外伝 ―「銀の月の約束」―
前回までの王子は?
王国再建から十余年。
夜の王都は静まり返り、月だけが薄く照らしていた。
城の裏庭にひとりの女性が立っていた。彼女の名はセレナ。かつて第21王子の許嫁として仕えた少女であり、今は王妃と呼ばれる存在だった。
だがその瞳には、王妃としての誇りよりも、ある後悔の影が揺れている。
――あの時、彼を止められたなら。
十年前、王子が最後の戦いへと赴く前夜。セレナは彼の背を見送るしかなかった。
その背は、運命に導かれるように遠ざかり、二度と戻らないような予感に満ちていた。
月明かりの下、彼女は手にした銀のペンダントを握りしめる。
それは、王子が戦地に旅立つ前に彼女へ渡したもの――
「これが俺の帰り道になる。だから、信じて待っていてくれ。」
そう言って笑った、あの日の声がまだ耳に残っていた。
そのとき、背後から小さな足音がした。
振り返ると、そこにはひとりの少女が立っていた。
「お母さま、またそのお守りを?」
「ええ……この光を見ると、彼の声が聞こえるの。」
少女の名はリィナ。王子とセレナの娘である。
母に似た柔らかな金の髪、そして父譲りの深い蒼の瞳を持つ。
彼女はまだ十歳にも満たないが、その目には不思議な強さが宿っていた。
「ねぇ、お母さま。わたし、夢を見たの。」
「夢?」
「お父さまが、あの丘の上で誰かと話していた。
“次の世代に託す”って……そう言って、わたしの名前を呼んだの。」
セレナの胸が熱くなる。
夢の中で、彼が娘に何かを伝えたのだろうか――いや、もしかすると、この月夜こそが繋がりの証なのかもしれない。
「リィナ……あなたは、お父さまの願いを継ぐのよ。」
「わたしが……?」
「ええ。彼のように、誰かを守る強さを持って。
でも、あの人のようにすべてを犠牲にすることはしないで。
あなたには、あなたの道があるから。」
少女は静かにうなずく。
そして二人は、夜空に浮かぶ銀の月を見上げた。
その瞬間、ペンダントが淡く輝いた。
まるで彼が、遠い空の向こうから見守っているかのように。
セレナは微笑み、リィナの肩を抱き寄せた。
「――きっとまた、巡り逢えるわ。運命の輪が途切れぬ限り。」
そして夜風が吹き抜け、庭の花々が月光を浴びて揺れる。
その中に、確かにひとつの声が響いた。
『……ありがとう。俺の愛しい人たちへ――』
この外伝「銀の月の約束」は、本編の後日譚として描いた静かな余韻の物語です。
戦いと喪失の果てに残された者たちの“祈り”と“再生”をテーマにしました。
セレナとリィナの母娘の姿は、王子の「未来を託す」という願いの具現でもあります。
運命やループの輪が再び回るとき、きっとこの母娘が新たな光をもたらす――
そんな希望を込めて筆を置きました。




