わがまま姫の影
この物語は「第21王子」として生まれながらも孤独を選び、やがて妹セリナや数多の女性たちとの縁に翻弄されていく青年の記録である。
わがままで気まぐれだが周囲を惹きつけてやまない妹、彼を見限って去っていく許嫁たち、そして夢と現実の狭間で出会う“本当の妻”。
魔導書と魔眼、時空戦闘といった非現実的な要素が絡み合いながらも、根底に流れるのは「人が一人で生きることはできない」という普遍的なテーマだ。
本書は、孤独の淵に立たされた王子が「本当に寄り添える相手」と出会い、自らの人生を歩み始めるまでを追いかけている。
光と影、夢と現実、愛と孤独の物語に、あなたを誘おう。
王子の妹――第23王女・エリシアは、幼いころから「わがまま姫」と呼ばれてきた。
欲しいものは必ず手に入れ、気に入らないものは即座に拒絶する。侍女たちは振り回され、兄である王子さえ頭を抱える日々。
だが、彼女はどういうわけか無茶苦茶にモテた。
その金糸のような髪と透き通る碧眼は見る者を魅了し、彼女の気まぐれさすら「愛らしい」と解釈されてしまう。王国の騎士、諸侯の子弟、果ては異国の使者まで、彼女に夢中になる男は後を絶たなかった。
「兄上、また私のために求婚者を追い返したのでしょう?」
「当然だ。お前の気まぐれに振り回されて国を揺るがすわけにはいかん」
「ふふん、でも私が本気を出せば誰でも私の虜よ」
エリシアはいたずらっぽく笑った。
兄としては厄介極まりないが、彼女の持つ魅力は否定できない。
しかし最近、彼女の周りに不穏な影が忍び寄っていた。
求婚者の中に、ただの恋慕ではなく、王家を操ろうとする者たちが紛れ込んでいたのだ。
王子はそれを察し、妹を守るため動き出す。だが、エリシア本人はまったく危機感がない。
「私が誰にモテようと、最後に選ぶのは私。兄上が口を出すことじゃないわ」
そう言い切る彼女の瞳は、強気でありながらどこか孤独を帯びていた。
わがままの裏に隠された何か――その正体を、王子はまだ知らなかった。
「陰謀の仮面」
王都の夜会。煌びやかなシャンデリアの下、音楽と笑い声が渦を巻いていた。
だが、その場の中心にいたのは、やはりエリシア王女だった。
「エリシア様、どうかこの杯を」
「こちらへ参りませんか、殿下」
「あなたにふさわしいのは、この国を超える広い世界です」
次から次へと男たちが群がり、彼女の手を取ろうとする。
エリシアは楽しげに微笑み、気まぐれに彼らをあしらった。
「まぁ、皆さん揃ってお上手ね。けれど私、退屈なのは嫌いなの」
その言葉一つで、男たちは競い合うように自分の魅力を誇示する。
――まるで彼女の掌の上で踊らされているかのようだった。
だが、その群衆の中に、ただならぬ眼差しを向ける男がいた。
仮面で顔を隠し、言葉ひとつ発さずに彼女を見つめる。
王子は直感した。あれは、ただの求婚者ではない。
「……奴だ」
低く呟いた瞬間、仮面の男とエリシアの視線が交わった。
次の瞬間、会場の灯が一斉に揺らめき、楽の音が止む。
「お前の美しさは――国をも崩す」
仮面の男の声が響き渡ると同時に、闇が広がり、会場を覆い尽くした。
エリシアは初めて、わずかに怯えた表情を見せた。
兄である王子は、彼女を庇いながら剣を抜いた。
「エリシア、下がれ! 奴の狙いはお前だ!」
「兄上……!」
豪奢な舞踏会は、一瞬にして血と陰謀の舞台へと変わっていった。
「逃走の廊下」
闇が舞踏会場を呑み込むと同時に、悲鳴が響いた。
人々は我先にと出口へ殺到したが、扉はなぜかびくとも動かない。
まるで外から封じられているかのようだった。
「やはり罠か……!」
王子はエリシアの手を引き、脇の小さな扉へと走る。
王族用の避難路――ごく限られた者しか知らない裏口だ。
だが、仮面の男はその動きを予期していたかのように、音もなく後を追った。
彼の周囲の闇は液体のように広がり、壁や床を覆い尽くしていく。
触れれば命を奪われるその黒は、すでに何人かの衛兵を飲み込んでいた。
「兄上、あの人……ただの人間じゃない」
エリシアの声は震えていた。
わがままで自信家な彼女が、これほど怯えるのを王子は初めて見た。
「分かっている。だが俺たちは生き延びるしかない」
二人は細い廊下を駆け抜ける。壁に飾られた古い肖像画や燭台が次々と闇に呑まれ、消えていった。
背後から、仮面の男の声が響く。
「逃げても無駄だ。お前の血筋こそが、この王国を滅ぼす鍵なのだから」
「血筋……?」
エリシアは振り返りかけたが、王子が強く手を引いた。
「聞くな! 今は生き延びるんだ!」
その瞬間、廊下の突き当たりが赤く光った。
非常口の魔法灯火――そこが唯一の出口だった。
だが同時に、闇が横からせり上がり、進路を塞ごうとしていた。
王子は剣を構え、妹を背に庇った。
「エリシア、走れ!」
背後で彼女の叫びが響く中、王子は初めて仮面の男と正面から対峙した。
「仮面との刃」
廊下に残ったのは、王子と仮面の男――二人だけだった。
闇の膜が背後を覆い、逃げ道を完全に断ち切る。
「……貴様の狙いはなんだ」
王子の声は低く、剣先は仮面の喉元をまっすぐに向けていた。
仮面の男はわずかに首を傾げた。
「狙い? お前自身だ、第21王子。お前の血には“羅眼”を継ぐ資格が眠っている」
「羅眼……?」
その名を聞いた瞬間、王子の頭に焼け付くような痛みが走った。
赤黒い視界、幾千もの影、そして自らが誰かを斬り伏せる光景――
断片的な幻が閃き、現実を揺さぶる。
「思い出し始めたか。お前は器にすぎん。だが器が完全になる前に、私は奪う」
闇がうねり、仮面の男の腕から黒い刃が伸びた。
まるで液体が凝固したようなそれは、剣と呼ぶには異形すぎる武器だった。
王子は痛みに耐えながら剣を振るった。
金属の火花が散り、廊下を赤く染める。
衝撃で壁の石が砕け、天井の燭台が落下して火を撒き散らす。
「ぐっ……!」
仮面の一撃は重く、常人では到底受け止められぬ威力。
それでも王子は退かず、妹の逃げた方角だけを守るように立ち続けた。
仮面の男は静かに告げる。
「いずれ知る。お前の妻も、妹も、友も――皆“羅眼”の夢に囚われた幻にすぎないと」
その言葉に、王子の怒りが弾けた。
「黙れ!」
剣が赤光を帯び、廊下を裂くように振り抜かれた。
刹那、仮面の表面に亀裂が走った。
そこから覗いたのは――赤く輝く、王子自身と同じ瞳だった。
妹と取り巻きたち
学園の鐘が鳴り終わるころ、廊下のざわめきがひときわ大きくなる。原因は分かりきっている。俺の妹、セリナが教室に姿を見せるからだ。
「セリナ様! 今日もお美しい!」
「次の舞踏会、ぜひ私と!」
「魔術の実技、僕がパートナーを!」
取り巻きどもが群がり、蜂蜜に引き寄せられる蜂のようにセリナを囲む。俺からすればうるさいだけなのだが、彼らにとっては人生の一大事らしい。
セリナは気まぐれな笑みを浮かべ、うんざりするほど堂々と返す。
「ふふ、悪くないわね。でも今日は気分じゃないの」
「その申し出は考えてあげてもいいわ」
「退屈させないでちょうだい?」
わがまま、自己中心的、気まぐれ。だが、それを差し引いてもなお、彼女が強烈にモテる理由は理解できる。美貌も、才能も、王族の血筋もすべてが揃っているのだ。
ただ一人の兄である俺は、そんな光景にため息をつくしかない。
「……俺に群がる物好きはいないんだがな」
隣の席の友人が肩をすくめる。
「いやいや、王子殿下。セリナ様があまりに眩しすぎて、みんなそっちに目がいくんだ。あんたが影に見えるだけだ」
「慰めになってねぇ」
俺は頭をかきながら、妹のきらびやかな背中を見送った。彼女の存在は、俺にとって誇らしくもあり、鬱陶しくもある。だが──いつか、この妹の「わがまま」が、とんでもない事件を引き起こすのではないかという予感があった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作は、孤独を強いられた王子が「人とのつながり」と「自ら選ぶ人生」の意味を見つけるまでを描きました。
許嫁や仲間が去っていく展開は残酷にも映るかもしれませんが、それは王子が本当に必要とするただ一人に出会うための必然でした。
妹セリナの奔放さもまた、彼の影を強調するために描かれましたが、やがて彼女自身も大きな試練に直面するでしょう。
そして、最後に現れた“本当の妻”こそ、王子の物語を静かに終わらせ、同時に新しい始まりを告げる存在なのです。
孤独を知るからこそ、人は絆を尊ぶ。
その思いが、読者の心に少しでも残れば幸いです。




