リィナ・クロニクルVI ― 創世の継承者 ―
前回までのリィナは?
第二節 ― 鏡の王国
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風が止んだ。
凍てつくような静寂の中で、アルヴェインは〈大陸の門〉を見上げていた。
黒曜の門が開かれ、光と影がせめぎ合う。
その向こう――別の“世界”が確かに広がっていた。
「……ここが、“もう一つの大陸”……」
セリアが呟いた声は震えていた。
足元の大地は同じ形をしていながら、どこか違う。
空の色は灰を帯び、太陽は双つ。
生き物の気配がなく、風さえ“逆に”吹いているようだった。
門をくぐった瞬間から、時間の流れが乱れている。
先ほどまで立っていたはずの兵士が、一歩後ろではもう姿を消していた。
ここは――“鏡の王国”。
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迎えに現れたのは、若き女王の姿をした「もう一人のリィナ」。
だがその瞳は、慈しみではなく、冷ややかな決意を宿していた。
「ようこそ、異界の王。あなたが“こちら側”の脅威ね。」
「……あなたは、母上ではない。」
「そうね。私はこの世界のリィナ。
あなたの母が滅ぼした“虚神”を、こちらで封じ続けた存在。」
彼女の声は落ち着いていたが、その言葉の裏には深い怨嗟が潜んでいた。
「あなたたちの世界が安寧を得た代償として、こちらの大陸は“凍りついた”。
虚神の残滓を閉じ込めるために、我々は季節を捨て、命を凍結したのよ。」
リィナ(鏡の)はゆっくりと玉座の階段を降り、アルヴェインの前に立った。
「あなたの母、リィナ=ルミナリアはこの門を封じた。
だがその封印は、こちらの犠牲の上に築かれていた。
――あなたが生まれるために、こちらの大陸は“死んだ”のよ。」
アルヴェインは息を呑んだ。
「……そんな、ことが……」
「信じられない? ならば見なさい。」
彼女が指を鳴らすと、城の壁が霧のように溶け、幻影が広がった。
そこには、氷に閉ざされた街。動かぬ人々。
時間が止まったように、笑顔も悲鳴も、そのまま凍りついている。
「これが“代償”よ。
あなたの世界が光を取り戻した瞬間、こちらは闇に沈んだ。
あなたが母の血を引く限り――その罪もまた、受け継がれている。」
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セリアが一歩前に出た。
「ならば、どうすれば償える? 我々が何をすれば――」
「償う? 簡単よ。」
鏡のリィナの唇が、悲しげに笑った。
「“世界を一つに戻す”。
だが、そのためには片方を――滅ぼさなければならない。」
静寂が、時間を切り裂いた。
アルヴェインの胸に重くのしかかる言葉。
“どちらかが滅ぶしかない”――それは、彼の誇りを根こそぎ奪う呪いだった。
「……俺は、どちらも救う。」
「不可能よ。」
「不可能でも、母上はそうしてきた!」
怒りのままに剣を抜くアルヴェイン。
しかし、鏡の女王も手を掲げた。
空間が震え、二つの光が交錯する。
白と黒、二つのリィナの血脈が、時空を超えて激突した。
剣が閃き、世界が裂ける。
その一瞬、アルヴェインの瞳に“母の面影”が映った。
――『アル、やめて。彼女は私なの。』
母の声。
かつて消えたあの光が、心に流れ込む。
刃が止まり、アルヴェインは地に膝をついた。
「……母上……?」
「ええ、聞こえる?」
鏡のリィナが微笑んだ。
「私はあなたの母でもある。
――だって、“創世”は一つだったのだから。」
彼女の背後、崩れかけた空間から、無数の光球が舞い上がる。
それは魂。かつて凍りついた命たちが、光に還っていく瞬間だった。
「さあ、アルヴェイン。
選びなさい。
世界を一つにするのか、それとも――全てを失うのか。」
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門の彼方では、現実世界の空が裂け始めていた。
異界の光が流れ込み、二つの大陸が“融合”を始めている。
どちらの世界も生き残る道は、もう残されていなかった。
セリアが叫ぶ。
「陛下――!」
アルヴェインは剣を握りしめたまま、目を閉じた。
――母上、俺はもう迷わない。
――この命が消えても、どちらの世界も……守る。
剣が再び光を放ち、門の中心へと突き立てられた。
世界が揺らぎ、空が白く燃え上がる。
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次の瞬間、
門は崩壊し、全てが光に包まれた。
彼が選んだ“答え”は、まだ誰にも知られていなかった。
次回も楽しみに




