王子の息子
前回までの王子?
王国の暦が新たな頁をめくる頃、城に歓喜の鐘が鳴り響いた。
王子――かつて数々の戦乱を乗り越え、女神の呪いを打ち破った奇跡の存在が、今や父となったのだ。王妃が産んだその赤子は、夜明け前の澄んだ空気のように透き通った産声をあげ、宮廷の誰もが涙をこぼしながらその誕生を祝った。
民衆はこの子を「未来の灯火」と呼んだ。
それは戦乱と荒廃を知る人々にとって、新たな秩序と安寧の象徴であったからだ。
彼らは願った。
どうかこの子が剣ではなく、言葉で人を導く王となりますように。
どうかこの子が血の上にではなく、豊穣の地に立つ王となりますように――。
王子自身もまた、深く誓っていた。
「我が息子よ。おまえは過去の呪縛に囚われることなく、真に自由な道を歩むのだ。父はそのために、この身を惜しまず捧げよう」
しかし、運命は祝福と共に影を落とす。
女神――かつて王子に敗れ、その存在を否定されたはずの者。
彼女はなお、この世界の奥底に潜み続けていた。
王子の息子の誕生は、女神にとって最も受け入れがたい現実であった。
「本来、この世に生まれてはならぬ子……。
この存在こそが、私の敗北を証明する。ならば、この子の運命を奪い取ってこそ、私の復讐は果たされる」
女神は爪を噛み、影に囁いた。
「契約はまだ果てていない。力を戻した私が次に奪うべきは、この幼子の未来……」
それでも、王国の城に流れる空気は希望に満ちていた。
王子は息子を抱き上げ、城壁の上から見下ろす民衆にその姿を示した。
「この子が、未来を継ぐ者だ」
大地を揺らすほどの歓声が応え、幾百もの旗が風に舞った。
その幼子はまだ言葉を知らぬ。だが、幼い瞳は確かに父と同じ光を宿していた。
柔らかい黒髪の下で揺れるその瞳には、無垢さと同時に奇妙な強さが潜んでいる。抱く者は皆、言葉を失い、やがて囁くのだった。
「この子は、きっと……大いなる器となる」
やがて年月は流れ、王子の息子の成長と共に新たな物語が始まる。
まだ幼少でありながら、彼の周囲には早くも様々な因縁と策謀が渦巻き始めていた。
父が戦い抜いた大地を継ぎ、母が命をかけて産んだ彼の存在は、平和を願う者にとっては希望であり、復讐を誓う女神にとっては憎悪の標的となる。
こうして「父から子へ」という物語の継承は始まった。
だがそれは単なる血の系譜ではなく、戦いと祈り、復讐と希望の相克が織り込まれた新たな章の幕開けであった。
― 母となるリィアナ
静かな夜だった。王都の再建はようやく形を取り戻し、人々の顔にわずかながらも笑顔が宿り始めていた。だが、王城の一室では、ひとりの女性が新たな運命と向き合っていた。
リィアナ――王子ただ一人の妻にして、エルフ族最後の希望。彼女は小さな揺りかごを覗き込んでいた。そこにはまだ幼い赤子が眠っている。王子の息子。彼女が産み、彼女が育てるべき存在。だがその小さな命は、女神の呪いのような因縁に絡め取られていることを、リィアナ自身がよく理解していた。
「……この子を守り抜く。それが、私に課せられた使命」
そう呟いたリィアナの眼差しは、母としての柔らかさと、戦士としての強さを併せ持っていた。
彼女は知っていた。女神がこの子の誕生を忌み嫌い、爪を噛みながら呪詛を吐いていたことを。だからこそ、女神の残滓や異世界の影は必ずこの子を狙うだろう。
――母として、妻として、彼女は心を決めていた。
王子が入ってきた。彼はかつての少年らしさを失い、数々の戦場を経て王の器を身に纏っている。それでも揺りかごを覗き込む眼差しは、父親そのものだった。
「リィアナ……すまないな。お前にばかり重荷を背負わせて」
「いいえ。あなたと出会ってから、私はずっと誇りを持って生きているの。……この子が生まれたことは、その証。神ですら否定する未来なら、私たちが証明してみせる」
リィアナは夫の手を握りしめ、そして眠る子の小さな指にそっと触れた。柔らかい温もりが彼女の胸を満たす。
――母親になるとは、ただ育てることではない。
彼女は思う。戦乱の世では、母は同時に守護者であり、戦士であり、そして未来の導き手でなければならない。エルフの血を引く自分が母となった意味を、必ず示してみせる。
その夜、リィアナは誓いを立てた。
もし女神が再び立ちはだかるのなら、彼女自身が剣を取り、母の名にかけて戦おうと。
もし王国が再び炎に呑まれるなら、彼女の命を賭してでも、この子と王子の未来を守り抜こうと。
幼子の寝息は穏やかで、かすかな光が揺りかごを包み込んでいるように見えた。それは女神の呪詛ではなく、母の祈りが生み出した清らかな光。リィアナの頬を涙が伝った。
「あなたは、私の誇り。……そして、私のすべて」
母親としての愛と誓いを胸に、リィアナは新たな物語を歩み始めた。
― 母の両翼、息子と娘
城の鐘が朝を告げる頃、王城の奥深くでは新しい命の産声が響き渡った。
リィアナが産んだ第二の子――娘である。
彼女の瞳は母譲りの翡翠の色を帯び、まだ小さな手を必死に握りしめていた。
「……女の子だ」
王子が震える声で告げると、リィアナは汗に濡れた額を拭いながら小さく微笑んだ。
「そう……私たちの希望は、一つだけじゃなかったのね」
最初に生まれた息子は、王国の未来を背負う存在として皆に祝福されながらも、女神の呪いに晒されることが運命づけられていた。
だが娘の誕生は、その呪いすら揺るがすような奇跡だった。
リィアナは二人の子を抱き寄せ、胸に抱えながら思う。
――この子たちは、私の両翼。
片方を失っても飛べはしない。二人ともを守り抜いてこそ、母としての誇りを果たせる。
夜、母子三人が寄り添う寝所に、王子が静かに現れた。
「リィアナ……ありがとう。お前のおかげで、俺は戦場でも折れずにいられる」
「あなたがいるから、私は母になれたの。……この子たちが未来で迷わぬように、二人で導いてあげましょう」
リィアナは息子の手を娘の小さな指に重ねた。まだ言葉も知らない幼い二人だが、その指が触れ合った瞬間、柔らかな笑みのような気配が生まれた。
だが同時に、遠い森の奥では女神の影がその光景を睨みつけていた。
「……余計な芽が増えたわね。だが二つとも摘み取ればいい」
女神は爪を噛み、復讐の炎をその瞳に宿す。
リィアナはそれをまだ知らない。
だが彼女の胸騒ぎは、夜ごとに強まっていく。
母として、妻として、戦士として――。
彼女は二人の子を未来へと送り届けるため、己の命さえ差し出す覚悟を固め始めていた。
― 息子への修行の始まり
まだ少年と呼ぶには幼い年頃。
リィアナと王子の息子は、父母に見守られながら、初めて「王の血を継ぐ者」としての修行を始めた。
「剣は力ではなく、心を映すものだ」
王子はそう告げ、手ずから小ぶりの木剣を息子に渡す。少年は震える手で受け取り、父の構えを真似した。
最初は振るうたびに腕が震え、地面に剣を落としてしまう。
だが王子は怒らず、静かに見守った。
一方、母リィアナは森へと息子を連れていった。
「この森には、私の一族が代々守り抜いた知恵が眠っている。あなたも自然と共に呼吸することを覚えなさい」
彼女は耳を澄ませ、風や小川のせせらぎに気を配るよう教えた。
やがて少年は目を閉じても小鳥の羽ばたきや草むらを駆ける獣の気配を感じ取れるようになり、その瞳に誇らしげな光が宿る。
夜、二人はそっと寝所で語り合った。
「この子はきっと、大きく育つわ」
「だが同時に、女神の影が狙うだろう。俺たちの仇敵はまだ生きている」
リィアナは頷き、眠る息子の髪を撫でた。
「それでも……この子が未来を切り開けるよう、私たちが命を賭けて道をつくらなくては」
そして翌日から、修行はさらに厳しさを増していった。
王子は戦士の技を、リィアナは森羅の術を、そして二人揃って「人の上に立つ者の心」を息子に叩き込む。
幼いながらも息子は汗と涙を流しながら父母の期待に応え、日を追うごとに逞しくなっていった。
――しかし、その背後には常に「異世界の影」が潜んでいた。
遠く離れた闇の宮殿で、女神と契約を結んだ影が嗤う。
「王の血筋……か。ならばその芽が育つ前に、刈り取るまで」
息子の修行は、やがて王国の命運を懸けた戦いの第一歩となっていく。
― 娘の婚姻と王家の宿命
王都の広間は、異様な静けさに包まれていた。
リィアナと王子の娘――アリシアは、まだ若く、夢見る少女であった。だが、王国を再建したばかりの彼らには、避けられぬ決断が突き付けられていた。
隣国から迫る外交圧力。
盟約を結ばなければ、いつ再び侵攻を受けるか分からない。
その条件として示されたのが、「アリシアを王子妃として嫁がせること」であった。
「……父上、母上。本当に、これしか道はないのですか?」
涙を堪えながらアリシアは尋ねた。
王子は拳を握りしめ、答えを絞り出す。
「親としては、許すものか。だが、王としては……背を向けられぬ」
リィアナは娘を抱き寄せた。
「私たちも苦しいの。でも、あなたが歩むその道が、この王国を守る灯火になるのよ」
アリシアは震える唇を噛みしめた。
幼き頃から共に育った少年騎士のことが脳裏をよぎる。
彼に想いを伝えることもなく、国のために嫁ぐなど、少女の心にとっては酷な運命だった。
婚礼の前夜。
城の一角で、兄である少年王子(息子)が妹に駆け寄る。
「姉上……俺がもっと強ければ、こんなことには」
「いいの。あなたは私の誇り。どうか、この国を……そして父上と母上を守って」
そう言ってアリシアは、兄の手に小さな護符を握らせた。
翌朝、鐘の音が鳴り響く。
華やかな婚礼衣装に身を包んだ娘は、毅然とした顔で広間を歩いていった。
父と母はその姿をただ見つめることしかできず、心の奥底では血を吐くような思いを噛み殺していた。
――それは「王族としての宿命」。
愛する者を手放すことでしか国を守れぬ現実が、そこにあった。
だが、彼女の旅立ちは終わりではなかった。
新たな地で待ち受ける陰謀と試練が、アリシアの運命をさらに大きく変えていくことになる。
― 独裁者の宮廷
アリシアが嫁いだ先は、隣国ヴァルトリア。
そこは民の声など無視され、軍と富を独裁者――ヴァルディス王が握り締める圧政の国だった。
婚礼の式典は豪奢で華やかに見えたが、アリシアの瞳には、その裏に潜む冷ややかな空気が映っていた。
金色の燭台、絹の垂れ幕、民衆の歓声――すべてが「力」で押しつけられた虚飾にすぎなかった。
「我が王妃となれ、アリシア」
厚い声でヴァルディスは言った。
彼は年老いたが、未だに猛獣のような眼光を放ち、王座に君臨するその姿は“王”というより“暴君”であった。
アリシアは震えながらも、毅然とした態度で答える。
「……王国のために、この身を捧げましょう」
民衆は喝采したが、王宮の奥に潜む陰謀の匂いは、彼女に息苦しさを与えた。
夜、婚礼の祝宴の最中、彼女の侍女として付き添ってきたエルフの老女が耳打ちする。
「姫様、この国は危うい。王はあなたを政略の駒としか見ておらぬ」
「……分かっています。けれど、私は王女。逃げるわけにはいかない」
アリシアの胸には父と母の姿が浮かぶ。
自分が犠牲になることで王国に平穏が訪れるなら、耐えなければならない。
――そう自らを奮い立たせた。
だが、ヴァルディス王の宮廷は予想以上に残酷だった。
反抗する貴族は容赦なく粛清され、民は重税に苦しんでいた。
アリシアは王妃として彼らを救おうと密かに行動を始めるが、そのたびに「監視の目」が彼女を追い詰めた。
ある夜、ヴァルディス王自身が彼女に語りかける。
「お前の父王は愚かだ。娘を差し出すことでしか国を守れぬとはな」
その言葉に、アリシアは唇を噛みしめる。
「……父を愚弄しないでください。私は、誇りを持ってここに来たのです」
「ほう……誇り、か。ならばその誇りごと、この宮廷に飲み込ませてやろう」
独裁者の笑みは、氷のように冷たかった。
アリシアの試練は始まったばかりだった。
彼女は囚われの王妃でありながら、やがて「独裁を覆す火種」として動き出す運命にあった――。
― 独裁者のもとに嫁がされた娘と、父の決断 ―
王国の王子の娘、アリアは父の胸に抱かれながら涙を流していた。
彼女は本来、学び舎で歌や学問に親しむ年頃だった。だが、国のための政略により、冷酷な独裁者のもとへ嫁がされることになったのだ。
その独裁者は、剣と恐怖によって民を従わせ、城下の街を荒れ果てた廃墟のようにした男。
アリアはその手の中で日ごとに笑顔を奪われていった。
だが王子――すでに王となった父は、心の奥底で決して諦めてはいなかった。
「娘よ、必ず迎えに行く。お前を闇に渡してなるものか」
夜毎、父は剣を磨き、策略を練った。息子である王子の跡継ぎに修行を課しながらも、心は一人の父として、娘を救う戦の火を灯していた。
そしてついに、独裁者がさらなる圧政を広げようとしたその日。
王は兵を率いて進軍した。
火を吐く魔導兵器を持つ独裁者の軍は恐るべき力を誇った。だが父は怯まない。
彼の剣は怒りと愛に燃え、幾度も血に染まりながら突き進む。
決戦の場において、父と独裁者は一騎打ちとなった。
「娘を返せ!」
「国を支配する者の手駒に過ぎぬ女を、何を惜しむ!」
剣と剣が打ち合い、火花が散った。
だがその最後の瞬間、父の刃が独裁者の胸を貫く。
独裁者は血を吐き、崩れ落ちた。
娘アリアは駆け寄り、父の胸にすがる。
「父上……!」
「恐ろしい夢は終わった。もう二度と、お前を犠牲にはせぬ」
父は娘の手を取り、民衆の前に立った。
「民よ、今日よりこの国に自由と平和を取り戻す!」
――父の剣は娘を救い、独裁者を倒し、王国に再び正義の灯を掲げたのだった。
― またループにて、もとにともる ―
独裁者を倒し、娘を救った父は勝利の凱旋を果たした。
だが、その夜。月明かりの下、父は奇妙な既視感に胸を押さえた。
――これは以前も経験したことではないのか?
夢とも現ともつかぬ記憶が彼を苛む。
王子として生まれ、戦いに明け暮れ、愛する者を守るために剣を振るった日々。
幾度も、幾度も、同じように血を流し、同じように家族を失い、そしてまた掴み直す。
「……これは、輪の運命か」
父の剣に宿った炎が、ゆらりと揺れる。
それはまるで、時そのものを灯す火。
そして理解する。
娘を救い、息子に修行を課したのも、王国を立て直そうとしたのも――すべては「また繰り返すため」の因果だったのだと。
夜風が吹き、父は天を仰ぐ。
「ならば、何度でも守ろう。何度でも戦おう。たとえこの身が滅びようと、愛する者を救うために」
こうして歴史はまたひとつの円環を閉じ、次の世代へと受け継がれる。
王国の灯は決して消えない。
それは父から子へ、子から孫へと繋がる永遠の炎。
――「またループにてもとにともる」。
この国の宿命は、終わらぬ物語の火として燃え続けるのだった。
次回も楽しみに




