彼方の記憶 ― 再誕する女神 ―
前回までのゼロは?
──夢を見ていた。
世界が崩れ落ちる夢。
空が裏返り、星が血を流し、人々が“名もなき光”に呑まれていく夢だった。
リィナは目を覚ました。
だが、そこに広がる光景は――夢とほとんど変わらなかった。
灰色の空。
瓦礫と化した王都。
そして、静まり返った神殿の中。
「……ここは……?」
声を発した途端、頭の奥で鈍い痛みが走る。
次の瞬間、彼女の脳裏に“誰かの記憶”が流れ込んできた。
それは、彼女がまだ「第21王子」と呼ばれていた頃のもの。
剣を握り、仲間を失い、そして――“女神”を封じた、あの最後の瞬間。
『お前は私の半身。滅びゆくこの世界で、唯一私を理解した者。
だからこそ――私が再び目覚めるとき、お前もまた目覚めるのだ。』
「……まさか、あの時の言葉が……」
リィナは蒼白になった。
足元には崩れた祭壇。
その中央に、黒い繭のようなものが鼓動していた。
中から微かに聞こえる女の声。
『リィナ……迎えに来て。私を拒んだ罰を、今こそ果たしましょう……』
リィナは一歩、後ずさる。
だが、足がすくむような恐怖と共に、胸の奥で別の感情が疼いた。
それは懐かしさ。
そして――罪悪感。
彼女は知っていた。
女神は完全な悪ではなかった。
かつて、リィナ(王子)と心を通わせ、共に世界を救おうとした存在だったのだ。
だが、二人は決裂した。
「人の自由を信じた者」と「秩序を守るために世界を支配しようとした者」。
その選択の果てに、リィナは剣を振るい、女神を封じた。
──それが今、再び目を覚まそうとしている。
「……あなたを止めなきゃ。でも、今度は……」
リィナはそっと剣を抜く。
だがその刃は、震えていた。
迷い、そして哀しみに満ちて。
そのとき、背後から声がした。
「リィナ、やはりここにいたか」
振り返ると、カイルが立っていた。
彼の鎧は砕け、傷だらけ。それでも、その眼光は消えていない。
「虚界の門を閉じたはずなのに……なぜ、また?」
「門は閉じた。でも、“鍵”は残っていた。――それがリィナ、お前だ」
リィナは唇を噛む。
「私の中に、まだ“女神”が……?」
「ああ。お前の魂と、彼女の魂は重なっている。
もはや一方が滅べば、もう一方も消える運命だ」
二人の間に、沈黙が流れた。
やがて、繭が裂ける音が響く。
黒い霧が広がり、光が弾け――その中から、かつての“女神”が現れた。
その姿は、記憶の中の彼女とは違っていた。
冷たく、哀しげで、どこか人間的な面影を残している。
「リィナ……私を封じたあなたが、なぜ涙を流すのです?」
「……あなたを殺したくなかった。ただ、あの時は、それしか――」
「いいえ。あなたは正しかった。だから私は、この世界をもう一度選び直す」
彼女は微笑んだ。
だがその微笑みは、慈愛ではなく――決意のものだった。
「世界は再生されるべきです。
神々でもなく、人間でもなく、“あなた”の手によって」
リィナの胸に、熱い光が流れ込む。
魂が震える。
女神と自分の境界が、ゆっくりと溶けていく。
「……これが、あなたの願い?」
「ええ。そして、あなたの罰でもあるのです」
世界が再び光に包まれた。
その光の中で、リィナと女神の影は重なり、ひとつになった。
やがて、夜明けが来た。
灰色だった空が、初めて黄金色に染まる。
人々はその光を“再誕”と呼んだ。
だが誰も知らない。
その光の中心で、リィナが最後に呟いた言葉を。
「……なら、もう一度……あなたと世界を創ろう……」
次回も楽しみに




