表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

プロローグ

 廊下をリズミカルに駆ける足音がした。床板を軽やかに叩く爪の音が少しずつこちらに近づいてきている。

 男は本に落とした視線はそのままに、軽く指先を振るった。

 すると施錠されたはずの扉が音もなく開く。冷気を纏うようにして、そこから黒い大型の犬が勢いよく部屋に飛び込んできた。


「クゥ。この時間帯は静かにしてほしいといつも言っているだろう?」

「すみません先生! ですが至急お届けしたいものが」


 クゥと呼ばれた黒い犬が礼儀正しく人語で答え、封蝋付きの封筒をテーブルに置いた。その赤い蝋は古くから正式契約が結ばれたことを意味する印だった。


「ようやく見つかった」


 男は軽く指先でそれを弾くと、椅子の背にもたれながら空を仰ぐ。

 数週間前、彼は冒険者ギルドを通じて一件の仕事を依頼していた。それは長期間の旅の途中、対象の身の安全を守る護衛任務だった。対象は雇用主本人。

 依頼主の名は―――ファウスト。


「今回の護衛は十七歳の若い女性です。名前は……ジークリンデ・ワーグナー」


 ファウストは眉をひとつ跳ね上げた。細く息を吐きながら笑みを一つこぼす。


「……ワーグナー、ね。これは何かの縁かな」


 懐かしい響きの名前に小さく肩をすくめる。

 封筒の中にはギルドからの推薦状と、簡素な履歴書。真面目そうな筆跡で綴られた経歴の下に、固い文字でこう記されていた。


『護衛任務:未経験』


 不意にファウストは顔を上げると、指先を振って窓を開けた。

 ゆるやかに開いた観音開きの窓から夜の空気が流れ込み、積み上げられた紙片が擦れ合いながら音を立てた。

 王都から少し離れた場所に位置するこの森の上空には、無数の星々が広がっていた。その静寂を破るように、遠くから鈍く鐘の音が聞こえる。


「また異端審問にかけられた者が処刑されたようだね」

「最近の異端審問塔は、ヨハン執行官になってからいっそう過激になってきたとか」

「無理もないね。彼、信仰心の厚い男だけど……執行官になってから悪魔嫌いがより深刻化してきているようだ」


 やれやれとでも言いたげにファウストは首を振る。


「先生、今日はそろそろお休みください。明日に備えて」

「そうだね。クゥも今週中には少し体調を見ようか」

「よろしくお願いします」


 ファウストがトンッと指先で机を叩く。ふわりと空中に浮いた本、万年筆、インク壺等が、まるで命を持ったように宙を舞い、それぞれ元の場所へと収まっていく。



「明日から、また忙しくなるね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ