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異世界転生したら第21王子だったけど、許嫁も侍女も姫も俺に夢中で嫉妬の嵐 モテすぎて部屋に引きこもってます  作者: マーたん


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裂かれる絆

王国の歴史は、栄光と裏切りの連続であった。

玉座に座る者が必ずしも幸福ではなく、血を継ぐ者が必ずしも王にふさわしいわけではない。


本作は――「妾の子」と呼ばれ、誰にも認められぬまま王となった男の最期の記録である。

母の愛と犠牲、そして彼自身の涙が、やがて王国を変える灯火となる。


血に汚れた玉座にこそ、真の慈悲が宿る。

これは、そんな“人としての王”の物語。

裂かれる絆 ― 裏切りの影


影の誕生


 アストレア王国の夜は、いつも冷たい風が吹く。

 王城の最も奥、誰も近づかぬ離れ屋敷――そこに、一人の女が密かに産声を聞いた。


 「おめでとうございます、レナ妃殿下……男の子でございます」


 血の気を失った顔の女が、力なく微笑んだ。

 彼女の名はレナ。王アドリアンの側妾である。

 その腕の中に抱かれた小さな命は、まぎれもなく王の血を引いていた。だが、この子は王の正妃エレナにとって“許されざる存在”であった。


 「……この子には、ルシアンと名をつけましょう」


 レナの声は震えていた。喜びと、恐怖のせいだった。

 王は数度しかこの離れを訪れぬ。だが一度だけ、あの人の目に優しさが宿ったことを、レナは忘れていなかった。


 そのとき生まれたのが、この子だった。



 月日は流れた。

 七年の歳月が経ち、王城の中庭には二人の少年が並んで立っていた。


 一人は、金髪を持ち堂々たる立ち姿の王太子レオニード。

 もう一人は、影のように静かな黒髪の少年――ルシアン。


 「お前は……また、ここに来たのか」


 兄の声は冷たかった。

 だがルシアンは、どこか誇らしげに微笑んだ。


 「兄上の剣の稽古を、見せていただけませんか」


 「見せる? お前が? ……妾腹のくせに、王族の剣を見ようなどと」


 レオニードの瞳に、燃えるような憎悪が宿る。

 ルシアンはただ黙って、それを受け止めるように視線を伏せた。


 兄弟――。

 だがこの王城では、二人を兄弟と呼ぶ者はいなかった。

 正妃エレナは、王の愛妾レナを忌み嫌い、彼女の子であるルシアンを存在ごと消し去ろうとしていた。



 その夜、レナの居室に一人の影が忍び込んだ。


 「……お前、ここにいては危険だ」


 現れたのは老宰相ヴァルド。

 長年王に仕えてきた忠臣でありながら、裏ではエレナ派の密偵とも噂される男だった。


 「なぜ……危険と?」


 レナは怯えたように問う。

 ヴァルドの目は冷たく光った。


 「正妃様が動かれた。お前とその子を……“王家の名を汚す存在”として、排除なさるおつもりだ」


 レナの顔が蒼白になった。


 「そんな……陛下は、止めてくださるはず……!」


 「陛下は病床にあられる。もう、この国を守る力はない」


 レナは震える手でルシアンを抱き寄せた。

 小さな身体が、母の胸の鼓動に怯えている。


 「この子だけは……お願いです、ルシアンだけは……」


 ヴァルドは冷たく微笑んだ。


 「陛下のご命令であれば、私は逆らえません。だが……この子が“消えた”と報告すれば、誰も探しはしないでしょう」


 「……どういう意味です?」


 「この子を……遠く北の国境へ逃がしなさい。身分も名も捨てて」


 その夜、レナは涙を流しながら小さな包みを背に抱き、城を抜け出した。

 冷たい雪が、母子の足跡を覆い隠していった。


裏切りの影


 十年後――。


 雪深き辺境の村で、一人の青年が剣を振っていた。

 黒髪の青年、ルシアン。

 母を亡くして三年、彼は生きる術を剣に求めていた。


 「――この剣で、俺は何を斬るのだろう」


 彼の心には、いつもあの王城の影があった。

 兄レオニード、正妃エレナ、そして父王。

 彼らの裏切りと沈黙が、母の命を奪ったのだ。


 復讐――。

 その言葉を、彼はまだ口にできなかった。

 だが心の奥では、燃え上がる憎しみが確かに息づいていた。



 ある日、国境の砦を訪れた王の使者が、彼の運命を変える。


 「そなたが……ルシアン、というのか」


 「はい。何か御用で?」


 「王都に戻れ。王が崩御された。次の王は……レオニード殿下だ。お前を、王の側近として召し抱えるとの命だ」


 ルシアンの手が震えた。

 兄が……自分を、呼び戻した?

 なぜ今になって――?


 答えを探す間もなく、彼は再び王都へと戻る。

 だがそこに待っていたのは、絆の再生ではなかった。

 それは、血に塗れた裏切りの夜明けだった――。


王宮再会 ― 裏切りの晩餐


 王都アストレアは、十年前と変わらぬ華やかさを保っていた。

 だが、ルシアンの目にはその光景がどこか遠く、幻のように見えた。


 彼が戻ったのは、母が命を落としたあの城――。

 雪の日に逃げ出した離れ屋敷は今、荒れ果て、蔦に覆われている。

 石壁に手を触れたルシアンは、胸の奥に冷たい痛みを覚えた。


 「……母上。俺は、帰ってきました」


 呟きは風に消えた。


 やがて近衛兵に案内され、王の謁見の間へと通される。

 広大な玉座の間――そこにいたのは、堂々と立つ一人の青年。

 かつての兄、今は第二十一代アストレア王・レオニード。


 金の髪が燦然と輝き、白い軍衣には新王の紋章が刻まれている。

 その目が、ルシアンを見た。


 「……久しいな、ルシアン」


 「兄上……」


 十年の時が流れても、その声音は変わっていなかった。

 だが、そこに宿る情は違う。

 兄の微笑には、まるで計算された優しさがあった。


 「遠くで鍛えられたそうだな。剣の腕も評判だ」


 「はい。生きるために、必要でした」


 「生きるために……か。いい言葉だ」


 王は近づき、そっと肩に手を置いた。

 その手の重さに、ルシアンの心がざらつく。


 「お前を側近に迎えたい。私の右腕として、国を導いてくれ」


 「……なぜ、私を?」


 レオニードの瞳がわずかに光る。


 「血だよ、ルシアン。お前は王の血を引く。たとえ妾腹でも、血は裏切らん」


 その言葉の裏に、冷たい毒を感じた。

 兄は“血”しか見ていない。

 そこに“弟”としての情など、微塵もない。



 その夜――城中で「新王即位の晩餐会」が開かれた。


 黄金の燭台が並び、音楽と笑いが絶えない。

 だが、ルシアンの耳に届くのは、剣を抜く音の幻だった。

 背後に刺さる貴族たちの視線。

 「妾の子が戻った」と噂しながら、誰も真正面から彼を見ようとしない。


 やがて王が杯を掲げた。


 「今宵、我が弟ルシアンの帰還を祝う!」


 歓声があがる。

 だがルシアンの胸の奥では、冷たい違和感が膨れ上がっていた。


 ――兄が、なぜここまで俺を持ち上げる?


 答えはすぐに訪れる。

 乾杯のあと、王の侍女が静かに耳打ちした。


 「殿下、陛下が密談を望まれています。王の私室へ」


 ルシアンは頷き、薄暗い回廊を歩いた。

 王の私室に入ると、レオニードが椅子に座り、地図を広げていた。


 「来たか、ルシアン。――これを見ろ」


 そこには、隣国ノーザリアとの国境線が赤く引かれていた。


 「我らの国境を守る北部隊……そこに裏切り者がいる」


 「裏切り者?」


 「そうだ。父の死にも関わったやもしれぬ。……だが、証拠がない」


 兄は目を細めた。


 「お前に行ってもらいたい。裏切り者を探り、そして――斬れ」


 「……俺が、ですか」


 「お前だけが信じられる。王族の血を継ぎながら、誰の派閥にも属さぬ者」


 その言葉を信じたかった。

 だが、胸の奥に沈んだ影は囁く。


 ――兄は俺を“捨て駒”に使うつもりではないか。



 その夜、寝台に戻ると、一枚の小さな紙が枕元に置かれていた。

 誰も知らぬはずの母の筆跡。


 《この城を信じるな。レオニードに気をつけよ。母より》


 震える指でその文字をなぞったとき、遠くで鐘が鳴り響いた。

 深夜の鐘――それは、王城で血が流れる合図。


 ルシアンが扉を開けた瞬間、廊下を駆け抜ける影があった。

 兵たちの叫び声、剣が交わる音。


 「――王が! 王が刺された!」


 瞬間、時が止まった。

 ルシアンは走った。

 血の匂いが充満する王の寝所へ――。


 そこに倒れていたのは、兄レオニード。

 胸に深く刃を受け、赤い血が床を染めている。


 そして、その傍らで剣を握っていたのは――ルシアン自身だった。


 彼の手に、いつの間にか血塗られた剣が握られていたのだ。


 「……な、何故……? 俺じゃ……ない……!」


 だが兵たちは聞かない。

 「裏切り者ルシアンが、王を刺したぞ!」

 怒号が響く。


 罠だった。

 最初からすべて――兄の仕組んだ。


 ルシアンが捕らえられる直前、レオニードの唇がわずかに動いた。

 かすかな笑み。


 「……弟よ。お前は……私の“影”だ」


 その言葉を最後に、王は息絶えた。



 月光の下で、ルシアンは鎖に繋がれ、牢に落とされた。

 母の手紙を握り締めながら、彼は静かに誓う。


 「兄上……。あなたの“影”では終わらない。――俺は必ず、真実を暴く」


 そして、牢の奥から一人の女が現れる。

 黒いヴェールをまとい、紅の瞳を持つ謎の女。


 「ルシアン殿下……。あなたを救いに来ました」


 「誰だ……?」


 「ノーザリアの密使。――あなたの“血の秘密”を知る者です」


 運命の歯車が、静かに回り始めた。

 兄の死と、母の遺言、そして“妾の子”としての宿命。


 ルシアンの物語は、まだ終わらない。

 これから始まるのは――王家を呪う真の裏切りの物語だった。


血の証明 ― 闇よりの使者


 夜明け前の王城は、まるで世界が息を潜めているかのように静まり返っていた。

 地下牢の鉄格子は冷たく、朝霧が染みるような湿気が漂う。

 その中で、ルシアンは両手を鎖で繋がれたまま、石壁にもたれていた。


 兄を殺した――そう告げられてから、まだ一晩しか経っていない。

 だが、彼にとっては永遠にも等しい時間だった。


 思考を繰り返しても、どうしても答えが出ない。

 剣を握っていたのは確かに自分。

 けれど、あの瞬間、記憶が断ち切られていた。

 まるで“誰かの手”に導かれたように。


 (女神……なのか? それとも――)


 そのとき、静寂を裂く足音が響いた。

 ゆっくりと、牢の奥へ進む影。

 灯りの中に現れたのは、昨夜現れた黒衣の女だった。


 「……また会いましたね、殿下」


 ヴェールの下から、艶やかな声が漏れた。

 黒髪をまとめ、紅い瞳が闇を射抜く。

 その姿は、どこか神聖でありながら、底知れぬ魔を孕んでいる。


 「お前は……ノーザリアの密使とか言っていたな」


 「はい。私はリシェル。

 ――あなたの母上、セリア妃の“影の契約者”でもあります」


 その名を聞いた瞬間、ルシアンの心臓が跳ねた。


 「母の……契約者?」


 リシェルはゆっくりと頷いた。

 「セリア様は、命を落とす前に一つの“血の契約”を交わしておられました。

  王家の呪いに抗うため、そして――真なる王の血を守るために」


 「真なる……王の血?」


 「ええ。あなたこそが、その“正統なる継承者”。

  王レオニード殿下は、神の血を僭称した“偽王”なのです」


 「……なんだと?」


 リシェルは腰の短剣で、自らの掌を切った。

 滴る血が赤く光り、宙に紋章を描く。

 瞬間、牢の鉄格子が淡く震え、静かに開いた。


 「母上の契約が、あなたを守っています。

  ――立ってください、ルシアン殿下。

  あなたの戦いは、今から始まるのです」


 鉄が軋む音を背に、ルシアンは立ち上がった。

 身体に流れる血が、熱く脈打つ。

 それは恐怖ではなかった。むしろ、確信。


 (母は、俺を捨ててなどいなかった……)



 脱出の夜。

 リシェルの導きで、二人は王都の下水道を抜ける。

 腐臭と湿気の中を進みながら、リシェルは口を開いた。


 「あなたの兄、レオニードは“女神の寵愛”を受けた者。

  だが、その力は真の加護ではなく、“契約の対価”でした」


 「契約?」


 「女神はこの世界の均衡を保つ存在。

  だが、彼女は――“人の王を愛した”のです。

  その愚かしい愛の果てに、神の法を犯し、己の力を封じられました。

  その力を再び得るために、彼女は人間の王に魂を分け与えた。

  それが……あなたの兄」


 ルシアンの喉が鳴った。

 「じゃあ、兄は……人の皮を被った神の器、か」


 「そう。

  あなたが生まれた時、女神の均衡は崩れた。

  本来なら“王は一人”。

  ――あなたの存在は、神にとっての“異物”だったのです」


 闇の中で、リシェルの紅い瞳が光る。


 「それでも、セリア様はあなたを生かした。

  血の契約をもって、あなたに“抗神の力”を継がせた。

  ゆえに、あなたはこの世界で唯一――

  “女神を殺せる者”なのです」


 静寂が落ちた。

 湿った空気の中、ルシアンの心に雷が落ちたような感覚が走る。


 「……女神を、殺せる?」


 「はい。そしてそれこそが、あなたの宿命」



 やがて夜明けが訪れ、地上へ出たとき――

 遠くの城壁が炎に包まれていた。

 王の死をきっかけに、貴族たちは分裂し、反乱が始まっていたのだ。


 「見なさい、殿下。これが神の支配の果て。

  あなたが立たなければ、この国は滅びます」


 「……俺が、立つ?」


 「そう。

  母の血を継ぐ者として。

  そして、兄の影を超える者として」


 リシェルは微笑んだ。

 その表情には冷たさと、わずかな悲しみがあった。


 「この旅は血で染まるでしょう。

  けれど、それでも――生きて、真実を掴んでください」


 彼女の手がルシアンの頬に触れる。

 その温もりの中に、彼は初めて“孤独ではない”と感じた。


 「……分かった。

  俺はもう逃げない。母のためにも、国のためにも」


 風が吹く。夜明けの光が二人を照らした。


 ルシアンは剣を抜き、静かに誓う。


 「――この血で、全てを証明する」


反逆の剣 ― 王国分裂戦記


 その夜、王都リゼリアは紅蓮に包まれていた。

 城下を流れる大運河が炎を映し、まるで血の川のように揺らめく。

 王の死の報が流れたのは、まだ日が昇る前。

 だが数刻も経たぬうちに、王都の各地では「新王派」と「反王派」が激突していた。


 誰もが混乱していた。

 だがただ一人、ルシアンだけは、冷たくその混乱を見つめていた。


 「……これが、女神の支配の果てか」


 彼の隣で、黒衣のリシェルが低く呟く。

 「はい。女神の力は今、あなたの兄――レオニードの遺児に宿っています。

  王家を継ぐとされた“聖子”エルンストは、神の器に選ばれたのです」


 「聖子……。つまり、次の女神の傀儡ってことだな」


 「その通り。彼を討てば、女神の結界が一つ消える。

  あなたの旅の第一歩は、ここから始まります」


 リシェルの紅の瞳が闇に揺れた。

 ルシアンは拳を握る。胸の奥で、母の面影が脈打つ。


 「母上……俺はもう逃げません。

  この国を、あなたが守ろうとした形に戻す」



◆ 地下組織〈影盟〉


 王都北端の古い修道院。

 そこが、ルシアンが身を寄せる〈影盟〉の隠れ家だった。


 「――ルシアン殿下、お戻りを!」

 扉を開けたのは、獣族の戦士ラガン。

 片目を失った狼男であり、かつては王都衛兵隊の隊長だった男だ。


 「状況は?」


 「新王派が王城を完全に掌握しました。

  王妃派の貴族たちは城下から逃亡し、各地で小競り合いが発生しています。

  ですが……」


 「だが?」


 「聖子エルンストの傍らに、“神の代行者”を名乗る女が現れました」


 ルシアンの背筋が粟立つ。

 「……女神の使徒か」


 リシェルが静かに頷く。

 「名は“リュミナ”。

  神の巫女であり、女神がこの世に残した最初の“影”です。

  彼女は今、神聖魔導軍を率いています」


 「なら、王都を奪還するには――その巫女を倒すしかないな」


 「はい。ですが彼女は、女神の加護によって再生します。

  斬っても、焼いても、死なない」


 「……そんな相手をどうやって倒せと?」


 「“神殺しの血”を使うのです」


 そう言ってリシェルは、黒い小瓶を差し出した。

 中には、紅い光を宿した液体がゆらめいていた。


 「これはあなたの母、セリア様の“最後の血”。

  これを剣に浴びせれば、どんな加護も無効化されます」


 ルシアンは瓶を握りしめた。

 掌の熱が、血の封印を震わせる。


 「母上……見ていてください。

  俺はこの手で、女神を終わらせる」



◆ 王都奪還作戦 ― 夜明けの襲撃


 夜明け前。霧が立ち込める街道に、〈影盟〉の戦士たちが整列していた。

 ラガン率いる獣族戦士たち、

 魔法師団の残党、

 そして“神に見捨てられた者たち”――罪人や傭兵までもが、ルシアンのもとに集っていた。


 「俺たちは神の敵と呼ばれている。

  だが違う。俺たちは――人間として生きる自由を奪われた者たちだ」


 ルシアンの声が夜を裂いた。

 「女神に支配され、血を操られ、運命を決められて生きること。

  それを『祝福』と呼ぶのか?

  ――俺たちは今日、それを終わらせる!」


 ときの声があがった。

 霧の向こう、城壁が姿を現す。

 神聖魔導軍の旗が翻り、聖子エルンストの紋章が月光に輝いていた。


 「全軍、進軍!」


 雷鳴のように地が揺れた。

 獣族が突撃し、魔導兵の火線が交錯する。

 炎と氷がぶつかり、石畳を砕く。


 ルシアンは最前線へ駆け出した。

 剣を抜き放ち、母の血をその刃に塗る。

 光が走り、剣が血紅に染まった。


 「――リュミナ! 出てこい!」


 城門の奥から、純白の光が立ち上がった。

 現れたのは、神の巫女リュミナ。

 黄金の髪を揺らし、神剣を掲げる。


 「反逆者ルシアン。あなたの存在は罪そのもの。

  神の秩序に背く者は、ここで滅びなさい」


 「滅ぶのはお前だ。女神の影よ!」


 二人の剣が激突した。

 光と闇が交錯し、空が裂ける。

 その一撃が、王国の未来を決める――。



◆ 終幕 ― 炎の中の誓い


 戦いは三日三晩続いた。

 〈影盟〉は壊滅寸前。

 リシェルも深手を負い、血を吐きながらルシアンの背を押す。


 「……行ってください。女神は、この先にいます」


 「お前を置いていけるか!」


 「私は影です。あなたの光が、未来を照らす」


 リシェルの微笑が、炎の中に溶けていった。

 ルシアンは剣を握りしめ、燃え上がる神殿の階段を駆け上がる。


 「――女神ァッ!」


 天を裂くような咆哮。

 光が降り注ぎ、女神の姿が現れた。


 「ようやく来たのね、ルシアン。

  あなたは私の愛から生まれた子。

  どうして憎むの?」


 「お前が奪ったんだ! 母を! 国を! 運命を!」


 「それでも、あなたは私を愛していたはずよ」


 「――その愛が、地獄を作った!」


 血の剣が、光を裂いた。

 そして、女神の悲鳴が夜空に消えた。


 ― 王の涙、妾の祈り ―


王城の夜は静かだった。

だが、その静けさの裏で、いくつもの心が泣いていた。


第21王子――今は若き王となった彼は、妾の子として蔑まれ、裏切りと血の中を生き抜いてきた。

正妃の子らが権力を求めて互いに爪を立て合う中、ただ一人、彼だけが「誰も殺したくない」と願い続けた。


しかし、その願いを叶えるには、あまりにも多くの代償が必要だった。


夜明け前の王の間。

彼の前には、母――かつて「妾」と呼ばれ、誰からも正妃と認められなかった女が静かに倒れていた。

毒。

それは王の命を狙った杯に仕込まれたもの。

母は息子を庇い、笑いながらそれを飲み干したのだった。


「……どうして、そんなことを」

彼は血の気を失いながら母の身体を抱きしめる。


女は、かすれた声で微笑んだ。

「あなたは……光の子。だから……闇を抱かないで」


その言葉を最後に、女は静かに息を引き取った。


――あの日、王子は王になった。

だが同時に、一人の息子としての心を失った。


それから数年、彼は母の墓の前で一度も涙を見せなかった。

民には慈悲を、罪人には赦しを。

まるで母の祈りを受け継ぐように、静かな統治を続けた。


だが、ある年の春、王国の広場で歌姫が現れた。

その声に、亡き母の面影が宿っていた。

声を聞いた瞬間、王はついに泣いた。

王としてではなく、一人の息子として。


涙は尽きることなく流れ、王の頬を伝い、やがて大地に落ちた。

その日、王都の空は金色に染まり、長く続いた戦乱の記憶がようやく薄れていった。


母が願った「光の子」は、確かにそこに生きていた。


そして王は、母の墓前に花を捧げ、静かに呟く。

「母上……あなたが残した優しさが、王国を導いています。どうか、見ていてください」


その背後には、未来の王子――彼の息子が立っていた。

少年の瞳にもまた、同じ優しさが宿っていた。


王はその小さな手を握り、こう言った。


「王とは、誰よりも先に泣ける者のことだ」


――その言葉が、後の世まで伝わる「光の王」の教えとなった。

王の物語は、戦いや復讐では終わらなかった。

彼が最後に見せた「涙」は、母の祈りが生き続けていた証。


彼の治世はやがて「光の時代」と呼ばれ、

その慈悲は未来の王たちに“人を裁く前に心を見よ”という教えを残した。


母を失った少年が、母の祈りと共に王となり、

その涙が王国の礎を築いた――。


血の運命に逆らい、愛で歴史を変えた一人の王の物語は、

この世に“優しさこそ真の力”であると刻み込んだ。


次の世代がその涙の意味を知るとき、

再びこの王国に、新たな光がともるだろう。

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