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この山河は誰に傾くのだろう~  作者: 上村将幸
冬ノ歌

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第二十七話 彼らが帰還した

翌日、夜明けが訪れ、サファイアのように澄み切った空に薄灰色の霧が描かれ、朝日は怠惰な姿で綿雲に潜み眠っていた。暖かい黄色の光の欠片が次々と森の濃霧を払い、微風が吹き抜けると、翠緑の軽やかな影が枝葉を掠めた。すると空には突然晴れ間が現れ、続いて雲の隙間から精霊が漏れ出るように、軽やかな舞踏を繰り広げながら北国の銀白色に覆われた大地に降り立った。


臨月が近づく皇嫂と別れを告げ、ズノーと甲斐は未練が残るレイを引き連れ、剣盾の紋章が嵌め込まれた黒鉄の門から聖パトリック大広間を出た。彼らは少数の精鋭黒鎧騎兵を率い、見送りに来たエドワードたちと共に、ライオンハート城の柔らかな初雪が舞う城門で別れ、灼眼城の引き渡しに関わる事項について出発し、人生初の外交の旅路を正式に歩み始めた。


此の単独行動は、この少年が将来「グレートブリテン諸島」を統一し、「イングランド親王」の名声を築くための確かな基盤となるだろう。


一方、遥か東の国、日出する国では、九州島奪還からしばらくの時が流れた。先代藩領将軍・安藤俊秀が長崎を治めていた時期に、生じた社会経済の疲弊や衰退した生態も、徐々に回復への道を歩み始めていた。


内閣が長崎の新たな藩領将軍の人選について現在も厳格な協議段階にあるため、現在の民心の混乱を安定させるため、日出する国の天皇・秋篠宮優雪は数日前に開かれた御前会議で、九州島に天皇直属の管轄区域を設置する決議を行なった。


自ら内閣の新進気鋭の大臣二人――文部相木村洋介と外務相林文、そして彼らの妻で御所で女官を務めるエミリーとソフィを率い、さらに半年前に外交貿易船団を率いて遠洋に乗り出した元清川と村上幸の妻――李敏と月宮愛も加わり、七人は九州島の民衆の熱狂的な歓声を受け、長崎城に正式に入城した。


この後、日出する国独特の双府連合統治政策が正式に始まった。


京都本府では、德と威望を兼ね備えた関白大臣・上村幸哉が自ら坐鎮し、天皇が九州島に遠く離れた隙に、外国勢力と結託して内乱を再び引き起こそうとする反皇派の旧勲者を牽制した。


一方、秋篠宮優雪は天皇として、戦火の中で次第に鎮静しつつある九州島に自ら移り御座した。一つには民心を安定させる効果があり、もう一つには行動で外国勢力に警告を示すためであった――天皇自らが国門を守る今、日出する国の一寸たりとも桜が舞う聖なる土地は、他国の覬覦や略奪を許さないのだ。


長崎に来て半月が過ぎたが、若き女天皇は決して忘れることができなかった。九州島で叛乱が勃発した際、一介の民として勇敢に戦場で活躍し、自分を助けて反乱軍の首領・安藤俊秀を打ち破り、国境領海を侵犯した絹の国南海水師を命懸けで撃退してくれた人々のことを。


地元の民が払った甚大な犠牲があったからこそ、九州島は反乱で陥落することなく、絹の国が日出する国を分裂させようとする野望は成し遂げられなかったのだ。今日も同様、秋篠宮優雪は側近の親友数人に付き添われ、重い心情を胸に出島の土地を踏みしめた。


衛国戦争において、血肉で金城湯池を築き、貪欲な外敵に直面し無畏果敢な精神を胸に抱いて前線へ赴いた人々を悼み、国家主権を守護するために戦死した国民と兵士たちを記念する。


この血色の残陽に染め上げられた土地を凝視みながら、彼女は胸に押し当てた右手を握り締め、濃密で暗いまつ毛がそれに伴い軽く震えた。瞳を微かに閉じる間、懸かっていた透き通る珠涙が草の葉に落ち、濃い緑の跡を広げた。足を上げて一歩一歩前に進み、視界に広がる景色をはっきりと見ようとした時、ふと目の前が霞んで見えた。


「陛下!」


秋篠宮優雪の華奢な身体が蕭瑟とした海風を伴い地面に倒れそうになっか時、背後から慌てた澄んだ声が聞こえた。優雪が振り返ると、月宮愛が傍に来ていることに気づき、彼女の指が優しく自分の冷たい背中を撫でていた。


「愛ちゃん、ありがとう。」


月宮愛の目に広がる心配を感謝の眼差しで見つめ、優雪はか弱い体を懸命に支え、顔を横に向けて集まってきた数人を見た。


「敏ちゃん、ソフィちゃん、エミリーちゃん…」


「いつも私の傍に温かく寄り添い、暖かさと励ましを与えてくれてありがとう。」


そう言うと、秋篠宮優雪は雪の如き輝きを放つ美眸を瞬きをした、まつ毛に宿る微かな温もりが跳ねる間、夜の闇で舞う二匹の黒蝶のようで、清甜な笑顔を浮かべ、傍にいる二人の若い男子を見つめた。


「木村くん、林くん、同じく本当にありがとう。もしあなたたちがいなければ…」


「そして日出する国の崩壊した外交を再建するため、今も遠洋の彼方で艱難辛苦を耐え忍んでいる海軍相元清川と陸軍相村上幸も。」


李敏と月宮愛の支えを受け、優雪は毅然とした眼差しで広場の中心に聳え立ち金色の光を放つ英霊碑を見つめた。


「もしあなたたちが私の傍に来てくれなければ、失脚した皇族の姫である私が…朝政を取り戻すのを助けてくれなければ、我が日出する国は…」


「奸臣の謀略と敵国の計算により、既に果てしない暗夜に沈んでいたことでしょう。」


英霊碑の前に来ると、優雪は震える指で刻まれた文字を撫で、二筋の涙が悲しみに濡れた頬を伝った。一筋の塩辛が混じった夕風が、忽ち前髪を撫でて過ぎた、涙は糸が切れた真珠の如く鮮やかに、滴り落ち。苔むした石畳に苦渋な暗い痕を広げた。


「もしあなたたち四人が力を合わせて助けてくれなければ、我が大和民族の億万の民、そしてこの金色の波しぶきを散らす美しい海岸線は、他国に奪われ分割される戦利品となっていたでしょう…」


「どうして今日というこの瞬間が存在するというものがあろうか――復興の栄光を再生に咲かせ、民族の尊厳を顕彰に示し、海外の諸国に我が国の台頭の道を正視させるまでになったのだ。」


今日の秋篠宮優雪は、白無地で模様のない狩衣を身にまといいた。その高晴で質素優雅な凛世な姿は、飄雪の山頂に咲く一株の青蓮のようで、内から外まで天皇の独立霽月した気質を誇る漂わせていた。


言い終えると、彼女は指先でまぶたに染まった赤みを優しく撫で、体を悠然と傾け、階段下に静かに佇む数人を見つめた。両手を袖に包み空を掻き分けるように、十指を胸の前で揃え、腰をかがめて挨拶した。


「謹んで日出する国歴代天皇並びに九州島奪還戦で壮烈に犠牲となった全ての軍民を代表し、日出する国のために捧げてくれたすべてに感謝申し上げます。」


「陛下、これらは臣下としての我々の当然の職務にございます。陛下の感謝を求めるなど畏れ多いことにございます。」


木村洋介は一歩退き、両膝を折り地面に跪いた。額を垂れるや、仄暗い光を背負った涙が塵の中に落ちた。彼の言葉が終わると、林文も続いて傍に来て跪き、池の如き澄んだ瞳の底に波紋が広がった。


「陛下、臣下一同は忠誠を尽くして補佐し、強盛な日出する国を築き上げます。我が大和民族の剛毅賢貞の魂を、京都に咲く雪桜の如く、世界中から愛され敬われる如き。」


「文部卿殿、外務卿殿、早くお立ちください。」


秋篠宮優雪の静鈴に声は、まだ出島の晩空で交差する酔いしめる薫風の中を舞い踊っている。彼女はすでに焦りながら階段を降り、玉のような白く滑らかな指で二人の腕を撫でた。


魅力的な夕焼けが冷え切った空に徐々に編み上げられていく。三五羽のカモメが群れをなして海面を掠めると、清越な鳴き声が突然と荒れ狂う浪濤を切り裂いた。


その時、落日が薄雲の引き留めを断わって、馴良な残照の一筋を降り注ぎ、ふと水平線に延びる海岸線に映し出して見せたのは、漂うようで掴めない澄んだ金色だった。夕暮れもこの刹那に誰かの心に隠れた。


数人が順番に英霊碑の前に花輪を捧げた後、李敏は周囲に次第に迫る暗さを振り返り、愛憐な顔に憂慮の色が広がった。


「陛下、もう日が暮れかかっております。出島の波風もますます荒くなっております。早く船に乗り御所に戻られるのがよろしく、陛下のご体にお風邪を召しませんよう。」


「李敏の言う通りでございます。晩陽がまだ完全に海岸に沈まないうちに、早く長崎城に戻りましょう。」


「うん、承知しました。」


秋篠宮優雪は林文と李敏に頷き、指先でまつ毛に掛かった涙を優しく拭った。微笑みが愛らしい顔に浮かぶと、頬に二筋の幸福の緋紅が広がった。


御所の門前で別れた後、エミリーとソフィは急いで洛雨殿内の燭火を灯し、周囲の寂戚な雰囲気に幾筋かの人間の幽香を添えた。


すべてを終えた後、秋篠宮優雪に仕え、青羽竹蓮の紋様を刺繍した十二単御衣に着替えさせ、提灯を持って台所へ駆け寄る。朱梅の花紋を描いた雲盤に丹精を込めて炊いた夕食を盛り、夜色が静けさに徹底的に浸かりきった時、二人は火の光に照らされた殿内へ歩み入った。


机に伏して真剣に政務を批閲する天皇陛下を眺めながら、愛らしい顔に綺麗な笑顔が現れた刹那、燭火の中で揺らめく一筋の青い光が、凡塵に降り立った暁星の如く、ソフィの澄み切った瞳に映し込まれた。


「陛下、まず夕食を召し上がってください。」


ソフィは足取り軽やかに階段を上がり、しゃがんでエミリーが運んできた座卓に食事を並べた。その後、二人は退いて控えめに立った。


奏疏を置いた後、秋篠宮優雪は頬を軽く叩いて、いたずらっぽく歩み寄り、ソフィとエミリーの手を親しみを込めて握った。


「そんなに固くならなくていい、早く座りなさい。この御所で君たち二人がいなければ、本当に一人で広々とした場所に向き合わされ、きっと気が狂って仕舞うわ。」


「陛下、からかっておられるのです。」


引かれて座卓の傍に跪坐したエミリーは袖で頬を隠し、甘い笑みを浮かべて言った。


「陛下の傍で女官を務められるなんて、我々が三生かけても巡り会えない幸運ですよ。」


「ひひ、じゃあ君たちを帰らせないわ。この御所に引っ越してきて、昼夜を問わず側にいて、私の退屈を慰めてくれな。」


秋篠宮優雪は細い指で薄桃色の頬を支え、連理枝のように座卓の縁にもたれ、笑みを湛えた目で両脇に座るソフィとエミリーを見つめた。


笑いが盛り上がる時、三日月の如く曲がった黛眉が燭火に照らされた暖かい光に浮かぶと、突然「あ~」と声を上げ、御所の外に人のいない中庭が夜の闇に包まれているのを、驚きながら呆然と見つめた。


「でも本当にそうしたら、林文や木村洋介が私に嫉妬しないかしら?結局天皇の身分を頼りに、彼らの身から温良賢淑な妻を奪ったのだから。」


「ケラケラ、陛下がご命令あれば、我が家の林文がどうして逆らえましょう。」


木製のスプーンを取り、木皿から魚団子を一つ掬い、肘を卓の端に乗せ、小さな口を尖らせて天井の光を仰ぐ秋篠宮優雪を甘やかな眼差しで見つめ、ソフィはゆっくりと魚団子を彼女の口元に運んだ。


「さー、陛下、食べさせますよ。」


「やっぱりソフィが一番いい!」


口を開けてスプーンの上の魚団子を一気に食べ込み、舌先を出して唇の端に残った汁を舐め取ると、秋篠宮優雪は笑みを含んだ目を細めて言った。


「この魚団子、本当に美味しいわ。ソフィ、エミリー、あなたたちも一緒に食べなさい。」


「それでは臣下一同、陛下の聖諭に従います!」


ソフィとエミリーは顔を見合わせ、手を合わせて「天照大神に感謝します」と静かに祈りを唱え、旋ち箸置から箸を取り直した秋篠宮優雪を振り返り、優しい笑顔を浮かべた。


「陛下、それでは一緒にいただきましょう!」


濃厚な温かさが御所内に潜む陰寒を追い払った時、依都港から五十海里離れた潮霧の中に、移動する明るい灯が次第に点されていった。距離が近づくと、朦朧の視界の中に、朝日が昇る如く真っ赤な「日の丸」が見えてきた。


彼らが帰還した!日出する国の軍武の象徴たる元清川と村上幸が帰還した。


彼らが帰還した!国家の絶対領海主権を守護する魂の戦艦『ヤマト号』が帰還した。

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僕は完璧な物語を書きたかったのですが、世の中に「完璧」という言葉があるでしょうか。執筆者がいかに浮藻絢爛の世界を描いても、創造主の神の万分の一にも及びません。それで、ほっとしました。普通に書くこと、理想に合った小説を書くことです。自分が描きたい壮大なシーンを、多くの人の目に映し出すことができるのです。「いやあ、実はけっこういいんですね」と言ってもらいたい。それで満足でした。
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