表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この山河は誰に傾くのだろう~  作者: 上村将幸
冬ノ歌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/36

第三十話 彼方の乱象

アテナ新紀元暦993年11月。


空の果てが夜明け初め、暁の空に幾筋か酔いしめる如き薄紅が混じっていた。九州島の依都港には、「海上の城」と称される戦艦『ヤマト号』が海霧の遮りを突き破り、灯塔の強い光が照らす港にゆっくりと進み入った。


『ヤマト号』帰還の報らせは真っ先に近隣に住む民衆の耳に届き、彼らは依都港の警戒線の外に殺到して集まった。将校軍服を着た若者二人が彼らに向かって熱心に手を振り、舷梯を降りてきたのを気づいた瞬間、歳月に洗われた民衆の頬には興奮して熱い涙が流れ落ちた。


「彼らが帰ってきた!我々日本国の救世主がついに帰ってきたんだ!」


戦無不勝と称される絹の国南海水師を撃破して半月後、関白大臣上村幸哉によって京都で開催された内閣御前会議において、国名を「日ノ本」に変更する初の重大決議が正式に可決された。


それに伴い、秋篠宮優雪が九州島に移り長崎城を双府政策に組み込むとの報せも、当地で疾風の如く広まった。


村上幸と元清川という、日本国の軍事力を率いる大臣二人が祖国に帰って数日後、海の向こう側の絹の国の政治決定の首脳層は忽ち半麻痺状態に陥った。


彼らは、南海水師の無敵神話が打ち破られた今になって、いかなる傲慢な態度を取れるのか、衰えから覚醒した新たな日ノ本をもはや侮れない相手として眺められるのか、想像もできなかった。


そこで、狂乱に陥った絹の国の首都紫禁城が抑鬱の沈思を終えた後、遂に統一された結論に達した。


上はこの国の専制権力を独占する宣統皇帝から、下は朝廷に仕える衣装鮮明な文武百官まで、皆一致して矛盾の源を、敗退した南海水師に従って国内に帰ってきた元日本国長崎藩領将軍、操られていた傀儡安藤俊秀の身に集中させた。


龍椅に安らかに座る宣統皇帝は、細めた目で龍階の下に縛りつけられた安藤俊秀を見下ろし、頬を支える左手を急に握り締めて龍椅の御手すりを叩きつけた。


「お前この罪深い小人が、一時に妖言で朕を惑わせた。我が広大な絹の国を巻き込み、異郷に葬られた数万の将士たちを犠牲にした。」


そう言うと、宣統皇帝は袖を払って自分の顔を覆い、偽りの悲しみを装って嗚咽し泣き始めた。


「全てお前が流布した噂のせいで、本来友好な隣国であった我が国と日本国が日本海で繰り広げられた惨憺たる大海戦を起こし、さらには朕が一方的に和約を破棄した罪を負わせたのだ。」


「しかしお前が朕に対して抱いていた忠誠心を思い返せば、今日は格別に慈悲を施そう。朕と百官一同でこの金鑾殿の中であなたの最期を見送る。」


言葉が終わると、宣統皇帝は傍らに控える宦官が差し出したハンカチを受け取り、乱暴に鼻汁と涙を拭い、続けて上がった口角に暗い笑いが浮かんだ。


「諸君、安藤俊秀愛卿の最期を見送るために、朕と共に参れ。うむ、斬れ。」


「陛下、俺は…」


両膝を地に着けた安藤俊秀は言葉を聞いて慌てて顔を上げ、龍椅に座り顔を覆って泣いている九五の至尊たる男を仰いだ。


口にしようとした「俺はすべて陛下のご命令に従い、反逆の千古の汚名を背負ったのだ」という言葉が、まだ言い出せないうちに、傍らに控える禁軍統領が既に鞘から環首刀を抜き、安藤俊秀の冷や汗をかいた首筋を狙い、力を込めて斬り下げた。


宣統皇帝は哀しげな目で安藤俊秀の倒れた死体を一瞥し、眉をひそめて龍階口に立った。


「礼部侍郎はどこにいる?」


「臣下、ここに。」


すると、赤い錦の官服を着た男が班列から出てき、静かな表情で安藤俊秀の首元に跪き、両手を胸の前に平らに掲げ、話し声に書生らしい儒雅な気品を漂わせた――この礼部侍郎の名前は安鈞宸、元々は地方の無名の県丞に過ぎなかった。今の礼部侍郎という高位に昇れたのも、宣統皇帝の寵渥を受け貴妃に封じられた姉の安婉児がいたからである。


「陛下に何のご命令でしょうか?」


腕を腰に組んで龍階を降りていく宣統皇帝は、片足で濃厚な死気が溢れる屍体の背中を踏みつけた。そして斜に見下ろしながら、身の側に跪き額を赤絨毯に押し付けている安鈞宸を見た。


「お前はこの賊の首級を持って海を渡り日本国に急ぎ、長崎城の御守国門に親しく坐鎮する秋篠宮優雪天皇に、朕が彼女と旧交を修復したいという心願を伝える。」


「聖諭を謹んで承ります。臣は命に代えて陛下のお命じになるこの崇高な使命を完遂いたします。」


宣統皇帝は満足そうに安鈞宸の首筋を叩き、視線を突然左側の文官班列の前列に向けた。そこには四ツ爪の蟒紋を刺繍した紫色の長袍を着て、左手を背に回し目を閉じて瞑想する若い皇太子――李承昭がいた。


「聞くところによると、日本国の女天皇は我が子の承昭と年が近く、まだ婚約の噂も聞こえてこないそうだ。」


言葉が出ると、金鑾殿内の百官は息を呑み、常に行動様式は自らを厳しく律する、天賦の才能と称される李承昭も珍しく憂いの色を浮かべた。宣統皇帝は周囲の動きを一巡りし、しゃがんで指先を安鈞宸の冷や汗を滴らせる顎に当て。


「この旅には昭児も同行せよ。日本国の秋篠宮優雪天皇に、我が絹の国が日本と秦晋の好を結びたい意向を謹んで申し上げ、その証として皇太子を献上し、両国の修好と聯姻の誠意を示せ。」


「厳粛的に警告せよ。彼女が我が家の昭児の皇太子妃となることを承知すれば、以後、我が絹の国は決して日本国に楯突く如く真似はしないと。」


この横暴で野心的な言葉が落ちたところ、澄んだ霊動で陽鋼な声が利剣が空気を切り裂く如く金鑾殿内の静寂を破り、真っ直ぐに宣統皇帝の震える鼓膜を突き刺した。


「父皇、ご存知の通り、この戦争は我が絹の国が引き起こしたものです。それなのに、このごとき侮辱的な要求を相手方に申し出るとは、児臣を死地に送るおつもりですか?」


「そうだ、死なせるのだ。どうだ、命令に逆らうつもりか…」


宣統皇帝は立ち上がり、禁軍統領の環首刀を奪い、畏怖の気配を瞳に宿しながらも、依然として自分を睨みつける李承昭に一歩一歩近づき、脳裏には思わず皇后が亡くなる前に、自分に対して懇々と哀願する可憐な様子が浮かんだ。怒りに任せて刀をその息子の首に突きつけた。


「お前この妖孽、皇后が難産で死んだのは全部お前のせいだ。今や国家の安泰のために身を捧げろと言っているのに、まさか自分のこの卑しい命を惜しむ如くなっかのか?」


「母后の崩御が児臣のせいであると知らされて以来、一日たりとも愧疚の中で生きている日はなかった。もちろん父皇の恩情に報いるため、戦場に赴く準備も常に整えていた。」


天井から注がれる微光を仰ぎ、李承昭は苦渋の笑顔を浮かべ、滲み出す血の中の絞る如き痛みを感じ、振り返って皇家の薄情を象徴するその刀を睨みつけた。


「しかし今日父皇は、児臣に我が絹の国が一方的に起こしたこの戦争のために、平和の夜明けを求めて無謀に死に赴くよう命じ…児臣はただ委屈しいだけです。」


「ふん、委屈しいだなんてよくも言えるな。皇后が臨終の際に、朕に君に怒りを移さないよう懇願し、君を皇太子に冊立するよう望んでくれなければ。お前この妖孽を朝綱を乱した罪で処刑していた。」


刀柄を逆さまに持ち地上に無造作に投げ捨て、宣統皇帝の身から立ち昇る猩紅の狠戾な気は、次第に陰鬱な雰囲気が漂う灰色の虚ろの中で、死の鎌を振るう貪欲な邪神に変わり、傲慢に頭を垂れて地に伏し、一声も発せずにいる文武百官を俯瞰した。


「朕は天下万民の共主として四海八荒を統御し…見渡せば、我が絹の国の兵鋒が指し示す所は、誰一人として土地を割いて和睦を求め、頭を垂れて臣下となる者はいない。」


余韻は悠然と龍柱を三度巡り、最後に金鑾殿の死寂とした冷徹な隅に溶け込んだ。宣統皇帝が身を回した瞬間、羅刹門から出てきた悪鬼の如くなり、李承昭の喉を凶残に締め付けた。


「同じこと、お前もな。」


「陛下、殿下をこのように苦しませるなんて、断じてなりません。」


その時、李承昭の傍に跪いていた丞相が顔を上げ、李承昭の呼吸を絶たれたかのような苦痛の様子を心痛に見つめ、視線を逸らして老眼の涙を流しながら宣統皇帝を見詰める、淒切に言った。


「陛下、彼は陛下の実子です。皇后陛下が生命の危険を冒して、陛下のために皇嗣を産んだのです。」


「フフフ、丞相、あなた老いぼけたのか?」


李承昭を突き飛ばすと、宣統皇帝はゆっくりと環首刀が地面に突き刺さった場所まで歩き、指先で金糸が巻かれた刀柄を滑らせ、素早く抜いて丞相に向かって猛力で投げつけた。額に浮かんだ二本の青筋の下に、鬼の如く不気味な笑いが浮かんだ。


「朕は李承昭だけが息子ではない。」


「あっ」という短い悲鳴と共に、丞相の目の輝きが徐々に消え去り、どさりと冷たい金の煉瓦の床に崩れ落ちた。彼の最期の留恋は――それが、宣統皇帝に妖孽と見做され、まるで生まれつき呪いの刻印を押されたかのように、皇子としての尊厳を何も得られなかった皇太子であった。


それでも孤独の中で強くなることを学び、勤勉に心境を鍛え、様々な新しい知識を学んで空虚な心を埋めた。そうして不屈な精神力をもって、自分独特の努力の形で、百官の臣下たちの中で高い評判を博した殿下・李承昭だった。


だが今、この哀れな皇子は最後の憩いの場すら酷薄な父皇に奪われ、かえって両国の平和の政治的駒として、内乱と謀略から復活したばかりの国へ追放されるのだ。


「皇后陛下よ、もし天にいらっしゃるなら、どうかお子様を守護してください。」


この祈りが九天の外に届き、見守る星となって永恒に燃え続けると、皇太子の安否を案じたこの穏やかな丞相は、天の川に残る一筋の信念の結晶以外、全てを眠りについた時の砂に溶け込んだ。


「丞相殿…」


李承昭は辛うじて地から這い上がり、丞相が自分を見つめた時の口元に残った、遺憾と温かさに満ちた微笑を目に焼き付けた。彼は首を傾げて、自分に向かって歩いてくる父皇を凝視し、目頭から二筋の血の涙が滑り落ちた。


「児臣…分かりました。児臣が絹の国の誠意の象徴として、日本国へ赴きます。」


「これこそ朕の良い息子だ。」


宣統皇帝は腰をかがめて李承昭を引き寄せ、絶望と悲愴が混じった血の涙を愛しげに拭い取った。この瞬間、この性情は淡漠で殺戮を好む皇帝は、まるで別人の如く、親情が込められた深い笑顔を浮かべ、李承昭を強く抱きしめ、慈悲深い口調で優しく言った。


「昭児よ、覚えておけ。日本に着いたら、何が何でもあの小娘の機嫌を取るのだ。これは父皇があなたに下賜した、最も重要で唯一の任務です。君はしっかりやるんだ、絶対に朕を失望させないでくれ。」


「分かりました。父皇。」


彼は必死に冷静を保ち、噛み締めた歯の隙間から暗紅の血が滲んだ。冷たく倒れた丞相の遺体を横目に、李承昭の深奥な瞳の底に、春の水のごとき柔らかな波紋が広がった。


「丞相の後事と家族の遺孀については、父皇に善く扱い処理していただけますよう、お願い申し上げます。」


「安心しろ、昭児。」


二人の体が離れると、宣統皇帝は「ははは」と爽朗に笑い、李承昭の微かに冷えた頬を包んだ。この偽善な男が丞相に向けた目には、悔恨と葛藤が満ちていた。


「丞相は我が絹の国の大業のために死んだ。必ず盛大に国葬の礼で厚く葬り、聖旨を下して天下に詔し、半年間喪に服するよう国民に命じる。」


(今は李承昭と満朝の文武百官の前でこれほど真心を見せかけているが、実はすべては李承昭の心を安定させ、彼が揺らぐ念慮を生じさせるのを避けるためだった。


そしてちょうど、礼部侍郎安鈞宸が率いる使節団と共に船に乗り出航した翌日、宣統皇帝は詔書を起草して、丞相の家族三十九人を誅殺し。この唯一の理由は、単に心の恨みを発散し、日本国に頭を垂れて修好する恥辱を粉飾するためだけである。)


「それでは児臣が丞相一家の代わりに、父皇の仁徳に感謝いたします。」


李承昭は一歩退いて、指先で袍の裾を軽く摘み、膝を曲げ衿を正し、地に跪いて三度澄んだ音を立てて頭を叩きつけました。


この光景を見て、宣統皇帝は心底に湧き上がる苛立ちを必死的に抑え、身を横に向けて依然として安藤俊秀の屍体の傍に跪いている礼部侍郎安鈞宸を見つめ、近づいて気遣いながら彼を引き起こし、笑みを含んで額に纏わりつく汗を拭い取りました。


「礼部侍郎、この旅は重責が伴う遠路だ。必ず己の身を大切にせよ、心得ておけ。」


「臣、陛下のご配慮に感謝いたします。」


「うむ、それでは安愛卿、今日は先に退朝してよい。明日の出航に備えて事前に準備するためでもある。」


言い終えると、宣統皇帝は宦官が差し出した、安藤俊秀の首級を収めた朱漆の雲紋木箱を受け取り、自ら安鈞宸の手に渡し、顔には関懐の愛護に満ちた笑顔を浮かべました。


表情を自然に保ちながら彼の肩を叩き、思わず身体の距離を近づけ、安鈞宸の耳元に寄せて小声で囁いた。


「あと後で宮を出る前に、後宮へ君の姉を見舞いに行くのを忘れないでください。」


「承知いたしました、義兄上。」


安鈞宸は振り返ってちらりと冷遇されて隅に置かれた李承昭を盗み見、直後得意げな忍笑を噙み出す如く浮かべ、木箱を提げて身を回して金鑾殿を出て行った。


その後姿が徐々に消え去るのを見送った後、宣統皇帝の顔に浮かべた炎のような熱意生き生きとした表情が瞬時に凝滞し、まるで氷層が砕けるかの如く、真実の醜悪な本性を際立たせる。


身を回して地面から立ち上がった李承昭を斜に見下ろした刹那、鉄石の如き辛辣で冷たい態度に戻った。声の調子は平凡で彼をじっと見据めながら言った。


「昭児、早く勅命を受けて退きなさい。後で父皇はしょだいじんと相談することになっている。」


「児臣…承知いたします。」


彼は身を低くして父皇に一礼し、返ってきたのは宣統皇帝の嫌悪の眼差しだけでした。


名残を惜しんで振り返り、誰も口出しできない丞相の遺体を一目見て、李承昭は袖で顔を覆い、こっそりと溢れ出す涙を拭い取りました。


彼がゆっくりと殿門から退くと、それはもう皇族の深淵から脱することを意味しました。


絹の国の美しい山河であれ、金鑾殿の龍階に象徴される九五の至尊の権力宝座であれ、もはや李承昭がこの残酷な天地に抱いていた未練を呼び戻すことはできませんでした。


「母后、皇児の罪を許してください。もう二度と陵の前で経文を誦むことができません…」


最後の別れの言葉を残し、李承昭は重い足取りで母后の陵がある方角に向かった。


握り締めた手の爪は皮膚に深く食い込んでいたが、少しの痛みも感じなかった。


滲み出た血が指の隙間から滴り落ち、雪の如く白い宮道に、闇の中で抗い、絶望を秘めた愴悢で淒美の花が咲き広がりました。


不純な血脈の枷から逃れたこの男は、終には海の向こう岸で、自分と固く結びつく絆を見つけ、誠に互いに信頼し依存し合い、漂う人生に温かな色彩を添える親友や家族を得るでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は完璧な物語を書きたかったのですが、世の中に「完璧」という言葉があるでしょうか。執筆者がいかに浮藻絢爛の世界を描いても、創造主の神の万分の一にも及びません。それで、ほっとしました。普通に書くこと、理想に合った小説を書くことです。自分が描きたい壮大なシーンを、多くの人の目に映し出すことができるのです。「いやあ、実はけっこういいんですね」と言ってもらいたい。それで満足でした。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ