番外編最終話
ローズマリーの件も、クラリスの両親、兄に任せられ、一件落着した頃。クラリスは臨月を迎えていた。本格的に冬を迎え、寒さが身を包む時期になり、クラリスのお腹はとても大きく膨らんでいた。
もうすぐ生まれるだろうと医者にも告げられて、妊娠が分かったときから始まったセドリックの過保護はますますその程度を高め、今では執務時間をかなり短く削り、クラリスが一歩歩くたびにすぐに抱っこしようとしてくるまでになっている。
流石にやり過ぎだとクラリスからは宥められ、ローズマリーからは叱られ、医者からは苦言を呈されたセドリックは現在、執務室に彼の補佐官たちによって閉じ込められている最中だ。
クラリスぅ……! と泣き顔のセドリックを苦笑で見送ったときの彼の悲愴感漂う表情はちょっと忘れられない。
ローズマリーも無事にレオンと婚約を結び、花嫁教育を受けている最中なのだが、それが簡単すぎるのか彼女はまたこちらの邸へ入り浸るようになっていた。
(レオン様には悪いけれど、わたくしの可愛い妹を少し堪能させてもらえるのは本当に嬉しいわ。ローズマリーが来なくなってしまったときは寂しかったし……)
レオンはセドリックの言う通り、とても誠実な青年で、好感の持てる人物だった。この方ならば、ローズマリーを安心して預けられると安堵した。
「奥様。そろそろ散歩へいかれますか? 旦那様とのお茶会まではまだ時間がございますし、お暇でしょう?」
そう声をかけてくれたのは、笑顔の侍女長のレティアだ。彼女は本来、この家の主人であるセドリックにつくはずだったけれど、セドリックが妊婦には人手が必要に決まっているし、ベテランがそばにいるべきだと主張して、クラリス付きになった侍女だ。
クラリスもニッコリと笑みを浮かべて、そうねと頷いた。
妊婦とは言え、全く運動しないのは身体に悪い。そっとお腹を撫でて、クラリスは散歩するために立ち上がった。
♢♢♢
「流石にもうこのお花も枯れているわね」
わたしは庭で足を止めると、先月まできれいに咲いていた花が枯れているのを見て、眉を下げた。お花は咲いているところが一番好きだけれど、枯れたところも風情があると思えば悪くない。しかし、華やかさと生命が失われたことに儚さを覚える。
「ええ、そうでございますね。……この冬を越すための、この花なりの生存戦略なのでしょうね」
「そう……そういう考え方もあるのね」
ほんのりと眉を下げるわたしを見て、レティアは笑顔を浮かべた。
「ですが、また美しい花が咲くと思うと、楽しみですね」
それは春がまたこの庭に訪れると言うことだ。また春が巡り来るための、花との約束のように思えて、わたしは心に温かいものを感じる。
「ええ、そうね! わたくしもまた、このお花を見れるのを楽しみにするわ」
にっこりと微笑んだわたしに、ええと柔らかく頷いてくれるレティア。
わたしはそっ、とお腹に手を添えた。中からぽこぽことお腹を蹴ってくれるときもだいぶ増え、お腹にわたしとセドリックの子どもがいると実感できるようになってから、嬉しさも感じる一方で、わたしの中の緊張感も増していた。
セドリックは、出産のリスクを不安がるわたしを、精一杯慰めてくれ、励ましてくれる一方で、彼自身もかなり不安なのだと思う。
自分も不安なはずなのに、わたしを気遣ってくれる彼を愛おしいと心底思う。
(それこそ、このお花のように枯れてしまっても、わたくしはセドリックを愛おしいと思うでしょうね)
そこは自信があるのだ。
わたしは無意識のうちに浮かべていた笑みを、お腹に向けた。これから、この子とセドリックと過ごす春が待ち遠しかった。
♢♢♢
陣痛は、それから二週間経ってからやってきた。予定日よりも、三日早い日の朝。お腹の痛みで、目が覚めた。
「っ!」
痛みによる荒い呼吸で、わたしの隣で眠っていたセドリックが跳ね起きた。
「クラリス!?」
「う……はあ、はあ……セドリック、お医者様を呼んでくださる? それから、レティアたちも……」
「分かった! 少し待っててくれ!」
セドリックは、まだ早朝で眠かったはずなのに、そう叫ぶと、すぐにベッドから降りて廊下へと走ってくれた。
またお腹の痛みを感じたわたしは、ぐっと歯を食いしばって耐える。そうして、しばらく待っていると、医者とレティア、そしてセドリックが寝室にやってきた。
そこからは、長い長い闘いの始まりだった。
分娩するための部屋へと移動し、出産するまでの陣痛に耐え、心配しておろおろするセドリックを分娩部屋から出す。そしてごくたまに掛けられるセドリックからの言葉に、笑みを零すのだ。
それを何度繰り返したことだろうか。もう分娩するためのベッドに乗ってから、六時間は経過した。痛みは定期的に来るものの、一向に子どもが出てくる気配はなかった。
そのまま痛みに耐え続け、さらに六時間。約十二時間後に、ようやくわたしとセドリックの子どもは出てきてくれた。
「おぎゃあああああっ!」
けたたましい泣き声とともに出てきてくれた子どもは、女の子だった。産声を聞いて執事たちが力づくで止めようとするのを、力業で跳ね返し入室してきたセドリックは、震える手で女の子の指をそっと撫でた。そして、震える声でわたしを労ってくれた。
「クラリス……。本当に、ありがとう。……っ、この子の名前、何が良いかな」
「そうね……女の子だから、可愛い名前が良いですわね」
「そうだな。上品さも大事だ」
「……ティエラなんてどうかしら?」
ティエラ。我ながら、中々素敵な響きなのでは無いかと思い、セドリックを見上げる。出産の後、セドリックは少しの猶予もなく部屋に入ってきてしまったので、今は見苦しい姿に違いなかった。
しかし、わたしはゆっくりと微笑む。セドリックはそんなわたしを見て、ぽろりと涙を一粒零した。
(え、ええ!? ティエラはそんなにいやだったのかしら……?)
僅かな不安を抱えたわたしが、セドリックを見つめ直すと、彼は流した涙を驚いたように拭い、笑顔になった。
「良いと思う。ティエラ。今日から君の名前はティエラだよ」
「ふ、ふぇぇぇえああ!」
ティエラが泣き出す。全心全力で泣き続ける彼女は、これからどんな人生を歩んでいくことになるのだろうか。
これからのティエラの人生に思いを馳せながら、わたしはゆっくりと意識を手放した。
葵生です。
皆さま、ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
これでクラリスとセドリックのお話は、終わりとなります。
今まで読んでくださった皆さまのおかげでここまで、お話を続けることが出来ました。
本当に感謝の念が絶えません。ありがとうございました。
クラリスとセドリックの新婚旅行のお話とか書きたいな、とか思いつつも、私は最近気づいたことがあります。
それは…私はあまり状況説明のための文章が巧くないかもしれない、ということ。
作家を目指している身としては……大丈夫? と自分に真剣な表情で聞きたいくらいなんですが、要するに自分の中で完結して終わっちゃうんですよね。
それを読者の方にお伝えする。それがとても大事だということを学びました(遅い)。
最近はすごい小説ばかりを読んでいまして、なるほど分かりやすいとか、どうしてこんなに複雑だけど分かりやすくかつ面白く描けるんだろうとか思ってしまうわけです。
そこで自分の修行が足りぬどころか、まだ修行を始めてすらいなかったことに気づきました。
さて、ここまで長い長いモノローグでしたね。(←は?)
これからも様々な作品を書いていきたいと思っています。でも、色々と修行を積み重ねていかなければならないということも思っています。
これからも至らぬ点ばかりかとは思いますが、日々自分なりに成長して、いつか憧れの作家さんたちに肩を並べて……いや追いついて……いや、えっと背中を見れるくらいに追いつけたら良いなと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。
葵生




