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この山河は誰に傾くのだろう~  作者: 上村将幸
冬ノ歌

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第三十二話 冬の月の告白

「甲斐、父上が恋しい。」


城主府の紅玉の門扉を押し開けると、雪絨貂羅紗裙を身にまとったレイが足取り軽く敷居を跨ぎ入った。門柱両側に吊るされた水晶風鈴が北風に吹かれ、『チリンチリン』と鳴り、幽玄で空籟とした音が細雪が漂う蒼穹へと真っ直ぐに響き渡った。


砂盤の前に集まり、灼眼城の地形を推演し防衛策を検討する三人――フランス公国灼眼城の現任城主・ズノー、灼眼城公爵・甲斐、および最近騎士評定大会で武勇をもって新人戦で頭角を現し、青蛇の紋様が彫られた戟身を持ち、星鉄と合金石を混合鍛造した蛇顎長戟を得意とする千騎長ヒューゼル・ジュノーを眺めながら。


ティロス帝国の強力な力を持つ辺軍が、いついつしか灼眼城の城下に迫ってくるかもしれないのを予防するため、彼らは既に表情を引き締めてこの城主府内に茫然と立ち尽くし、砂盤を囲んで防衛戦術を思索し続けて三日もの間が過ぎていた。


その間、燭台の蝋燭は次々と替えられ、溶けた蠟が燭盤に広がり、天の川が傾潟するような波模様を描き出していた。


灼眼城の引継ぎ文書が大本営ライオンハート城へ送り返され、エドワードがズノーが自ら代わって署名した安全保障条約を黙認してからのことだ。


こうすることには、灼眼城乃至フランス公国全体が条約の規制下で、聖ゼアン帝国南部戦区駐屯元帥カイザーによる監管を受け入れなければならなくなる側面があるとはいえ、現在のようなティロス帝国に狙われた緊張した状況下では、この方案を実施することも必ずしも悪いことではない。


翌日、エドワード大公陛下は御翎使を遣わし任命状二通を携え、城楼に『鳳凰三色旗』および『吟月鳳凰』の二旒の旌旗を翻している灼眼城へ到着。


正式に伝達される、フランス公国の親王ズノーを灼眼城城主に任命する決議書。同時に、甲斐に灼眼城公爵の爵位を授け、当地での新軍訓練を統括担当させ、ティロス帝国の侵攻に迅速に対応できるようにした。


ヒューゼル・ジュノーという勇武絶倫な武将は、新軍募集の際に甲斐が一目で見込んだ将来性ある将帥の人材だった。


「甲斐、父上が恋しい。父上に会いに竜都無月城へ行ってもいい?付き添ってくれない?」


三人が全く相手にしようとしないのを見て、レイはむくれて梵字が刻まれた城主椅に座った。「ふん」と不満そうに頭を逸らし、身を屈めて水月と青花藤の文様が彫られた沈香木の卓上に伏せた。指先で筆筒から羽根ペンを一本抜き出し、先端の羽で自分の縮こまって怒っている情月眉を細くなぞった。


斜めにズノーの眉間に寄せられた「川」の字の皺を睨み、白鳥の紗のストッキングを履いた玉足が『青鳥柳を撫でる図』の赤い縁が付いた高下駄を履き、足を振るうたびに靴先が机の下を叩き、今の煩悶な心情を完璧に奏でる霜の冬の楽章を鳴らした。


「ズノー、甲斐。あなたたちがお父さんに会いに行ってくれないなら、私は家出して自分で竜都無月城へ行くわ。」


「レイ、ふざけるのはよせ。今は緊張の時期だ。ザイエチェン城に駐屯するティロス帝国の辺軍はいつ攻めてくるかわからない。」


ズノーは頭を仰げて鼻筋を軽くつまみ、天井に吊るされた金の花房の蔓の模様が描かれたシャンデリアを見つめ、忽ち眉をひそめて卓上に伏せてむくれているレイを斜めに睨んだ。


肩を落として身を回し、壁に掛かった軍事地図を眺め、緑の丸で印されたザイエチェン城とミネ城に目を落とし、ため息をついて小声で言った。


「今軍隊を率いてジャガン平原を横断すれば、ティロス帝国に挑発行為と見なされるのは必定だ。しかも我々の新軍はまだ訓練段階…」


「だから、今はご迷惑をおかけするしかない。あなたの気持ちを満たすために、この危険を冒すほどの力は我々にはないのだ。」


甲斐は右手を挙げて虚空をなで、ズノーが打ち出した掌と合わせて叩き合わせた。指先で硬く三方勢力の間に広袤で飛雪が舞い散るようなジャガン平原を叩き、壁仁灯る蝋燭が彼の憂いを浮かべる。


身を回してヒューゼルを見て、甲斐は隣りから、背凭れに蝶結びを結んだ赤木の座椅子一枚を引き抜いて、体を崩して腰を下ろし、左手を背凭れに載せて、表情を引き締めて述べ始めた。


「ヒューゼル、明日新軍の兵士を組織して城外で実戦演習を行うつもりだ。意見を伺いたい。」


ヒューゼルは抱拳の礼をズノーと甲斐にし、地図に近づいて灼眼城に最も近く、常に灼眼城の存続を脅威する看過せない力であるザイエチェン城を見た。


「公爵様、この案は実行可能です。」


城主椅に座り、手に羽根ペンを握って羊皮紙に描いているレイに身をかがめてお辞儀をした、彼女が微笑みながら手を振るのを見て、ヒューゼルは丁寧に笑いを浮かべ、くるっと身を回して再び砂盤の前に歩いて戻った。


「豊富な戦闘経験を持ち、二人の大人と共に灼眼城に入城した元『銀鳳隊』黒鎧騎士団の牽引で、新兵たちは卓越した戦闘意欲と訓練への積極的な心構えを示しています。」


騎馬兵人形を一つ取り上げ、砂盤の南東隅に位置する海域に近いザイエチェン城の処まで進めて置いた。ヒューゼルの指先がジャガン平原の連綿および続く平坦な地形を撫で、表情を厳謹する身を回し、ズノーから投げかけられた視線を受け止めた。


「しかし…これは依然としてわが国がジャガン平原の制御権を主導する要因となれない。なぜなら、兵士たちはまだ貴重な品格を一つ欠けているからだ。」


「おっしゃるのは、彼らが実戦の洗礼を欠いている点ですね。これは確かに我々によって現在最も致命的な点です。」


ズノーは戸口へ歩き、指先で耳元に揺れる髪の一房を掬い取り、悠然と耳の後ろにまとめた。振り返ってレイが指先で見せた自画自賛の絵を眺め、口元に軽い笑いを浮かべ、眼差しをヒューゼルの眉間に集まる憂いに定めた。


「親王殿下のおっしゃる通り、これこそが今我々を悩ませる点です。訓練でどんなに優秀に見せても、一旦実戦で確実に発揮できなければ…」


「我々にとって最大の失敗です。その裏に潜む隠れた禍根…我々が決して負えない惨めな代償となるでしょう。これは灼眼城ひいてはフランス公国全体の生死存亡に関わる問題ですから。」


「では甲斐の提案を実行しましょう。灼眼城はフランス公国北方の防壁として、切れ味鋭い鉄軍を擁しなければなりません。これは我々の緊急要務であり、決して看過できません。」


指の腹を卓の縁に沿って滑らせ、レイが差し出した絵を受け取る。羊皮紙に描かれたのは、酷寒の雪季に依然として咲き誇るジャガン平原の虞美人花畑の絶景。


ズノーは唇を軽く噛み、指先で卓面を強く叩き、戦靴の靴先を一面に銀霜が降り積もった石の床で軽く回した。瞳に一瞬凛々い光が走った。


「甲斐、ヒューゼル、この件は全てお任せします。」


「はい、殿下。」


「俺はズノー親王殿下の諭令を厳守します。」


甲斐が座椅子から立ち上がり、ヒューゼルと目を合わせる。二人の同調した口調が光の塵が舞う空中で交錯し、徐々に揺らめくカーテンに滲み込む、天穹に聳える『星の塔』頂で翻る赤い旗へと飛んでいった。


命令を受けたヒューゼルは身を仄めてズノーと甲斐の粛穆な表情を見つめ、砂盤に置かれた「剣盾鳳凰紋章」が嵌め込まれた騎士兜を手に取り、再び頭に戴いた。背後に羽織った黒袍が一陣の清風に揺れ、右手の並んだ二指の先が刃の切れ味の如く冷寂な暗闇を切り裂き、騎士兜の縁に当てる。正しく明朗とした声で言った。


「では親王殿下、公爵様、俺は先に軍営に戻ります。」


「ええ。ヒューゼル、お疲れ様でした。」


眉宇間に集まった愁慮を解いた、ズノーの頬に温遜な笑顔が浮かべる、戸口に立つヒューゼルに軍礼を返した。言葉が落ちた瞬間、ヒューゼルのすらりとした後ろ姿が、廊下の曲がり角に降り注ぐ光の幕にゆっくりと入り込んだ。


その時、レイは指先の羽根ペンを筆筒に正確に投げ入れ、背筋を伸ばして散漫な姿を見せ、目を細めて甘い笑顔を浮かべた。


「外に出て気分転換しようよ。」


灼眼城の城門を出ると、レイは霊越的な足取りで、銀白色に染まった炎のような波を立てる虞美人の花海の中で楽しく踊った。


羅紗裙の裾が草地を軽く引きずり、空中に舞い漂う花弁の群れが彼女の動きに従った優雅に旋回した。


この瞬間、時空に塵封じられた扉が開かれたかのように、かつて千古に名を馳せた眷族――項羽と虞姫が、血の幕を引いた戦場の上で、昂勇で夢幻のような儚いっても華麗な蝶の一生を輝かせ、次第に殺戮の鉦鼓に染まる永夜の空に刻み、彼らの壮麗な愛を渇慕する各世代に伝承した。


「甲斐、私は…愛してる。」


花海で演じるこのソロダンスが徐々に終幕に近づくと、レイはまばたきをしながら、自分の優美な舞姿に見入り表情が忽然と固まる甲斐を見つめ、頬に浮かんだ羞恥心を手で覆い隠し、緋桜色い唇を開いて心底に秘めた言葉を告げた。


この柔らかく綿々に続く、残酷な歳月の輪廻を経ても斬り切れない愛の告白が、蕭々で夕暮れたる朔風に乗って甲斐の耳に届くと。彼が胸に抱えた両腕が突然強張らせ、表情を焦燥の色に染めながら、花畑の中に佇む佳人が後ろに腰を折っていくのを凝望し、大声で問い詰めた。


「何を言ってるんだレイ?外の風が強すぎて、後の言葉が聞こえなかった。」


「ヒャヒャヒャ…言ってるのよ、甲斐に『愛-し-て-る』って。」


高く掲げた右足が地面に着く間を追い、レイの両手が指先に纏った微風を引き、二筋の流水が合流するような曼妙な弧を描き、次に色鮮やかな彩蝶が舞うようにゆっくりと胸の前に収め握った。颯爽と身を回して、真実を急き立てる甲斐に向かう。


今度ははっきりと聞こえた甲斐は、もはや天王山に隠れて世俗の煙火を探るような高邁な振るりを装えられなくなった。耳朶の根元が炎のように燃え広がり、耳介全体に及び、輝かしい笑顔を浮かべるレイに背中を向け、灼熱した頬を両手で覆い蹲った。


この一瞬目、場に居合わせた第三者のズノー――この温情で感傷な芝居劇に巻き込まれた無辜な、当今はフランス公国で一地方の兵権を掌握する親王殿下が、既に彼らから粉色の光点に満ちた視界から排除されていた。


その場に呆然と立ち尽くすズノーは、蹲って何かぶつぶつ言う甲斐を苦しげな表情で見つめ、楽しげに歩いてくるレイを一瞥し、突然片手で顔の半分を覆い、恥ずかしそうに腕を抱えて身を回し、内心で呟いた。


「散歩に出るって言ったのに、どうして…自分の気持ちがより抑鬱になり、重く感じられるんだろう?」


アテナ新紀元暦993年12月初冬。


フランス公国最初の辺境に歴史上初めての冬の月が訪れ、これは記念すべき非凡な一日となる運命であった。


遥か遠く見渡せない広大なジャガン平原の果てに、ザイエチェン城の東城門から次々と進出する軍隊があった。


彼らは大地を悲痛に哀吟を上げさせ、顔を覆う邪狼の紋様が描かれた牙の鉄仮面を着け、青い甲冑をまとった精鋭部隊であった。


一万を超える兇悪な面持ちの軍隊の先鋒に、雄々しい逞しい黒毛の駿馬に跨がった一員の威風堂々と覇気に満ちた戦将がいた。


彼の背中に盛り上がった筋肉は焼入れ鉄のように硬く、斧鞘をかぶせた双刃斧二振りは背中の革製の斧璏(ふてい)にしっかり固定されていた。


黒犀の兜を脱ぎ、滾々と湧き上がる戦意に満ちた双眼を露し、右手を高々と前方に掲げ定めると、顔には凶暴な笑みを浮かべた。


ティロス帝国のはためき翻る国旗「伏日螣蛇」のもと、三千を超える重装騎兵が雪原を駆け抜ける壮大な光景は、青光を放つ潮のように横暴に侵食し、眼前の艷冶で壮観な火の海へと迫った。


この地層を静かに突破して芽生えた戦争の種は、目標を真っ直ぐにズノーが鎮守る灼眼城へと向けていた。

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僕は完璧な物語を書きたかったのですが、世の中に「完璧」という言葉があるでしょうか。執筆者がいかに浮藻絢爛の世界を描いても、創造主の神の万分の一にも及びません。それで、ほっとしました。普通に書くこと、理想に合った小説を書くことです。自分が描きたい壮大なシーンを、多くの人の目に映し出すことができるのです。「いやあ、実はけっこういいんですね」と言ってもらいたい。それで満足でした。
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