第二十五話 誓約と震動
新生ティロス帝国・帝都――クロオスク。帝国の皇権の命脈を象徴する宮城は、太陽が降り注ぐ金色の光の下で、傲然な巨人の如く市街地の中央に聳立していた。
街路を行き交う行人は、顔色は落ち着き、身近な友人と逸話や珍談を談笑していた。この安寧と閑暇に浴びた都城では、甘い雰囲気に囲まれ穏やかな笑顔を浮かべる人々の顔から、何ものもその笑顔を消し去ることはできないかのようだった。
ティロスが国家政体を変え、大粛清の軍事運動を発動し、国内の領主の手に握られた権力を強硬に回収して、最終的な集権専制という目的を達成するための策。
あるいは北国に駐屯するエドワード大皇子が、ライオンハート城を率いてティロスの支配から離脱し、「フランス公国」を独立して建国することを宣言したこと。
これら凶報の如き状況も、長年泰平を享受してきた国民には、少しも心動する様子を見せなかった。ただ一箇所の場所を除き――そこで起きた激怒は、この帝都の静謐な仮象をほとんど覆い隠してしまうほどだった。
宮城の御書房内。
ロルスは剣を手に眼前の書斎机を叩き割り、飛び散る紙片が鵞鳥の羽のように赤絨毯が敷かれた床に舞い落ちた。
入口からお茶を運んで来た宮女は、目の前で揺れる剣の光に驚かされ、急いで手に持っていた茶托を置き、両膝が崩れて地面に跪いた。冷たい額を毛織の絨毯に密着させ、汗の染みが表面に滴り落ち、一つまた一つと暗い跡を広げた。
彼女は声を出すこともできず、大声で息をすることさえ恐れ、孤独に息苦しい感覚に満ちた環境に沈み込んでいるしかなく。少しでも油断すると目の前の男の怒りが自分に及ぶのではないかと恐れていた。
「くそっ、どうして朕がこんな不孝な息子が二人も生まれたんだ。」
書斎机を叩き割り疲れたロルスは、荒い息を吐きながら、手に持っていた冷たい光を放つ剣を投げ捨て、仰向けにフオネカペ宝座に身を横たえた。重い頭を揺らしながら、目が霞んで跪いているざまずいている宮女を眺め、手を振って言った。
「退がれ。」
「はい。」
この宮女は許可を得て茶托を拾い上げ、慌てて入口まで退がった。顔を上げようとした時、目の前に立っているサーシェル宰相と目が合った。
まるで恐怖の余韻が残る小さな白狐がジャッカルに睨まれたかのように、身体の中を巡っていた力が足下の暖玉の床に吸い込まれるように潜み込み。澄んだ美しい瞳がゆっくりと閉じられ、深い失神状態に陥った。
「フン!」
それを見て、サーシェルは冷たく鼻を鳴らし、足を上げて宮女の憐れな体を跨いだ。足取りがしっかりと玄関に立ち止まり、袖を振り、胸の前で腕を組むと、狂妄な傲気が腰を折る瞬間に萎えた。顔に浮かべていた汚い嘲笑を収め、謙虚恭順な様子に変わった。
「我が神聖光武のティロス皇帝陛下、陛下の最も親密な臣下にして最も頼もしい右腕、臣サーシェル参上致しました。」
一方、高天原地区の聖ゼアン帝国帝都――イェチン・チャールズにある皇后の寝殿。
ガリレオは一枚の手紙を握り、嬉しそうに四歳の息子キュウビタンを膝の上に抱き上げていた。雪貂の毛皮の寝椅子に座り不機嫌な顔をした皇妹マリアーナを振り返って見つめ、口元に甘い笑みを浮かべた。
「皇妹、君のこの継子は本当に大胆なことをするな。ライオンハート城で独立建国を宣言するだけでなく、ズノーを引き連れてロルスという男から賜った姓まで廃した。」
言い終えると、指先でこめかみを軽く突き、むくれた様子で自分に向かって歩いてくる皇后を眺めながら、温かく微笑んだ。
「この果断的な行動スタイル、本当に気に入ったぞ。」
「事態がこの非常に危機的な時期になっても、笑えるなんて。」
エリザベスは惚れ顔で白目を剥き、腰をかがめて息子を抱き上げ、マリアーナの傍に来て座った。彼女の物憂げな愁いの表情をじっと見つめ、銀の椅子にもたれかかって手紙の内容を読み、腹を抱えて大笑いするエドワードを振り返って見た。
指先でキュウビタンの額の前に金と銀の混じった薄い髪を梳き、左手を静かにマリアーナの背中に当て、優しい口調で慰め言った。
「妹、悲しむことはない。よく考えてみれば、今形成されている局面こそ、最善の結果かもしれないのよ。」
「考えみて。君の継子エドワードが建国を宣言し、ティロスの支配から離脱したからこそ、ズノーもロルスの束縛から逃れることになったでしょう?」
「でも姉さん、国を治めることは砂盤で軍勢を演習するようにはいかないわ。彼ら二人の子供に…簡単にできることじゃないのよ。」
マリアーナは手を伸ばしてキュウビタンの柔らかい頬を揉み、悲しげな表情で寂しげに立ち上がった皇兄を見回した。まつ毛が震え、白い指先で付着した氷晶を拭い取り、涙の光に映し出された目の前の甥の無邪気な笑顔を見つめ、淒戚に囁き語り始めた。
「それに今一番大事な問題は、エドワードがライオンハート城に建国した後、完全にロルスと対立することになった。この孤立無援な状況下、あの男がこれを水に流すとは思えないわ。必ず軍隊を派遣してライオンハート城を攻撃するでしょう。」
「それなら尚さら心配することはないわ。」
マリアーナの悲しみに染まった玉手を握り、歩調を緩めて歩いて来たガリレオを横目で見ながら、エリザベスの目には頑丈な鋭さが宿っていた。彼女は断固として言った。
「忘れてはいけないわ。彼らが独立建国しても孤立無援ではないの。なぜなら…彼らの背後には、我々この強大な聖ゼアン帝国がいるのよ。」
そう言って、エリザベスはガリレオの顔に浮かべた皮肉な笑みをじっと見つめると、まるで停滞した時空の中にいるかのように、顔の筋肉が硬直してきた。自分の旦那のその奇妙な様子を見て、彼女は口元にこぼれそうな笑みを必死に堪えようとしたが、朗らかに喜んで言った。
「陛下、すぐに南部戦区を統括するカイザー叔父さまに手紙を書いてください。陛下の名のもとにフランス公国と外交関係を樹立するよう伝えるのです。」
「そして、ロルスが軍隊を派遣してライオンハート城に迫った日には、兵を分けて援助する意志を示してください。」
「おお、皇后の言うことを理解したぞ。」
エリザベスの訴えを聞き終えると、ガリレオは指先を翡翠の玉卓の縁に当て、メロディアスなリズムを奏でた。腰をかがめてルビーの果物皿から一粒のサクランボを摘み、息子の口に入れた。続いて上半身を後ろに傾け、両手を頭の後ろに組み、寝椅子に寄りかかりながら笑い言った。
「すまないな皇后、あなたの言うことはできない。だから別の方法にしよう。」
「父上。」
ガリレオが傍に座ると、キュウビタンは嬉しそうに両手を伸ばし、抱擁されたがっていた。しかしガリレオが差し出した指先が息子の小手に触れようとした時、エリザベスは膝の上に座ったキュウビタンを抱え、意地悪く座り直し、しなやかな背中を盾の壁のように立ててガリレオを遮った。
「君が私の要求を承諾しないのなら…」
「甥の身の安全を顧みず、皇児を連れてバダナ城に戻り、父上に朝廷に復帰するよう説得し、自ら兵を率いてズノーとエドワードを救援する。」
むくれたように振り返ると、エリザベスの清らかな顔にいくらかの紅潮が浮かんでいた。
「いけません、姉さん。伯父上はもう高齢です。どうしてまた刀兵の事を行えましょう。」
キュウビタンを抱きかかえると、マリアーナは薄青色のアイシャドウを淡く引き、まるで湖面に浮かび上がったばかりの二つの朧月のように、碧詠とした幽かな影を放っていた。皇后姉さんの顔にあった怒りの色がほとんど消えたのを見て、エドワードは立ち上がりマリアーナの前に回り、腰をかがめて息子を自分の抱擁に戻した。
「直接に兵を出して彼らを助けることはできない。何しろ我々の南部戦線では、ティロスの重兵が駐屯するザイエチェン城とミネ城を常に警戒しなければならないからだ。」
ガリレオは俯いて息子の頬にキスをしたと、厳粛に振り返り。浮かび凝結した愁いの雲の下で、眼底に哀切と惘然がちらつき絡み合い、寝椅子に身を寄せ合って並んで座っている妻と妹を見つめた。
「もし今ここで兵力を分けると、ロルスに好機を捉えられれば、我が南部戦区は必然的に全線崩壊してしまうだろう。」
「どうすればいいのでしょうか、兄上。」
同じ疑念を抱いているエリザベスを振り返り、指先が無意識に胸元に垂れ下がった髪を摘むと、マリアーナは急き込んで皇兄を見た。
彼の幽邃な眸の奥底に、アクアマリンのように澄み切った瞳孔から、粘り気と狡猾さを帯びた真紅が滲み出ていた。彼はキュウビタンを抱えて優越的に身を回し、ゆっくりと入口へ歩いて行く。宮檐から注ぎ落ちる純粋な光の照らす中で、邪魅な笑顔が浮かんでいた。
「安心しろ皇妹。すぐに南部戦区に坐鎮するカイザー郡王に命じ、ライオンハート城に書簡を送らせ、灼眼城の国事引継ぎについてエドワードと協議させる。」
「皇兄、灼眼城をエドワードに返還するつもりですか?」
言葉を聞いた後、マリアーナはガリレオに純真な眼差しを投げかけた。すると、傍らにいたエリザベスはすぐに悟り、話の中からほのかな朧な輪郭を推測し、甘い微笑みを浮かべた。
「良案だ。そうすれば、ロルスがライオンハート城を攻め取ろうと妄想するなら、灼眼城側の牽制力を慎重に考慮せねばならなくなる。」
「同時に形なくロルスに忠告を与えた。それは、聖ゼアンがすでにフランスと同じ陣営に立っているということだった。」
マリアーナとエリザベスの視線が空中で交錯し、共に入口に佇むガリレオに向けた。すらりとしながらもどこか距離を置いた後姿は、俗世の喧騒を遮り、時の流れさえも隔てていた。
仄かな哀愁に染まっていた二人の顔は、その瞬間春雨に撫でられる花芽のように、静かに温もりのある笑顔を咲かせた。
「僕の皇后は氷雪の如し才知に富で、一目で僕の密謀を見抜いた。」
ガリレオは振り返ってこっそりと釈然とした二人の女子を覗き見ながら、ゆっくりと一息を吐き、爽やかに言った。
しかし二人ともガリレオの戦略的な布陣の意図を読み解くことはできなかった。灼眼城をエドワードに返還したら、ティロス北部駐屯軍が聖ゼアン帝国南部辺境を侵略しようと試見れば、ガリレオの恩恵を受けたフランス公国・灼眼城駐屯軍の背後から御狙撃を受けることになる。
そうなれば、フランス公国はロルスの北進を阻害し、自らの覇権の影響圏を拡大する真の脅威となる。それに対し、帝国南部方面軍の圧力は大半が軽減され、より多くの兵力を帝国の他の防区に派遣し駐屯させ、周辺諸国への抑止力を強化するのに十分である。
秋風が北国の銀樹の枝に懸垂する霜白を払い落とし、まるで空が自身の汚れを洗い澄ましているかのように、甘雨を降らせ、ツンデレな土壌を突き破った若芽を浴びせている。
ライオンハート城の腹地にあった原総督府は、ウルフトの指揮のもと改築され、東西両世界の名工の技を融合させた大公府が、雄々しく旧跡に屹立していた。
この大公府は既存の基礎構造を活かし、七階塔室の上に「空中楼閣」と称される瞭望台を、極めて東国風の天守閣に改築した。
天守閣の円卓の傍では、今やフランス公国の赫々たる権力を代表する数名の重臣が囲んで座っていた。
主位にある鉄の玉座は千万の戦剣を鋳造して作られたもので、端座する男子は頭上に「十字緑鷹王冠」を戴き、全身から傲然たる英気を放っていた――現今フランス公国エドワード大公一世。
彼は順に左側に座る数人の凛麗で粛正な容貌を見渡し。首席と次席に座っているズノーと甲斐は、二人の身には蓬勃な精神力が発散している。無声と王冠に嵌め込まれたエメラルドが流れ出る膨大な治癒性は、深い共鳴を生じる。
次いで数日前に領地から駆け付けた元ティロス帝国二皇子グロスターと三皇子ホーエンスが沈着な顔をして座っていた。
二人の封土が元々接しているため、密かに兄から送られた書簡で、彼がライオンハート城で挙兵建国する事実を知った。
ある日、当地の公爵が催した舞踏会で、二人は密かに出発の日取りを約束した。その後も表面上は依然として治下の政務を勤勉に処理し、ロルスが身近に配置したスパイを油断させつつ、実は既に影武者を立てて身代わりとしていた。
星明かりもなく昏い深夜、ホーエンスはこっそり官邸を抜け出し、既に港に到着していた兄上グロスターと合流。涼冷たる夜風を利用して速船に乗り、二日間の航程を経てついに北部の町に到着した。途中で遭遇した風雨は彼らを身形痩せ細らせたが、鍛え上げられた強大な意志は金石を開くに足る。まるで金糸の鳥籠に飼育されたカナリアが、足に繋がれた鎖を振り払う瞬間にのみ、温室で育てられた色を褪せ去り、真に天を舞う蒼鷹へと変貌するが如し。
ティロス全土に二人の逮捕を命じる布告が貼り巡らされた時、彼らは既に幼少期に母妃から教わった知恵を運用し、星の夜に疾走る追手の早馬に先行していた。終にライオンハート城で、長年離別していた長兄エドワード、幼少の頃から彼らに好まれず、それでも決して負けず嫌いで後ろから付き従っていた弟ズノーと共に、四人が城門で心から涙を流しながら熱心に抱擁し合った。
左側の末席に座っているのはシュウラン王国の使節で、彼はオルソン国王とエドワードの長姉イザベラ王妃を代表し。当今勢いは雷火の如しと言われるティロス帝国と決裂するリスクを冒して、若きエドワード大公に真心からの深い情愛を込めた祝福をもたらした。そして正式にフランス公国と国書において盟約を締結した。
右側の席にはフランス公国の軍事力を代表する数名の将軍が座っていた。彼らは「銀鳳隊」副統領のライン万騎長、そしてザントとローウェンという二人の新進万騎長である。数日前中央広場でエドワードに正式に忠誠を誓ったローランは、白薔薇の甲冑を見に纏い剣を背負い、凛としてエドワードの傍らに控えていた。
今や新生のフランス公国は、総兵力という点では、ティロス帝国が天道を逆転した血に飢えた軍団に遠く及ばない。しかし、北国に根を下ろしたこの新生の力こそ、迷いの霧の中で彷徨う人々が生命の意味を探究する希望の星塔となった。
流麗に翻る『鳳凰三色旗』の庇護の下、かつて神の加護を得られなかった争乱の地と呼ばれたこの辺境は、エドワードが振り撒いた熱血によって鉛華を洗い流されて、今や「自由、平等、博愛」という高潔な品格を放っている。
鋭い眼光が突然収束し、エドワードは両手を組み肘を卓に載せ、左側に座る四人の弟を見つめながら、口元に柔らかな笑みを浮かべた。姿勢を正すと、窓格子の外で翻る三色旗――旗の中央にある赤い羽の鳳凰の紋様が、今まさに生き生きと天を舞うかのように、エドワードの金色に輝く瞳に映し出された。
「まず、我らがフランス建国を祝し、俺たち兄弟の再会を祝って。」
言葉が終わると、彼は鉄の玉座から立ち上がり、三本の指で卓の上の水晶杯の脚を挟み、優雅に空中に掲げた。揺れる赤ワインの液体が杯の壁に触れ、中で魅惑的な妖精が踊るかのように芳醇な色香を放った。
「同時に、我らがより遠い未来を祝し、共に乾杯しよう。」
「エドワード大公に敬意を表し、乾杯…」
エドワードの言葉の余韻が漂う酒の香りの中で、天守閣の円卓に座る者たちは一斉に杯を取り立ち上がり、彼らの顔に浮かぶ喜びは、杯の縁が触れ合うさやかな響きと共に、窓格子の外で軽やかに舞う「鳳凰三色旗」の真紅を引き立て、より妖艶で酔わせるような姿を描き出した。
「ようこそ帰ってきた、我が愛する弟たち。」




