異界決戦 ― リィナ・クロニクルIII ―
前回までのリィナは?
第三章 虚神の胎動
夜明けは訪れなかった。
黒い雲が空を覆い、光の筋がひと欠片も地上に届かない。世界はまるで、永遠の黄昏に閉ざされたかのようだった。
リィナは崩壊した都〈エル・ヴァリス〉の中央で、剣を杖のように突き立て、息を整えていた。
周囲には異形の残骸が積み重なっている。
だが、その奥――街の地下に眠る「虚神核」が脈動を強めていた。
それはかつて神々が封印した“禁じられた心臓”。世界を創る力と、同時に滅ぼす力を内包したもの。
「……また、動き始めた」
リィナの声が震える。
地の底から響くのは、まるで誰かの胎動のような音――ドクン、ドクン、と。
地面が微かにうねり、周囲の魔力が渦を巻く。
その時、背後に黒い影が立った。
振り返るより早く、冷たい刃がリィナの頬を掠めた。
剣を構えて飛び退く。黒衣の男――カインがそこにいた。
彼の体からは黒い霧が漏れ出し、瞳の奥にはかつての仲間だった頃の優しさなど、一片も残っていなかった。
「ようやく会えたな、リィナ。お前が“虚神”の器だと知ったときは、皮肉に笑うしかなかったよ」
「……カイン。あの日、あなたはなぜ私たちを裏切ったの?」
「裏切り? 違う。俺は選んだんだ。この腐りきった神の世界を終わらせることをな」
カインの手の中で、黒い紋章が燃える。
その中心に、淡い赤光――虚神の心臓の欠片が脈打っていた。
リィナの胸にも、同じ色の光が反応する。星核〈セレス・コア〉が共鳴していた。
「……まさか、あなたも“星の継承者”だったの?」
「そうだ。俺とお前、二つで一つ。神が造った“創造と破壊”の双極だ。
リィナ、お前が光なら、俺は闇になるしかなかった」
その言葉と同時に、地面が裂け、地下から黒い柱が噴き出す。
柱の内部には、無数の目を持つ巨大な影――虚神〈アトラ=オメガ〉が胎動していた。
まるでこの世界そのものが、異界へと生まれ変わろうとしているようだった。
リィナは咄嗟に魔力を解き放ち、蒼い光で柱を押さえ込む。だが虚神の力はそれを凌駕し、押し返してくる。
空が割れ、雷鳴が落ち、周囲の建物が次々と崩壊していく。
カインはその中心で、静かに笑った。
「見ろ、リィナ。これが神々の末路だ。祈りも秩序も、何の意味もない。――滅びこそが、救いなんだ!」
「違う! 滅びの先に、何も残らない! あなたが信じた“救い”は、ただの無だ!」
叫びと共に、リィナの背中から光の翼が広がる。
星核の力が臨界を超え、彼女の体を純白の炎が包む。
その姿はまるで、神話の再現――“再誕の女神”と呼ばれた存在そのものだった。
光と闇が衝突した。
雷鳴のような衝撃音が響き、世界が震えた。
二人の剣がぶつかり合うたびに、空の裂け目が広がっていく。
そこから覗くのは、無数の星々が逆流する異界の夜空。現実と虚無の境界が、ひとつになろうとしていた。
――その時。
リィナの耳に、かすかな声が届いた。
遠い昔、亡き師アリュスが残した言葉。
「リィナ……創造の力は、愛する者を護るために使え」
その瞬間、彼女の瞳に決意の光が宿った。
リィナは剣を握り直し、虚神の胎動を断ち切るべく、最後の力を解放した。
「アトラ=オメガ――お前の世界は、ここで終わる!」
蒼白の閃光が爆発する。
カインの叫びと共に、世界が白く塗り潰された――。
次回も楽しみに




