崩れゆく楽園
タクマと仲間たちの裏切り劇は深まり、彼の前に立ちはだかるのはかつて信じ合った存在たち。光と影が交錯するなかで、真実に近づくほどに孤独と絶望が増していく。今回は、その裏切りがどのように露わになり、タクマの心を揺さぶるのかを描く。
三人は必死に足を動かし 崩れゆく石畳を飛び越えていく
背後では建物が音を立てて崩れ 血のように赤い光を放ちながら影が溢れ出していた
ミナトが息を切らしながら叫ぶ
どこへ逃げればいい この街そのものが敵なら
シンは答えない ただ前を睨み続けている
彼の脳裏には一つの地図があった
街の中央に封じられた古の塔 そこへ向かうしかない
影の触手が足元を掴もうと迫る
ハルカが短剣で斬り裂くが 傷口からさらに無数の腕が伸びる
刃では終わらせられないもの
「走れ 立ち止まれば呑まれる」
シンの声に二人は歯を食いしばり 前へ進んだ
夜空を仰げば 月は既に欠け落ち 黒い靄が覆い尽くしていた
星さえも隠され 光は一つも残されていない
街は崩れていく
道も 家も 人の営みも
ただ影だけが膨れ上がり 世界を塗り潰そうとしていた
そして三人がたどり着いた先に 朽ち果てた塔の姿が闇の中にそびえていた
夏の陽射しは徐々に和らぎ 代わりに夜の冷気が街を包み始めていた
紅楼街の表通りは昼間の喧騒が嘘のように沈黙し ただ遠くから聞こえる三味線の音が虚ろに響いている
灯籠の明かりがちらちらと揺れ それを見つめる女の影が一つ
燈火だった
幼き日より闇を駆け抜けてきた彼女の瞳には かつての柔らかさはなく冷たい鋭さだけが宿っている
その指先には細身の短刀が光り まるでこれから流れるであろう血を予感しているかのようだった
裏手の細い路地を抜けると 紅楼街の奥にある隠れ座敷が現れる
そこでは今 町を牛耳る男たちが酒を酌み交わし 女を抱き 笑い声を上げていた
しかしその笑い声も 長くは続かぬことを誰も知らない
襖が静かに開き 燈火が姿を現す
一瞬の驚きと同時に 男たちの喉元へ鋭い風が走り 血の線が飛び散った
悲鳴を上げる暇もなく次々と崩れ落ちる身体
紅楼街において決して逆らってはならぬ存在が誰であるか この瞬間に刻まれる
だが燈火の胸には冷たい空洞が広がっていた
復讐でも任務でもない
ただ抗えぬ流れに押し流され 自らの手を血で染めるしかなかった
座敷に立ち尽くす彼女の耳に 遠くから足音が響く
その足音を聞き分けた瞬間 燈火の瞳が揺らいだ
現れたのは明煉だった
互いに過去を背負い 言葉よりも深く結ばれながら なおも対峙せねばならぬ運命にある男
二人の間に夜風が吹き込む
灯籠の炎が揺れ 血の匂いとともに紅楼街の夜を震わせた
逃げるしかない
呻き声が遠くで木霊する
地面を打つ足音は次第に乱れ 息が詰まりそうになる
闇は生き物のように蠢き 触手を伸ばしては石壁を削り 追いすがってくる
タクマの背中に冷たい汗が伝う
仲間の気配はひとりまたひとりと消えていき 気づけば足音は自分ともう一人だけになっていた
前を走るハルカの髪が振り乱れ その姿は必死の炎のようだった
けれどその足も限界に近いとわかる
行き止まりが現れた
崩れかけの石扉 その奥には何も見えない闇の穴
「行くしかない」
タクマは短く言い放ち 剣を収めてその闇へ飛び込んだ
ためらえば全てが呑まれる ただそれだけを理解していた
背後で影の群れが押し寄せ 崩れゆく街を一気に覆い尽くしていく
タクマとハルカの身体は闇の奥へ落ち続け もはや上も下もわからない
そして静寂
目を開いた時 そこにあったのは見知らぬ光景だった
塔のように屹立する黒い石柱が並び その中央で巨大な目がひとつ 静かに彼らを見下ろしていた
仲間との対立は、タクマの心を深く抉り、その孤独をさらに際立たせる結果となった。裏切りか、誤解か、それとももっと大きな意志に操られているのか――真実はまだ見えない。次回、彼が選ぶのは「戦い」か「赦し」か。




