異界決戦 ― リィナ・クロニクルIII ―
前回までのリィナは?
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第一章 裂ける空
夜は静かだった。
風もなく、月も雲に隠れ、まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。
王都エルディア。
再建された白き城壁の上で、リィナはただ一人、空を見上げていた。
彼女の髪は風に揺れ、青銀の鎧に月光が微かに反射している。
十年前、あの戦いで女神の支配を断ち切って以来、
彼女はこの王国の象徴であり、誰よりも“人として”の誇りを背負ってきた。
だが、その夜――
空が、音を立てて「裂けた」。
最初は一筋の光の線だった。
稲妻にも似ていたが、そこには雷鳴がない。
音もなく、しかし確実に空が割れていく。
リィナの隣に控えていた騎士団長カイルが声を上げた。
「魔導異常発生! 北天に裂け目……次元の干渉反応です!」
「まさか……虚界の“門”が……」
リィナの表情が一瞬、凍りつく。
虚界――女神が封じたとされる、世界の外側。
生と死、光と闇の区別すら曖昧な、失われた次元。
そこから何かが“こちら側”に来ようとしていた。
やがて、裂け目の縁が発光し始めた。
空気が震え、風が逆流する。
街の灯が揺れ、建物の屋根を走る猫が怯えたように鳴いた。
――パキィィン!
まるでガラスを叩き割るような音と共に、
空の一部が砕け落ちる。
そこからあふれ出したのは、光ではなく“闇”だった。
黒でも灰でもない。
見る者の心を削るような、存在を拒絶する色。
その闇が王都の上空を覆い始めた。
「リィナ様! 魔力波が急上昇しています!」
「防御陣を展開しなさい! 市民を避難させて――!」
リィナは即座に命令を下す。
彼女の声は震えていない。
だが、内心では理解していた。
――これは、十年前に終わらせたはずの戦いの“続き”だと。
天を覆う闇の中に、ひとつの“輪”が形成される。
それは門だった。
巨大な黒の環が回転しながら、ゆっくりと地上に向けて開いていく。
中心から淡い白光が漏れ、まるで誰かが覗き込んでいるかのように、向こう側の空が歪んで見えた。
「……誰だ?」
リィナが呟いた瞬間、声が響いた。
「――我らは“もう一つの世界”。
かつて神に滅ぼされた、人の系譜。」
それは若い男の声だった。
静かでありながら、世界そのものを震わせるほどの圧を持つ。
姿が、門の奥からゆっくりと現れる。
長い銀髪、光を吸い込むような瞳。
白と黒が交差した衣――虚界の王、アル=ゼイン。
「リィナ・クロニクル。
君は神を殺したと聞いた。
ならば、次は――世界を殺そう。」
その言葉に、リィナの背筋が凍る。
「あなたたちは……何者?」
「僕らは“拒絶された創造”。
この宇宙の裏側で、神の失敗作として葬られた者たちさ。」
アル=ゼインの手がゆっくりと上がる。
その掌から、黒い粒子が舞い上がる。
それはやがて影の獣の形をとり、夜空を駆け抜けた。
咆哮が響く。
闇の獣たちが、王都の防壁を越えて雪崩れ込んだ。
「全軍、迎撃態勢!」
リィナは剣を抜く。
刃先が光を放ち、夜の闇を切り裂く。
「この世界を、もう二度と奪わせはしない!」
彼女の背後で、王国の旗が風に翻る。
それは、戦いの始まりの合図だった。
カイルが叫ぶ。
「リィナ様! 女神教団の残党が反応しています!」
「教団……? まだ生きていたの?」
「はい! 彼らが門を開いた可能性が!」
リィナの心が鋭く疼いた。
――また、あの“女神”の影か。
闇の中、アル=ゼインがゆっくりと笑う。
「君たちはまだ気づいていない。
神を殺しても、神の“意志”はこの世界に残っている。」
その時、空の裂け目がさらに広がった。
無数の光の柱が降り注ぎ、王都の空を貫く。
「……始まってしまった。」
リィナは呟き、剣を握りしめた。
「もう逃げない。女神でも、虚界でも、世界の理でも――」
――「私は、リィナ・クロニクルだ!」
その叫びは夜空を震わせ、闇の軍勢を押し返すほどの光となった。
世界が再び裂ける音。
戦いの時代が、再び幕を開ける。
かつて、女神の掌を逃れた者。
今、世界の“外”と対峙する――。
リィナの新たなる戦いは、ここから始まった。
次回も楽しみに




