本編最終話 貴方がいるから
唐突ですが、最終話です。
後書きまで読んでくださると嬉しいです。
♢♢♢
結果として、わたしはその日中にセドリックに会うことは出来なかった。
まず、先触れを出そうとした時点で母にとめられた。やんわりと。ふんわりと。けれど、断固として。
「あらぁ、流石に駄目じゃないかしら? クラリス、貴女は周りに心配かけたばっかりなのよ? 流石にやめた方が良いと思うけれど」
「・・・そうでした。申し訳ありません。でしたら、セドリック様にご都合の良い日をお伺いして、こちらへ来ていただくことは構いませんでしょうか?」
「まあ、それだったら良いのではないかしら」
「ありがとう存じます」
わたしはそっと微笑みを浮かべ、何事も無かったかのように母の部屋から出た。
廊下でも使用人たちがわたしを見ているので、笑みを浮かべたまま。柔らかな表情をしているわたしを、使用人たちは優しく見守ってくれている。
しかし自室に入り、悪いけれどと人払いをしたら————。
「と、とても恥ずかしいのだけれど!? わたしだけが張り切っているみたい・・・! けれど、かといってあまりセドリック様を呼びつけるような真似はしない方が良いわよね」
ぽつり、と呟く。誰にも聞かれていないということが、口を軽くさせた。
(よく考えればそうよね。当たり前のこと。公爵令嬢が拐かされたのだから、もう少し警戒心を持っておくべきだわ)
軽率な考えをしてしまったことを反省し、自分を戒めるように深く息を吸い込み、吐く。深呼吸を何度か繰り返し、ようやく恥ずかしさで火照った顔を押さえ、わたしは窓の外を眺めた。
空は真っ青で、気持ち良さそうに風が木々の間を通り抜けている。木が揺れているから、すぐに分かった。下の方を覗き込むように見ると、そこには庭園があり、先ほどまで部屋にいたはずの母がいた。母は帽子をかぶり、花々の様子を見ているようだった。
「わたしは・・・お母様のように立派な貴族夫人になれるのかしら。お母様は本当にすごい方だわ」
貴族の嫌味や文句、陰口などの嫌な言葉オンパレードお茶会などに、颯爽と吹く風のごとく、上品に話題を変えて新鮮な風を入れている。また、軽やかで常に悩み事など無いかのように楽しそうに過ごしている母だが、その実、公爵夫人としての仕事や責務がある。それらを、熟考しながら一つ一つ迅速に丁寧にやって行く母。
さっぱりとした気性が、貴族のねちっこい嫌らしさや苦労を感じさせないのだ。上品な振る舞いと気品溢れる笑み、仕草の一つ一つが人びとの心を魅了して、いつの間にか母の虜になっている。それは幼い頃から、今の今まで変わらぬわたしの母に対する印象だった。まるで魔法のように、さっと話題を明るいものへと変えていく。柔らかな言葉の端々に宿るのは、人への思いやりや彼女の穏やかな気性そのもの。
紅茶をのみ、優雅に微笑んでみせるだけで周りの人は、はっとして自分の言っていた陰口や悪口などを慎むようになる。
「わたしは、わたくしらしく過ごしましょう」
母のすごさを思い出したわたしは、その手腕にほれぼれとしつつも、自分は自分らしく過ごすことを決める。母の真似をしていても、母のようにはきっとなれない。ならば、わたしはわたしらしく遣るだけだ。
密かに決意を固めたわたしは、そっと無意識のうちに微笑みを浮かべていた。
♢♢♢
「お久しぶりです、クラリス嬢」
照れたように頬を染めながら、挨拶をしてくれるセドリック。
「お、お久しぶりですね、—————セドリック様」
母に待ちなさいと諭されてから、四日後。セドリックは忙しいはずなのに、騎士団の仕事の合間を縫って、わざわざ邸に来てくれたのだ。
わたしの自室にはいってもらうのは何だか、こそばゆいので、応接室を借りることにした。メイドたちが生けたのだろうか、薔薇が数本入っている花瓶が堂々と置かれていて、恥ずかしくなる。
俯くと、セドリックの方から切り出してくれた。
「今日は、何か伝えたいことがあるとお伺いしましたが・・・。何かありましたか」
そう言われ、ぱっと顔を上げる。彼の表情は柔らかく、けれどその瞳には、柔らかいと表現するには少し情熱的すぎる熱が籠っていた。それを見て、一度は引いた火照りがまた復活しそうだ。
「あ、あの。わたくし、ローズマリーからお話を聞いたのです」
「え? ああ、もしかして王太子殿下を誘惑したこと、でしょうか」
あまりにもアッサリと言うので、少し驚いて放心したように頷いてしまった。
「そう、です。やはり、ご存知だったのですね」
「っ! 申し訳ありません。でも、貴女のことを俺は以前から気になっていて・・・。卑怯なことをした自覚はあります。でも、————その、すみませんでした」
わたしが静かにぽつりと言うと、彼は早口で話し始めたので驚いてしまった。しかも、謝られてしまった。
「え? あの、わたくしは怒っているのではありませんよ」
「え?」
「え?」
お互いに顔を見合わせる。そして、お互いが同時に何か食い違って解釈していることに気づき、くすっと笑いがこぼれる。
「ふ、ふふっ。わたくしは怒っていませんよ。むしろ、お礼を申し上げたいくらいなのですわ」
「え、お礼? でも、婚約破棄させるのを促そうとしたんですよ?」
驚いたように彼が首を傾げているのがかわいらしくて、そっと笑いがこぼれる。
「ええ。もう存じ上げています。でも、わたくしは王太子殿下のことを・・・その、お慕い申し上げていませんでしたし」
「・・・そ、そうだったんですか」
心なしか、安心したように視線を狼狽えさせるセドリック。その様子もどこか可笑しくて、笑ってしまう。
「わたくしは、むしろ王太子殿下と結婚するのが嫌でした。はっきり言ってしまいますけれどね」
「———そうなんですね。あ、そうなんだ」
敬語じゃなくするという約束を思い出したからだろう、セドリックが不自然に言葉を直す。それに対しても、くすっと笑ってから、わたしは真剣な表情でセドリックに向き直った。
「セドリック様。本当に、ありがとうございました。わたくしを救ってくださった。ありがとうございました」
「そんな、頭を上げてくれ。私は何もしていないし、むしろチャンスだったんだよ」
「まあ、嬉しいですわ」
くすっ、と笑うと、彼も笑った。あまりにも、自然な仕草で笑うので、わたしは今の今まで忘れていたことを尋ねてみた。
「あの、不躾な質問をしても構いませんか?」
「どうぞ?」
「セドリック様って、あの、噂で『あまり笑わない』とお伺いしたことがあるんですけれど・・・」
噂を信じているのか、と気分を害してしまうかとも思ったために、躊躇った口調になってしまう。
けれど、彼はあっさりと話し始めた。
「ああ。それは、わざとですよ」
「え? わざと?」
「ええ。私は昔から、ご令嬢方に何故か話しかけられることが多くって。それで、何か変なことをされてしまうのではないかと危惧した私の父が私にこう命じたんです。『あまり表情を動かさないようにしろ。隙を見せるな』とね」
その真実に、わたしはそっと目を見開いた。まさか、彼が美形であることは恐らく周知の事実だろうけれど、だからこそのそんな理由があったとは。
変なことをされてしまうというのは、恐らく襲われてしまうということだろう。
なるほど、それならば怖い人なのかも知れないと思われ、人が離れていくだろうと。
「・・・でも、逆に美形が際立つ気もするのだけれど」
「? 何か言ったかな?」
「いえ。なるほど、そのような理由があったのですね」
「ええ。貴女に変な心配をさせてしまったのなら、申し訳ない」
彼は悪くないのに、何故か申し訳なさそうにしてわたしを見つめる彼。
「いいえ! セドリック様は全く悪くありませんわ。セドリック様とお父様なりの護身術だったのですね」
「護身術、か・・・。そうだな、その通りかも知れない。貴女は、プラスの言葉にするのが得意ですね」
わたしは、え、と目を瞬いた。自覚は無かった。
けれど、と思う。
(母のように、生きたいと思ってきた。けれど・・・)
「私は、そういう貴女が好きです」
(こういうわたしでも、好きと言ってくれる彼がいるから。わたしは、わたしらしくいようと思える)
わたしは、微笑みを浮かべると、彼を見つめた。何故か、驚いた顔をしている彼に向かって。
「わたくしも、あなたが好きです。貴方らしいあなたが」
皆さま、この物語を読んでくださって、本当にありがとうございました。
唐突ではありましたが、このお話で『本編は』完結致します。
今まで、ありがとうございました。
しかし、もう鋭い読者の皆さまはお分かりかと思いますが・・・。
まだ、このお話には色々と取りこぼした設定があるんです...!!
ですので——————
番外編を引き続き、投稿致します!
皆さまも気になるはずの(?)セドリック目線や、ローズマリー目線など、様々な種類を投稿する予定です。
後日談等も、ちょこっと書くつもりでいます。
どうぞ、そちらも温かい目で見守ってくださると嬉しいです。
ひとまず、ここまでを本編として完結させていただきます。ありがとうございました!
葵生




