故内容は機関故障、発電機停止――あ、こいつ客船じゃんか。「リリー・フラワー」号。大した名前のくせに貧乏人だ。「乗員乗客173名」だと。救助報酬200万しか出せないのにそんなに乗せたのかよ。
船を出す方も貧乏だが、それに乗る方もだいぶ貧乏人だ。乗船券、いくらで買ったんだろうな。
馬鹿だな。カネのない奴が、宇宙へなんか出ちゃいけない。
だってそうだろう? 宇宙じゃあ息をするにも機械の力が要る。人工的に空気を用意する必要があるんだから。船内を人が生存できる温度に保つのも機械がやってる。それが故障したらおしまいだ。
だから故障が起きないようにきっちりメンテナンスして、もしなにかあったら救助してもらえるようカネを積んでおく。そうすることで、人は宇宙と対等に渡り合える。
大人しく可住惑星に住んでいればよかったんだ。空気も重力も、作物の育つ土もある。一生そこで過ごしてそこで死ねば、なにも困らないのに。
星空の向こうにあこがれたとか、狭い星から旅立ちたいとか、そんな薄っぺらい感情だけで宇宙へ出てきてもいいことなんかない。そうなんだ。
宇宙の救助活動は慈善事業じゃない、カネを稼ぐための自営業だ。おれたちはヒーローじゃない、ハイエナだよ。誰も人のためだなんて思っちゃいない、誰かが遭難するのを期待して待っている。そうしないとカネが稼げないんだから。
誰かが遭難することで、おれたちは飯が食えるんだ。お前たちの不幸を、おいしくいただいてるのさ。
悪く思うなよ。おれだって船に乗ってる。遭難したら、その時はおれも誰かの飯のタネになるんだから。
あーあ、こんなハズじゃなかったのになー。
おれもあこがれだけでこんな所まで来ちまった。ガキの頃に職場体験だかで救助船に乗ったんだ。あの船、乗組員何人いたんだろう。いま思えば、あれは上澄みだったんだな。いいところだけガキに見せてたんだ。なかなかひどい事をするもんだ。
おれも宇宙になんか出ずに、商社か何かに行けばよかった。もし船乗りになるにしても客船とか、いや貨物船でもいい。下級船員でもキッチリ働けばカネは貯まったろう。堅実な人生を歩むシッカリした人間になっていただろう。
人を助ける仕事――やりがいとかあこがれとかよく言われるよ。でもこうしてボロい救助船の操舵席に座ってればよく分かる。やりがいで腹は膨れないって。
「あーあ、だれか遭難しないかな」
・・・・・・
だめだ、今日は店じまいにしよう。やる気がなくなった。
端末を操作して「業務終了」に切り替えた。主機関を停止して、索具の本数を増やす。寝ようか、カネのことは考えずに。明日からがんばろう。
「リリー・フラワー」号の救難依頼は、画面を閉じるまで出たままだった。




