ハイランドオーク ― 王国を滅ぼす
Blue lightning
ハイランドオーク ― 王国を滅ぼす
その樹は、王国の北境に根を張っていた。
名を ハイランドオーク。古の時代より天と地を繋ぐ柱と呼ばれ、王家の繁栄を見守ってきた聖なる大樹。
だが、永き年月はその樹を変貌させていた。
根は大地の深奥に潜り込み、眠れる毒脈を吸い上げ、幹は黒くねじれ、枝葉は空を覆い隠す。
人々はなお信じた──「王国を守護する聖樹」と。
だが真実は逆であった。
やがて夏至の夜、オークの樹皮が裂け、漆黒の胞子が夜風に舞った。
それはただの粉ではなく、命を喰らう呪いであった。
兵士は兜の隙間から吸い、倒れた。農夫は畑に立ち、息絶えた。
王都にまで届いた頃には、街路樹さえも腐れ落ち、泉は毒を湛えた。
王は軍を差し向けた。
剣で斬れば幹から黒い血が溢れ、火を放てば炎を呑んで逆に枝葉を繁らせる。
祈祷師は呪を唱えたが、返って声を奪われ、石像のように黙り込んだ。
「守護の樹」こそが、「滅びの樹」であったのだ。
そして最後の夜。
ハイランドオークは天空に枝を広げ、雷雲を呼び寄せた。
黒雷が王城を貫き、玉座は灰となった。
人々は逃げ惑い、誰も振り返らなかった。
朝が来た時、王国は存在しなかった。
ただ、北境にひときわ大きな影を落とす、ねじれたオークが残るばかり。
その幹には今も、亡国の叫びが木目の奥で蠢いていると言う。
ハイランドオークとゴブリンの誓い
黒き胞子が王国を覆った夜、森の奥から嗤う声が響いた。
それはゴブリン族。
古より人間に狩られ、焼かれ、奴隷とされてきた彼らにとって、王国の衰亡は甘美な宴の始まりであった。
ゴブリンの長老は、ひび割れた幹に手を当て、呟いた。
「偉大なるハイランドオークよ、我らが怨嗟の血を、汝の根へと注ごう。代わりにその枝で我らを庇護せよ」
すると、大樹は応じた。
幹の奥から低い唸りが響き、黒い樹液が滴り落ちる。
それを啜ったゴブリンの眼は、緑から漆黒へと変わり、牙は伸び、爪は鋼鉄をも裂く刃と化した。
こうして生まれたのが――「黒樹の眷属」。
彼らは夜の帳に紛れて王都へ雪崩れ込み、
衛兵の喉を裂き、貴族の館を燃やし、幼子の泣き声を戦歌とした。
城壁に逃げ込んだ兵士たちは叫んだ。
「人ならぬ影が、幾百も迫る!」
しかしその影は、もはや単なるゴブリンではなかった。
大樹の加護を受けた彼らは、傷を負えば黒樹の根から血を吸い、瞬く間に蘇る。
斬っても、焼いても、尽きることはなかった。
ついに人々は悟る。
――ハイランドオークは単なる樹ではなく、魔族の王樹であり、ゴブリンたちはその枝葉に宿る悪夢なのだと。
夜明けと共に王国は沈黙した。
残されたのは、腐り落ちた石壁と、
枝の隙間で嗤い続ける、黒きゴブリンの群れであった。
漆黒の剣士、破れる
王都が燃え落ちた夜明け。
人々の最後の希望はただひとり――漆黒の剣士に託されていた。
彼は己の魂を削るごとき剣技をもって、幾度も戦乱を終わらせてきた。
その影のような剣は、百の魔を斬り伏せ、千の怨嗟を断ち切った。
だが今回は違った。
漆黒の剣士が対峙したのは、王国を呑み込むハイランドオークと、
その枝葉に巣食う黒樹の眷属――ゴブリン軍。
夜明けの霧の中、剣士はたった一人で進んだ。
彼の黒衣は血に濡れ、呼吸は荒く、それでも瞳だけは決して揺らがなかった。
「ここを斬り抜けねば、人はもう立ち上がれぬ……!」
幾百のゴブリンが押し寄せる。
彼の剣は雷鳴のように閃き、影のごとく舞った。
瞬く間に骸が積み重なり、血の川が足元を覆った。
だが、切っても切っても、彼らは甦る。
ハイランドオークの根が、倒れたゴブリンの血肉を吸い、
瞬時に新たな躯を吐き出していくのだ。
「無限……だと……!」
漆黒の剣士は、それでも退かなかった。
最後の力を振り絞り、大樹の幹へと剣を突き立てる。
刃は確かに届いた――だが。
黒い樹液が迸り、剣を侵した。
握る掌は焼け爛れ、剣は音を立てて崩れ落ちる。
その瞬間、無数の根が地より突き上がり、
彼の四肢を絡め取った。
「ぐ……おおおおおっ!」
抵抗も空しく、根は彼の身体を締め上げ、
骨の砕ける音が響く。
そして最後に――ハイランドオークは剣士を幹の奥へと呑み込んだ。
漆黒の剣士の最期を見た者はいない。
だが、その日以降、大樹の幹にはひとつの影が刻まれていた。
それは剣を構える黒き人影。
やがて人々は噂した。
――あの樹の奥底で、漆黒の剣士はいまも囚われ、永遠に戦い続けている、と
To protect you




