未来が見える少女
未来を見る力を持つ少女。しかし、その力ゆえに売られ、商品として扱われてしまいます。彼女が選び取った先は、本当に救いか、それとも新たな苦難の始まりなのか――。
市の片隅にて
夕暮れの市はざわめいていた。荷馬車が軋み、商人の声が飛び交い、干された肉や布切れが並ぶ。
その人混みの片隅に、ひとりの少女が立たされていた。
年は十にも満たぬほど。髪はぼさぼさで、痩せた手足は縄で縛られている。だが瞳だけは異様な光を宿していた。琥珀色のその瞳は、人々の顔を見渡すたびに微かに震える。――彼女は未来を視ることができた。
買い手が近づくたびに、彼女の視界には断片が差し込む。
ある男の手に渡れば、彼女は馬車にくくられ、遠い北の鉱山で命を落とす。
別の女に買われれば、館の奥で鎖につながれ、飢えに苦しむ未来が見える。
どの未来も惨く、救いはなかった。
「ほら見てみろ、この娘は“当てられる”ぞ!」
売り主の男が笑いながら声を張り上げた。
「客の顔を見るだけで明日の天気を言い当て、馬の具合も当てやがる。神のお告げ持ちだ! さぁ、誰が買う!」
人々のざわめきが広がる。迷信深い者は興味を示し、理知的な者は顔をしかめた。
少女は目を閉じ、ただ心を無にした。視たくなくても、未来の破片は勝手に脳裏へ押し寄せる。
――そのとき、一人の若い騎士が人混みをかき分けて現れた。
鋼の鎧は煤け、剣の柄には無数の傷。戦いに身を置いてきた者の匂いがした。
彼が近づいた瞬間、少女の瞳はまた揺れた。
未来が見える。彼に買われれば――暗闇の中で剣を振るう自分の姿。その傍らには、血に濡れた彼の影。
その結末が生なのか死なのか、まだ輪郭はぼやけている。けれど、ただひとつ確かに感じた。
――「生き延びる可能性」が、そこにあった。
少女の喉からかすれた声が漏れた。
「……この人……」
騎士は足を止め、彼女を見下ろした。その瞳には同情ではなく、試すような冷たさが宿っている。
売り主がにやりと笑った。
「おや、お嬢ちゃんが自ら選んだぞ。運命の導きってやつだな」
少女の未来は、この瞬間に決まろうとしていた。
第一節 運命の市場
夏の陽光が砂塵に揺らめき、露店の屋根布が赤や青にきらめいていた。
その片隅に、鉄の枠で囲まれた一角がある。そこには「不思議な力を持つ娘」と看板が掲げられ、群衆の好奇の視線が注がれていた。
縄で繋がれた少女はまだ十三ほど。灰色の瞳は異様に澄み、見る者を不安にさせる。彼女は――未来を見る力を持っていた。
「おい、次はこの小娘だ。明日の災厄を当てられるって話だぞ!」
売り主が声を張ると、ざわめきが広がる。
そのとき、市場全体が不意に静まり返った。
群衆がざわめきの源を振り返る。そこに歩み入ったのは、第二十一代王子、アレクシオンだった。
長衣は深紅に金糸を走らせ、肩には王家の象徴である黒鷲の紋章が輝いている。若き王子はまだ十九歳。だが彼が立つだけで、空気が一瞬で張り詰める。
売り主が慌ててひざまずき、声を震わせた。
「お、おお……第二十一代王子様! これはただの娘でございます。殿下のお耳に入れるほどの者では――」
「黙れ」
王子の声は冷たく澄み、市場の喧騒を一瞬で呑み込んだ。
彼は群衆をかき分け、少女の前に立つ。
少女はその瞳を見た瞬間、未来を視てしまった。
――炎に包まれる王都。倒れ伏す兵。
そして、血に濡れた王冠を戴く彼の姿。
少女は恐怖に喉を震わせた。
「……あなたは、血に飲まれる……」
周囲はざわめく。「呪いだ」「不敬だ」と囁きが飛ぶ。
だが王子は笑わなかった。冷笑も、怒りも浮かべなかった。
ただ静かに、その小さな身体を見下ろした。
「血に飲まれるなら、なおさら必要だ。未来を視る者が」
王子は懐から金の印章を取り出し、売り主に突きつけた。
「この娘は私が買う。値は問わぬ。だが一度でも手出しをすれば、王家への反逆と見なす」
売り主は蒼ざめてうなずき、慌てて縄を解いた。
解放された少女の手首には赤い痕が残っていた。その手を王子は自らの外套で包み込み、低く囁いた。
「名は?」
「……リィナ」
「よい名だ。リィナ。今日からお前は、第二十一代王子アレクシオンの庇護下に入る」
群衆は息を呑んだ。
少女の未来は、この瞬間大きく変わった。
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第二節 揺らぐ未来
その夜、王子の馬車で王宮へと向かう途中。
リィナは窓の外を見ながら、再び未来を視た。
――王宮の暗い回廊。囁きあう貴族たち。毒を注ぐ杯。
そして王子が倒れる姿。
「……殿下、私は災いを呼びます」
リィナは涙をこらえて言った。
「どうして私を買ったのですか」
王子はしばし黙し、夜空を見上げて答えた。
「第二十一代王子など、名ばかりの重荷だ。周囲は私を駒としか思わぬ。だが……お前の目には、真実が映っている」
「真実は血を流します」
「ならば、その血を無駄にせぬために使おう」
リィナは彼の横顔を見つめた。
その瞳には恐怖も迷いもなかった。あるのはただ、王子として生きる覚悟。
――もしかしたら、この人なら。
未来を変えられるのかもしれない。
「21代目の王子」という新しい要素を取り入れ、物語を再構築しました。彼が少女を買うことで、単なる「商品」であった彼女の運命は大きく変わります。




