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この山河は誰に傾くのだろう~  作者: 上村将幸
冬ノ歌

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第三十四話 勝利へと導く明日の子――フランス大公の継承者・前編

この夜、ジャガン平原の静かな夜空は昔の神秘的な光華を失い、万里にわたって燃える松明が北国の辺塞の荒寂とした歳寒を追い払った。戦馬の狂騒ないななきは彷彿遊魂が人間界を彷徨うが如く、火災に葬送られた虞美人の花野に幾分の蕭瑟とした悲寥を降り注いだ。


灼眼城の城壁の上で、カイザーの傍らに立つレイは憤慨しながらティロス軍の暴行を見つめ、直ちに小さな拳を振り回し甲斐を見た。


「彼らが私の一番好きな虞美人の花畑を焼き払ったのよ甲斐。あなたは必ずこれらの無辜な小さな命の仇を討って。」


その言葉を聞き、甲斐は腕を組み、苦笑いを一抹浮かべた。北国の吹雪を虚無に沈めんばかりの優しい声で、感傷的に涙を流すレイに応える。彼が生涯守り抜こうとする女性である彼女に、誓いを告げた。


「レイ、花畑に宿る生き物の仇は必ず討つ。」


傍らで、兵士に城防の脆弱な箇所を補強するよう指示していたヒューゼルが、ズノーのそばに歩み寄り、腰を屈めてお辞儀する報告した。


「殿下、城壁上の全ての場所を詳細に点検し終え、防御の脆弱な箇所にも兵力を補充いたしました。何より、兵士たちは皆、十分な迎撃準備を整えております。」


「うむ、ご苦労さんヒューゼル。君も戦闘配置に戻ってなさい。」


微笑みを浮かべてヒューゼルにうなずき、ズノーは一歩近づき彼を立ち上がらせ、視線を全然的に彼の額から流れる汗に集中させた。きよ綺麗な顔には穏やかな笑顔が浮かび、和煦とした光が射した。


その時、甲斐の真剣な返答を得たレイは甘い笑顔を浮かべ、振り返りてカイザーの鎧の後ろで舞踊った赤い袍の端を引っ張り、指先を曲げて溢れ出る涙を拭うと、頬には忽ち鬱陶しい赤みが広がった。


「父上、一昨日まであの花畑で踊っていたのに、今日になってその素晴らしい思い出が全てあの人々の悪意の下に葬られてしまった。父上…私は絶対に彼らを許しません。」


「私の良い娘よ、泣くのはやめなさい。後で父上が城を出て、自然の聖域を破壊する野蛮なティロス人を成敗してあげる。」


肩に担いでいた黒鉄の大剣を下ろし、剣先を地面に触れさせて城壁内側の女壁に寄せかけると、カイザーは山脈のごとく聳える大きな体躯をしゃがませ、涙を流す娘を心痛に堪えながら見つめた。瞳の奥に忽ち激しい炎が二筋燃え上がった。


彼は肩に伏せてすすり泣く娘の背中を優しく撫で、振り返って並んで立つ甲斐とズノーを見る。冷徹とした口調で疑いようのない威厉を漲らせた。


「親王殿下、ティロス軍が城を攻め始めたら、俺と甲斐が城内の二千の重装鉄騎を率いて城を出て敵の後方を撹乱し、機会を見計らえて敵の総大将を討ち取る。」


言い終えると、銀水で鍛えられた如き剛毅な顔に夏の日差しよりも温かな明るい笑顔を浮かべた、五指をゆっくりとレイの柔順な長髪を撫でた。視線は自然に手に蛇顎長戟を握るヒューゼルに移った。


「その間は殿下とヒューゼルにはご苦労ですが、城内に残る八千の新軍兵士を率いて、この城壁の上で敵軍と攻防戦を繰り広げていただきます。」


「ダメです父上、これは危険すぎます!外には約三万のティロスの虎狼の師団がいるのに、あなたと甲斐が二千の騎兵だけで出て行くなんて、それは自殺行為以外の何物でもありません。」


父上の言葉を聞いて、レイは慌てて顔を上げ、カイザーの欠点の見当たらない笑顔を見つめた時、レイの頬を二筋の火のような光を帯びた澄んだ涙が流れ落ちた。首を振り、両手でカイザーの首を抱きしめ、柔らかい声で嗚咽した。


「父上、あなたがこんな危険なことをするのを許しません。」


「娘よ…」


「カイザー殿、レイの言う通り、この案はあまりに無謀で乱暴なので。どうか冷静になってください。決して怒りに理性を左右されてはなりません。」


カイザーがレイを慰める言葉が喉から出かかった時、ズノーは既に断固とした声で発言した。揺るがぬ視線で彼の目の前まで歩み寄り、指先で腰の前の『星霜剣』の剣柄を押さえた。


「それに、ライオンハート城に援軍を求めて送った伝書鳩が返事を受け取りました。明日の夜明けまで耐え忍べば、エドワード皇兄が率いる援軍が到着するのです。」


「それまでに、我々はあらゆる利用可能な力を集中させ、守城の優位を占める、敵軍と耐久力の消耗戦を展開せねばならない。」


指先で頬を掠める一房の長い髪を掴み、ズノーは俯きながら軽く見つめた。剣首の輪に結ばれた赤羽の剣緒だった。


これはあの日、甲斐やレイと共に隊を率いて出発する前、皇兄が城門で自ら手渡してくれたもの。だから今、彼は心の中で揺るぎない信念をさらに固めた――皇兄が絶対に灼眼城が危機に陥る前に、援軍を率いて城南の道に現れるという信念を。


「ライオンハート城からの援軍は必ず間に合って駆けつけるだろう。」


彼は握りしめて拳を振り回し、力を込めて城壁の女壁に叩きつけた。口元に不敵な笑顔を浮かべた。


「その時になれば、我々は再び騎兵を率いて城を出、城外の援軍と共にティロス地面攻城軍を挟撃し、悪夢のような反撃を敵陣の前に展開するのだ。」


ズノーは自信満々て右手を握りしめ、胸に当てた。振り返って遠く煙燼が立ち上る平原を見つめていると、突然号角の音が響き渡った。


鞘に封印られた星霜剣を抜き、剣身を傾けて身の横に垂らし、傍らに来た甲斐とヒューゼル、そして弓を構えて城頭に立つ兵士たちを見つめ、大声で言った。


「先ほど申し上げた通り、我々灼眼城は孤立して戦っているわけではない。今この時、陛下自ら率いる援軍はすでに来る途中にある。明日の夜明けまで耐え忍べば、その時こそ我々が敵に反撃を開始する時だ。」


「勝利は必ず我々のものとなる、皆さん一人一人のものとなる。そして我がズノー・ガリレオ・フランスは、頭上で烈しく翻る『鳳凰三色旗』と共に、皆さんと共に戦う。」


剣を振って城下を指し、攻城準備に突進を始めたティロス軍隊を見つめる。火光に照らされ、脂ぎった醜い顔をした敵総大将をはっきりと見極め、ズノーは澄んだ声で高らかに言った。


「教えてくれ、皆さん。この戦いに勝利する自信があるか?」


「有り!!!」


「目の前で我が国の領土を侵す敵を殲滅する信心があるか?」


「有り!!!」


「よし、皆さんの決意と闘志が見えた。共に戦闘態勢に入るぞ。」


「はい、親王殿下の号令に従います。我々は、自らの決して色褪せることのない、および決して屈服することのない熱血を鎔鋳した心臓を捧げ、殿下のためにこの戦争の勝利を勝ち取る。」


新軍兵士たちは力強く響く声でズノーが寄せた期待に応え、弓弦を引き、矢を地面の敵に狙いを定めた。


その時、甲斐が雲紋長槍を高く掲げ、身を躍らせて城壁の壁に飛び乗り、弓矢の射程に入った敵軍を凝視し、厳しい声で怒鳴った。


「弓兵は矢を放て!我が国の辺境を侵略するティロス軍に、我々フランス軍人の熾烈な高尚な品格と、覇権に勇敢に抗う強靭な精神力を存分に味わわせろ。」


一声の将令が下され、『シュッシュッシュ』と耳を貫く金属の羽音が空気中に飛び散り、やがて果てしない夜に溶け込んでいった。


地上で黙々と前進し、生命徴候のない行尸の軍団のように無表情で進むティロスの攻城部隊は、盾を頭上に掲げ、歯を食いしばって月を覆うような矢の雨と雷電の勢いを帯びた鋭い突きに耐え、後ろに続く井闌車を掩護し、重い足取りでゆっくりと歩みを進めた。


攻城部隊の後ろで、三万の大軍を統率する連合軍総大将は、意気揚々と背中に固定した二本の双刃斧を外し、身の横で髭を摘んだ中年男を見遣り、口元を歪めて冷笑した。


「達磨兄、君の推測によれば、明日空が晴れた時、我々は灼眼城に入れるか?」


中年男は「クックック」と邪悪な笑いを発し、手を振って斧を持っ戦将を見つめ、続いて天下を指図するかのように指を伸ばし、激戦中の城頭をわずかに指し示し、羽扇を軽く振りながら軽蔑の眼差しで言った。


「フース兄、安心してくれ。こんな小さな要塞など、我がティロスの剽悍で善戦な辺軍の俯瞰下にあれば、明日の朝まで待つ必要はない。今夜こそ我々が城内に入ることができるのだ。」


彼らが放埓にティロス軍を「世界に冠たる軍隊」と称賛し合う中、灼眼城の城壁の上でカイザーは「ハハ」と笑い、「物足りないな」と呟き、黒鉄の大剣を振り回して空中で一筋の、夜を束の間白昼に戻すきらめく月の弧を描き出す。


井闌車の背中から射出された攻城網を伝って城壁に攀じ登った七名のティロス軍兵士の体は、瞬時に二つに切断された。


遠くで甲斐は苛烈な戾気を纏った眼差しで、外側の堞壁に架けられた攻城網を睨みつけた。片足で地面を蹴り、跳躍して兵士の肩を踏み台にする。


湖面を歩くが如く、足先を突如吹き起こる疾風に点を打つ。長槍を猛然と振り回し城壁の石煉瓦に叩きつけると、体を空中で素早く回転させ、回し蹴りを放ち三名のティロス軍兵士を蹴り倒した。


続けて悠然と、城壁の外縁に這いつくばる躯体を踏みしめる。身を回し超凡で絶世の精湛な槍技を繰り出す、槍先を寸分違わず眼前に迫るティロス軍兵士の体を貫通させた。


天牢を抜け出した神竜の如く城壁を駆け巡る彼の活躍する姿は、勇敢に戦う兵士たちの心を深く感化した。


「殿下、ご用心!」


その時、長戟を握りしめて斬りつけることに専注的にしていたヒューゼルが脇目でズノーを見つけた途端、表情が忽ち変わった。


足を蹴り上げて一人のティロス軍兵士を城壁から蹴落とし、身を仄めて地面から拾い上げた一本の折れた刀を投擲し、飛び去る流光が闇に没し、迅速な稲妻と化してズノーの背後に突き刺す、悄然と接近してきたティロス将軍の眉間を貫いた。


横目で轟然と倒れた屍体を一瞥し、ズノーは身を旋らせ、寄り添ってきたヒューゼルの背中と合わせた。嵌め込まれた二枚の堅固な戦盾の如し。


剣を握って一人のティロス軍兵士の首を斬り落とした後、血に染まった秀麗な顔貌を振り返ってヒューゼルを見つめ、血戦の中に咲く血薔薇のように、堅忍で晴雅な笑顔を浮かべた。


「ヒューゼル、ありがとう。」


「殿下を護るのは末将の職務…」


体を後傾させ、ヒューゼルは両手で戟を握り、円舞を描いた。八名のティロス軍兵士の喉から血潮が噴出し、鈍重な音を立てて一斉に倒れた。


「殿下の感謝は不要です。」


言葉が終わるや否や、カイザーは細剣を握るレイを護り、ズノーの方へ歩み寄った。


彼の大剣が振り下ろされるたび、剣先が地面に触れて飛び散る火花の瞬間、少なくとも五人から七人のティロス軍兵士が両側に倒れ、苦悶の痙攣の中で息絶えた。


その威風堂々とした剣の戦姿は、人間界の戦場を歩く地獄魔神のように、城壁に這い上がるティロス軍兵士たちを威嚇し、短時間の意識喪失の間、口元から泡を吐き、体を傾けて城壁から落下させた。


「親王殿下、敵軍が正面から我々の城門を破れぬとはいえ、あの数台の特別製の攻城井闌車だけで、我々の兵士は手一杯で手が回らなくなっています。この勢いでは…」


剣で一人のティロス軍兵士を斬り殺したレイを抱え、カイザーは気合いを込めて大声で一喝する、右手を剣柄に添えて大剣を頭上に掲げ、城壁に設置された井闌車の攻城網に向かって猛力に斬り下ろした。


十数名の城壁の攻城網に這い上がったばかりのティロス軍兵士は蒼白な顔で悲鳴を上げ、蝋燭の火に飛び込む蛾の如く、悲鳴が収まらぬうちに地面に墜落した。彼らは掌で自分の首を締め、心臓を絞られるような激痛に耐え忍んで最期の息を引き取った。


「灼眼城がまだ彼らに攻略されていないうちに、我々の守備兵が、先にティロス軍の狂乱な人海戦術に疲弊して倒れてしまいます。親王殿下、我々はやはり…」


「カイザー殿、どうか我々をもっと信頼してください。」


甲斐は三枚の手裏剣を投射し、正確に三人のティロス軍兵士の胸を突き刺した。


続いて槍を提げて一人のティロス軍兵士の右側頭部を叩き、身を旋らせながら七枚の手裏剣を『七星連珠』の形で連続投射した。


足一本が女壁を跨いだばかりのティロス軍兵士数名の咽喉が目の前を穿梭する暗い流星群に切り裂かれた。


彼らが一秒前まで躍動していた魂は時間の神が一時停止ボタンを押したかのように停止し、次の瞬間に次々と絶命した。


城壁に這いつくばるティロス軍兵士を横目で一瞥し、甲斐は腰の佩剣を抜き、命令口調で声を低く抑え、清朗な声で言った。


「歩戦弓兵は後方に退け。矢を点火し、あの七台の井闌車を狙い、必ず破壊せよ。盾兵は女壁の前線に進出し、城壁に登ろうとするティロス軍兵士を城外に遮断せよ。」


槍と剣を交舞え、甲斐は血路を切り開きレイの傍らに駆けつけた。


振り返って彼女の可愛らしい笑顔を凝視した時、忽ち長槍を震わせ、槍先に集まった血液が地面に妖艶な血花を咲かせた。


「陌刀兵と長戟兵は我が後ろに続け。奮勇して戦え。城壁に残るティロス軍兵士を悉く殲滅し、鉄壁の防衛線を再構築せよ。」


「はっ!!!」


「甲斐、どうか気をつけて。」


二人は一言も交わす間なく、甲斐は既に身を回して駆け出していた。まつ毛を微かに震わせ、レイは剣を身側に傾けて持ち、目光には火光に照らされた憂いが溢れていた。心を許した男子が親衛隊を率いて奮迅と突撃する光景を凝望する中、頬を伝い落ちる一筋の清い涙が、髪の毛先を掠める朔風に吹き落とされ、石煉瓦に当たって幾雫のダイヤモンドのようにきらめく翠涙を飛散し、徐々に隙間に沿って城壁に浸透していった。


その時、カイザーは大剣を振り下ろし、剣先全体を足元の敷石に突き刺した。


両手で一人のティロス軍兵士を掴んで城外へ投げ捨て、続いて指先を伸ばしてレイの頬の血痕を優しく拭い取り、穏やかな口調で言った。


「娘、あれはお前が惚れ込んだ男だ。甲斐は必ず無事だろう。」


「父上…」


レイは流れ出る涙を拭い、父の慈愛に満ちた顔を仰ぎ見て、心中に広がる不安を払い落とし、遂に信念を固め、重くうなずいた。


ズノーの指腹は『星霜剣』の真紅に染まった剣面に当てられ、滴り落ちる血玉の剣先へゆっくりと移った。


歩戦盾兵が固守する城壁の前線を一瞥し、瞳底に快適な青い蛍が流れたように、カイザーとレイの側に歩み寄った。


「カイザー殿のおっしゃる通りです。我々は甲斐を信じましょう。彼は女武神の祝福を受けた生粋の武将です。」


ズノーは、黒潮に没した神助を得たかのように驍武な甲斐の戦闘身姿を眺めながら、剣を握る五指を強く握り締め、頭を仰げて溢れ出んばかりの涙を堪えた。


「甲斐の活躍は、劣勢にある味方を勝利への空際に昇騰する曙光は、果てしなく永恒に枯渇することのない潮汐の如く、我が軍を導いて邪悪な鎖を断ち切らせる。」


「同時に我々の新軍兵士を信じなければならない。彼らが示す、雨夜に育つ青薔薇のような灼妖な闘志は、表面的に輝く威光を流すティロス精鋭士と比肩することはできない。」


ズノーは『星霜剣』を逆手に提げ、振り返って火の矢の攻勢で崩壊した灰燼と化した井闌車を見つめ、口元に淡い笑を浮かべた。


「それに我が皇兄もいる。我々新生フランス公国の賢明なる大公陛下が率いる援軍は、必ず時宜を得て戦場に到着し、我々が侵略者を痛撃するのを助けてくれるだろう。」


「そしてその時、我々が先に温存して城に置いていた無傷の生力軍――黒鎧騎士団の出番が回ってくる。」


身を側転して剣を提げ、ゆっくりと前方に歩み寄る。振り返りて涙を止めたレイを軽く見つめ、この父娘の顔に浮かんだ歓顔を注意深く見つめ、ズノーは握りしめた右拳を挙げて胸膛に叩きつけた。


この瞬間、彼はまるで沸騰して燃え盛る炎が、体内に巡る血管に沿って四方に流れ散り、血液に潜伏する致命的で灰星を破壊するように感じた。


「この精鋭騎兵は漆黒の利刃と化し、城下のティロス軍の陣形を引き裂き、最終的に敵総大将の喉を切り裂くだろう。」


「親王殿下、貴方は我々聖ゼアン皇室で純浄の血脈を受け継いだ天驕の子に相応しい。安心せよ、この戦に於いて、我は必ず全力で助力し、貴方が最も豊かな勝利の果実を掴み取るよう助ける。」


静かにこの特別に洞察に富んだ言論を聞き入れた後、カイザーの目許には賞賛の明るい輝きが咲きった。腰を曲げて城壁の敷石に刺さった黒鉄の大剣を抜き取り、肩に再び担いで大きく一歩踏み出すと、掌を落としてズノーの背中を叩いた。


「娘、俺たちの出番だ。」


「はーい、父上。」


レイは細剣を鞘に収め、機嫌よく足を踏み出してズノーの傍に跳ねる。振り返って恬婉な笑顔を浮かべ、足先立ちして頭の乱れた髪を撫でながら、甘い声でささやいた。


「ニコニコ、ズノー弟、本当に大きくなったね。姉として君の成長を見られて、本当に自慢で安堵しているよ。」


レイの沁みるような余韻が耳元に残っている間に、彼女とカイザーの姿はすでに目の前から消えていた。我に返ると、鋭い剣光が走った暗幕を眺めながら、彼は乾いた唇を開けて呟いた。


「何度言ったらわかるんだ、弟なんて呼ぶな。」


ズノーは五指を広げて吹く夜風を撫で、剣先を垂らした刹那、指先を少し曲げて剣刃を軽く弾き、洗練された顫音を奏でた。


甲斐とカイザーというこのような軍事に熟達した統軍将領の奮勇たる引領の下、灼眼城の城頭には再び越え難い防衛線が構築された。一方、ティロス連合軍の七台の井闌車も火の矢の包囲攻撃で半数が損壊した。


他方、ライオンハート城から灼眼城へ向かう山間の林道で、エドワードは倉促しく軍情を説明し、部屋の中で分娩の苦痛に耐える妻ヘラと別れを告げた後、一万の『赤凰軍団』のみを城内に加強守備と城防工事を建設させ。同時にラインを国内戦時最高指揮官に任命し、自らがジャガン平原に遠征する期間中、ライオンハート城に坐鎮する部隊と、建設中の聖マーゴフ城に駐屯するローウェン方面軍を統括させ、共にティロス帝国の次の動向に対する防備策を深める責任を負わせた。


国内の政務と国防をそれぞれ二人の胞弟――グロスターとホーエンス、および腹心の重臣ラインに委譲した後。彼は親衛統領のローランを遠征軍の後方主管に任命し、三大万騎長の一人ザントを行軍先鋒に任け、城中に残る一万の『赤凰軍団』騎兵部隊およびフランス公国全体戦力の三分の一を占める混成歩戦部隊を率いて、薄暗い夜と淡い蛍の月光に乗り、固く築かれた風壁の両側を跨ぎ越える。


遠くの火光に映る水平線を眺めながら、エドワードの脳裏に血に濡れた画面が瞬間閃いた。


「弟よ、皇兄が助けに来たぞ。お前と守城の兵士たちは、必ず持ち堪えてくれ!」


俯いて薬指に嵌めた菫の結婚指輪を見つめ、手綱を握る右手に力を込めると、指の間に纏わる付いた紊乱な気流が、低吟を迸らせ、生まれたばかりの嬰児の泣き声の如しだった。


血管を流れる血に混じる葛藤の情念を抑え、エドワードが顰めた眉は忽ち解けた。冷汗が糸が切れた真珠の如く風塵に入り、焦燥の表情もこの一瞬目に明瞭になる。


口角に纏った深い笑顔は明浄な星辰に変わり、夜空の最奥の闇に刻まれた。


「ヘラ、愛しい妻よ。必ず敵軍殲滅の報らせを携えて帰る。それがお前と、この世に降り立った我々の子への贈り物となるだろう!」


この夜はあまりに長く、頬を掠める棘のある風刃の如く、戦闘前線に立つ者たちの心に張り詰めた琴弦を苛んだ。


願わくはエドワードの心に湧き上がる温かさが、夜空で最も明るい暁星となり、人々の周囲を窺う闇を払い去ることを。

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僕は完璧な物語を書きたかったのですが、世の中に「完璧」という言葉があるでしょうか。執筆者がいかに浮藻絢爛の世界を描いても、創造主の神の万分の一にも及びません。それで、ほっとしました。普通に書くこと、理想に合った小説を書くことです。自分が描きたい壮大なシーンを、多くの人の目に映し出すことができるのです。「いやあ、実はけっこういいんですね」と言ってもらいたい。それで満足でした。
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