番外編 7:クラリス視点 〜相談〜
お待たせ致しました〜!
「・・・リスは?」
ん、何だろう。
暗い視界。一つの感覚が閉じているからこそ、聴覚が敏感になっているのを感じる。
「奥様はまだ、お休みでいらっしゃいます」
「そうか・・・。少し、休んでもらえたらと思ったが、あまりにも眠りすぎでは無いだろうか。クラリスは、大丈夫なのか?」
心配そうなセドリックの声が聞こえる。答えたのはわたし付きの侍女だ。
「もう、旦那様ったら・・・。奥様は、身体の中にお子様がいらっしゃるのですよ? それだけ、疲れるに決まっていますわ。近頃は、何か考え事がおありのようで、日中もずっと起きていらっしゃいましたし。お疲れだったのでしょう」
侍女がたしなめる様子がありありと想像できた。
「そう、か・・・。気づけなかった」
「仕方ありませんわ。旦那様は執務がおありでしょうし、奥様は奥様でお邸の管理をなさっていますもの。お二人とも、お忙しい毎日を送られているのですから、多少のすれ違いがあってもなんら不思議ではありませんよ」
衝撃だった。
(え、わたしたちってすれ違っていたの!? これがいわゆる、すれ違いってことなの?)
ふっと目を開けた。照明は落とされている上に、窓から見える外は暗い。ふうっ、と息を吐いてお腹に手を当てる。
(ここに、赤ちゃんがいる)
そう考えると、とても満たされた気分になった。
先ほどのすれ違い、と言う言葉。思い当たることは、ローズマリーのことのみだった。
(わたしがローズマリーのことを心配しすぎたからかしら。セドリックは、ローズマリーのことは心配いらない、と言っていたのに・・・)
悶々と悩んでいたが、わたしはがばっと起き上がった。
(こうして一人で悩むからすれ違いが起きるのよね。しっかりと二人で話し合ってみましょう!)
♢♢♢
「セドリック、ローズマリーのこと、話したいのですけれど」
わたしは翌日、朝食を食べ終わったときにセドリックをつかまえた。きちんと、話すためだ。
「クラリス・・・。もう体調は大丈夫なのか?」
「はい! 昨日ちゃんと眠ったから、もう大丈夫ですわ」
「そうか、ならば良かった」
「ご心配をおかけしてしまった申し訳ありません。ありがとうございます。それで、ローズマリーのことなのですけれど・・・」
わたしが切り出すと、彼は少し怯んだ。昨日のことがあったからだろう、本当にわたしのことを気遣ってくれる人だ。
「わたくしも、彼女について心配しすぎていたのかも知れません。でも、たった一人の妹のことですもの、心配してしまうのは許していただきたいのです」
わたしが改めて確認する形で言うと、彼はそっと伏し目がちに頷いた。
「それは・・・私がとめていいことではない。すまなかった」
「いいえ、セドリック・・・。わたくしも、あまりにも二人の時間にローズマリーのことばかり言い過ぎていましたわ。ごめんなさい」
「気にしないでくれ」
少し気まずそうに首を振る夫に、思わず笑みがこぼれる。
「でも、心配になってしまうのはやはりとめられないんです。だから、相談させていただいてもよろしいですか?」
「そう、だん?」
「はい! わたくしにとって一番頼りにしているのは、セドリックですから!」
にっこにこの笑顔でいってみると、彼は照れたように耳を赤くした。
「え、あ、あ、ありがとう・・・」
「ふふ。ですから、相談させてくださいますか?」
「分かった」
セドリックは頷くと、すぐにわたしの話を聞いてくれた。
「ローズマリーは、婚約者候補のどなたかと結婚するつもりなのでしょうか・・・」
「それはどうだろうか。今、試しに会っているだけで、別に即時、婚約するわけではないと思う」
「ええ、分かっているのですけれど。あの子のことですから、わたくしたちやお父様たちに迷惑をかけていると思っていそうなのです」
「ああ・・・それは確かに分かる。普段は軽口をたたいているが、責任感も強い子だろうと思っていたが・・・実際にそうだったか」
セドリックは、「そう言えば、書類をどっさりつくってたこともあったな」とぼそっと呟いていたけれど、何のことだろう。
わたしの不思議そうな表情に気づいたセドリックは慌てたように首を振り、「私の方でお義父様の方に問い合わせておこう」といってくれた。
「え! 良いんですか? ですが、お父様とお母様にでしたらわたくしから・・・」
「いや、構わない。私も領地運営に関して、お義父様にお聞きしたいことがあったし、明日にでも公爵邸にいってくるよ」
「ご迷惑をおかけしてしまい、すみません」
ぺこり、と頭を下げる。本来ならば、わたしとローズマリーの間で解決するべきだったことなのに、セドリックに思いっきり頼ってしまっている。夫との間にはなるべく隠し事等はつくりたくないし、つくってほしくないと思うけれど、迷惑はかけたくない。だが、今回は思いっきり迷惑をかけてしまった。
しょんぼりして反省していると、セドリックの手がわたしの頭に載せられた。
「気にしないでほしい。それから、謝らないでほしい。私たちは夫婦だろう? ずっと恋いこがれていた社交界の薔薇を手に入れて、妻に出来たんだ。私はもう既に幸せだったのに、そんな愛おしい妻に頼ってもらえるなんて嬉しすぎるに決まっているだろう。だから、今後も頼ってほしい」
ずっと恋いこがれていたと言う部分に、頬が染まるのが分かる。結婚して約四年。わたしは甘い言葉を言うようなタイプじゃないし、彼も最近は色々とお仕事が増えており、忙しいために夫婦の会話自体が減っていたため、好きや愛していると言われるだけだった。もちろん、わたしはそれだけでも幸せな気持ちになれたし、いってくれるたびにとても嬉しい気持ちがこみ上げてきて、心に甘酸っぱいものが広がるのを感じる。
けれど、結婚前のように照れたりしていたセドリックはもういないのね、とどこか寂しく思っている自分がいた。
だから、こんな風に情熱的にロマンチックな言葉を言われて、とても舞い上がってしまっているわたしがいる。どうしよう、と頬を押さえるけれど、熱は下がらないどころか、ぶわっと上がっていくのを感じた。どこか浮遊感を覚えながら、セドリックを見上げる。「ありがとう、ございます。わたくしも、セドリックが大好きなので、そう言ってくれるのは嬉しいです・・・」
何これ、ものすっごく恥ずかしい。
大好きとか本人に面と向かって言うのはなんて恥ずかしいんだろう。結婚前は普通にあなたが好きだとかいったりしていたし、結婚後もいってはいたものの、改めて意識してしまうともうダメだ。恥ずかしさで死にそうなくらい。
セドリックの反応を窺うために、そっと一度下げた視線をもう一度あげると。
「っ!?」
思わず息をのんでしまった。
彼は、目を見開いてこちらを見ていた。じっと見つめているその顔は驚きと幸福に満ちており、口元を覆うように当てられた手から覗く耳が、少し赤くなっている。
(セドリックが照れている・・・! 可愛い・・・!)
わたしの夫が可愛すぎる、と悶えながらも、お仕事の時間が迫っていることに気づいてしまった。
「も、もうそろそろお仕事にいかれますよね・・・? お、お気をつけていってらっしゃいませ・・・っ!」
お見送りをしようとしていたら、彼にぎゅっと抱きしめられる。えっ、あっ、えっ・・・と戸惑いの声を上げると同時に、息を吸うとセドリックの香りが漂ってきた。
(良い匂い・・・)
とても安心する香りで、わたしはますます嗅ぎたくなり、ぎゅっと更に抱きついた。すんすん、と顔を埋めるようにして匂いを嗅ぐ。
(はわ・・・心が落ち着く・・・セドリックすき・・・)
「はわ・・・落ち着く・・・セドリックすき・・・!」
「っあ、くっ、クラリス!?」
はっ、しまった。
声に出してしまっていたらしい。
恥ずかしくなったわたしは、すぐにセドリックから離れて、いっいってらっしゃいませ! と裏返った声で強引に送り出したのだった。
次回の更新は、明日か土日になります。




