闇に潜む影 ―
前回のお話は?
― スパイ網の全貌
王都の夜は静かに見えて、実際には無数の思惑が絡み合い、血の匂いを孕んでいた。
セリスとアレンが襲撃を受けた夜会の件――その裏には、長く根を張り続けてきた「闇の組織」の存在が浮かび上がっていた。
◇
王城地下、密談の間。
王国諜報部の隊長カイネルは、机に散らされた羊皮紙を睨んでいた。そこには、捕えた刺客の口から引き出された断片的な情報が書き込まれている。
「……やはり、城内に『内通者』がいるな」
刺客が使っていた暗号文の一部には、王城の配置図や、舞踏会の警備交代のタイミングが記されていた。それは外部の者には到底知り得ない情報。つまり、王国の中枢に潜む裏切り者が、敵に手を貸している証拠だった。
「誰だ……誰が、この国を売った」
カイネルは怒りを抑え込みながら、諜報員たちに指示を飛ばす。
「全隊に通達せよ。徹底的に影を洗い出せ。密偵網はすでに張り巡らせてある、必ず証拠を掴む」
◇
一方、舞踏会後の余波に揺れる王城。
アレンはセリスを守り切ったものの、心の奥にわだかまりが残っていた。
(俺の周りにまで手が回っている……。つまり、王都そのものが、既に敵の掌中にあるということか)
彼は決断する。
「……セリス、君をもう一度危険にさらすわけにはいかない。だが同時に、君の覚悟も無駄にはしない。――一緒に来てくれ。敵の正体を暴きに行こう」
セリスは一瞬だけ戸惑ったが、やがて頷いた。
「ええ。私も、逃げたくない」
◇
調査は数日をかけて進んだ。
そして、浮かび上がってきたのは衝撃的な名前――。
「……まさか、宰相閣下が……?」
報告を受けたアレンの声はかすかに震えた。
宰相ルデリック。王国の再建を支えてきた功臣にして、幼い頃からアレンを導いてきた恩師でもある男。その名が「裏切り者」として記されていたのだ。
だが、証拠は確かだった。暗号文に使われた印章は、宰相のみが扱えるものであり、決して外部に流出するはずのないもの。
「信じたくはない……。だが、この裏切りを見過ごすことはできない」
アレンは深く息を吸い、決意を固める。
「次の夜会、宰相を誘い出す。――そこで全てを暴く」
◇
そして、夜が来る。
王城の奥で繰り広げられる「影と光の諜報戦」は、やがて王国の命運を決める決戦へとつながってゆくのだった。
裏切りの宰相 ― 真実の仮面
宰相ルデリックは、いつもの落ち着いた笑みを浮かべて王城の会議室に姿を現した。
しかし、その場にはアレンとセリス、そして王国諜報部の精鋭が既に待ち構えていた。
「宰相殿。今宵は少し、話をさせていただきたい」
アレンは静かな声で切り出した。
「おや、殿下。話とは一体……?」
ルデリックは涼しい顔をして応じる。だが、その瞳の奥に一瞬、わずかな揺らぎが走った。
カイネルが机の上に暗号文を叩きつけた。
「これをご覧いただこう。刺客から奪った書簡だ。内容は――王城の警備情報。印章は宰相閣下、あなたのものだ」
室内に重苦しい沈黙が落ちる。
ルデリックはしばし無言のまま書簡を見下ろした。そして、ふっと微笑んだ。
「……なるほど。そこまで辿り着いたか」
その一言で、全てが確定した。
「宰相ルデリック。お前が、裏で異世界勢力と通じていたのか!」
アレンの怒声が響く。
だがルデリックは冷然と答えた。
「裏切り? 違うな。私は救済を選んだのだ。王国はすでに滅びゆく運命にある。異世界の魔王に従うことで、この民だけは生き延びられる。――私はその道を整えただけだ」
「民を守るため……だと?」
アレンの胸に込み上げたのは怒りか、それとも悲しみか。
「お前はいつもそうだったな、アレン殿下。理想を掲げ、正義を信じる。だが現実は残酷だ。力ある者の前では正義も、誇りも、塵に等しい……」
「だからといって、我らを売ることが正義だというのか!」
セリスが一歩踏み出し、鋭い声で断罪する。
ルデリックは一瞬、彼女を見つめ、目を細めた。
「……勇ましい娘だ。しかし、殿下。あなたの隣に立つこの少女も、やがて異世界の炎に焼かれる。ならば、せめて私の選んだ道で救われるべきだと思わないか?」
その言葉にアレンの瞳が激しく揺れた。
だが次の瞬間、彼は剣を抜いた。
「ルデリック。……恩師であろうと、裏切りは許さない。俺はこの国を守る。そのためならば――たとえお前を斬ることになっても」
室内の空気が張り詰める。
宰相はため息をつき、ゆっくりと外套を翻した。
「やはり、そう来るか。ならば私も仮面を脱ごう」
その背から立ち上がったのは、異世界の魔力の黒煙。
ルデリックは既に、魔王の血に触れた存在へと変貌しつつあった。
「――殿下。これが、私の『真実の姿』だ」
◇
そして王城の一室は、激烈なる戦いの舞台へと変わるのだった。
宰相との激闘 ― 恩師を斬る決断
漆黒の魔力が渦を巻き、宰相ルデリックの身体を包み込む。
皮膚は灰色に変色し、血管は紫に脈打ち、目は異世界の炎のように赤く輝いていた。
その姿はもはや人間ではなく、異界の魔人だった。
「殿下……私を斬れるか? 幼き頃から導いてきた恩師を」
ルデリックの声は低く、二重に響いた。人の声と、魔族の声が重なっているかのようだった。
アレンは剣を握る手に力を込めた。
脳裏に浮かぶのは、幼少期。読み書きを教え、政治を説き、道を正してくれた宰相の姿。
その面影と、いま目の前にいる異形が、どうしても結びつかなかった。
「……なぜ、こんな道を選んだんだ」
「選んだのではない。これは必然だ。王国は弱い。民は貧しい。世界は苛烈だ。ならば、より強きものの庇護に入るしかない」
その論理は冷徹で、同時に哀しみを孕んでいた。
セリスが叫ぶ。
「殿下、迷っては駄目です! この者は、もう宰相ではありません!」
「……わかっている」
アレンは深く息を吸い込み、剣を構え直した。
ルデリックは黒き炎を解き放つ。
床石が爆ぜ、天井が軋む。魔力の衝撃で衛兵たちは吹き飛ばされ、カイネルですら膝をついた。
「殿下! お下がりを!」
「いや……これは俺の戦いだ」
アレンは魔力を剣に纏わせ、突進した。
金属がぶつかる音はせず、衝撃は轟音となって室内を揺るがした。
剣と腕がぶつかるたび、宰相の顔が憎悪と苦悩の間で揺れ動く。
「……アレン殿下……なぜ……あなたが王に……!」
「俺はただ……この国を守りたいだけだ!」
一瞬の隙。
アレンの剣が、宰相の胸を深々と貫いた。
「……っ!」
血ではなく、黒い霧が噴き出した。
「恩師よ……どうか、安らかに……」
アレンの声は震えていた。
ルデリックはその言葉を聞き、かすかに笑った。
「やはり……あなたは……愚かで……優しい……」
そして彼の身体は黒い灰となり、空気に溶けて消えていった。
◇
戦いが終わり、室内には沈黙が訪れた。
アレンは剣を床に突き立て、震える膝で立ち続けた。
セリスはそっと彼の肩に手を置いた。
「殿下……」
「俺は……この国を守るために……恩師すら斬った。……必ず、報われる未来を築かねばならない」
その瞳に涙はなかった。ただ、強烈な覚悟だけが宿っていた。
次回も楽しみに




