ざわつく心とその行方 〜拐かされた公爵令嬢〜
残酷な描写があります。
苦手な方は、お気をつけ下さい。
注意:残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
♢♢♢
「なあ、この嬢ちゃんで合ってるか?」
がらがらで、酒やけしたような声が聞こえる。やけに視界が暗い。何も見えない。
しかも、ゴトゴトと振動が背中越しに伝わってくる。
「は? 目隠しがあったら邪魔でしょうが。さっさと外しなさいよ」
「す、すまん」
(共犯者がいるのね、まるでマルダン伯爵令嬢みたいな声・・・)
がさごそ、と音がしたと思ったら、わたしの視界が急に明るくなった。目隠しを取られたのだ。
はっ、とする。衝撃で、息がとまりそうだった。
目の前に、アメリアが仁王立ちしていた。先ほどまでの柔らかな眼差しや、上品な立ち居振る舞いとはかけ離れた、こちらを睨むような顔つきだ。
「あ? 起きてんじゃないの。そうだったら、さっさと言いなさいよ」
「そんで? こいつで合ってんのか?」
「ええ、合ってるわよ。あー、もう! 本当に、中々一人にならないんだから。セドリックが逆に邪魔になっちゃったわ」
「っ!? どういうことですか!」
内容が信じられず、声を荒らげる。ごほごほっ、と咳き込んでしまった。
「あらぁ、大丈夫? こいつが馬鹿力で殴ったものね、苦しいでしょう?」
「けほっ、ごほっ、・・・っ、何故こんな、ことを・・・!?」
わたしが問うと、アメリアはふんとわたしを蔑むかのように笑った。
「やっだぁ! そんなことも分かんないの? セドリックから引き離すために決まってるでしょ? 貴女が邪魔なのよ!」
「っ、でも、誘拐まですることは無かったんじゃ・・・」
「は? あんた、本当に頭が回らないのね?あんたを平民に引き摺り下ろすために決まってるじゃなあい!」
「・・・!?」
息をのんだわたしに、呆れたように首を振った彼女は、にたりと笑った。
「まあ、安心して頂戴よ。痛いことはしないで上げる。ただ、平民と結婚してもらうだけよ? 公爵令嬢と結婚できるって言ったら、ものすごくお金を積んでくれた人がいたの。そいつに上げるだけ。それまでは何もしないであげるわ」
「っ!? そんなこと、ヴィシェロエ公爵家が許すはずもないでしょう!」
「ええ、そうでしょうね」
アメリアがあっさりと頷いたのに、少し拍子抜けする。
「でも、私が犯人だなんて、思わないわよ。だって、アメリア・マルダン伯爵令嬢も同じく誘拐されて消えてしまったのですもの。ああ、なんて哀れなのかしら、お互いにって言って、二つの家は仲良くする。それだけで終わるわ」
「っ、それだと貴女はセドリック様と結婚できないわ」
わたしが抗議すると、彼女はふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。私は、アメリア・マルダンじゃなく、アメリー・フィッツになるんだもの」
「ふぃ、っつ?!」
「ええ。フィッツ王国。あるでしょう? そこの王女になるのよ、私は」
急に話が大きくなり、頭が混乱する。
まさか、誘拐されいなくなっていた王女だとでも言い張るつもりか。フィッツ王国は。
(そこまでして、何故・・・? まさか、セドリック様を手中に収めたいから!? 確かに彼は、戦略などには長けている・・・)
「だから、あんたは隣国まで連れて行くわ。そこで、平民と結婚してもらう。それまでは我慢して頂戴ね。荷馬車じゃないと、関門を通り抜けられないでしょ」
「っ・・・!」
荷馬車に寝転がされているのか、自分は。
状況を把握し、早く助けが来ることしか祈れない。
もしも、助けが来なかったら、どうしよう。そう思い至り、ざっと青ざめる。
(でも、それを相手に気取られてはいけないわ。セドリック様を信じて、ここは気丈に振る舞わないと)
「まあ、道のりは長いから、拘束はといて良いわ」
命じられた男たちが拘束をほどく。
身体が自由になったわたしは、そっと身を起こした。
荷馬車は緩やかに進んでおり、降りれなくもない。
(けれど、公爵令嬢として生きてきたわたしの身体は耐えきれずに、怪我をしてしまうわ。怪我をしたら、どちらにしろ逃げ切れない)
逃げるのは無理そうだと判断したわたしは、早々に諦め、アメリアを見つめた。
「隣国、と言っていましたけれど、どの隣国でしょうか?」
「決まっているでしょ、フィッツ王国よ。ああ、そうだ。あんたには一度国王に会ってもらうことになっているのよ」
面倒くさそうにそう説明したアメリアは、はいと何かを手渡してきた。反射で受け取ってしまう。
(これは・・・?)
「あんたの食事よ。流石に餓死させたら、寝覚め悪いもの」
アメリアの言葉に、手元を見る。確かに、そこにはカチコチだけれど、パンらしいものがあった。正直、公爵令嬢であるわたしが見たこと無いレベルだ。
「それが平民たちの食事よ。まあ、平民って言っても、かなり貧しい人たちのものだけれどね」
「え・・・っ、これが!?」
「そうよ。あんたは平民を経験したことないから分かんないでしょうけど」
アメリアの口ぶりだと、彼女は経験したことがあるみたいな言い方だ。
「マルダン伯爵令嬢は・・・」
「めんどくさいし、もう違うからアメリーって呼んでよ」
「・・・アメリー様は、平民として過ごしていたことがおありだったのですか? セドリック様の従姉妹のように振る舞っていらっしゃいましたけれど、それも嘘・・・?」
わたしが尋ねると、アメリーは面倒くさそうに説明してくれた。
「あたしは、元から平民よ。だけど、根っからの平民じゃなくって、マルダン伯爵の落とし胤ってわけ。それで、マルダン伯爵が探し出して、見つけられたから、あたしは伯爵令嬢と呼ばれる身分を手に入れることができた。それまでは、病弱で姿をあらわせなくって、ということにしてね。けど、セドリックと従姉妹なのは本当よ。マルダン伯爵家は、シューティエ公爵家の外戚だから」
「あ・・・。前公爵夫人は確か、マルダン伯爵家の生まれ・・・」
「そうよ。それで、その前公爵夫人が生んだ子が男女一人ずつ。その弟の方が、マルダン伯爵家に婿入りしてきた。あたしの父親ね」
「なるほど・・・」
全てが繋がった。
けれど、元々平民だったとは思えないほど、アメリーの仕草は綺麗だ。
あっけらかんと全てを話す様子に、わたしは少しだけ警戒心をほどいた。とはいえ、馬車は進み続けている。どうにかして、戻らないと。セドリックも心配するだろう。
(セドリック様・・・)
不意に、セドリックの顔が思い浮かぶ。わたしがいないことに、気づいてくれているだろうか。
「ああ、これ以上進むと、危ない地域に入っちまう。ここらで、今夜は明かした方が良いぜ、嬢ちゃん」
これまで、黙って話を聞いていた男が、アメリーに告げた。アメリーが、前を振り返る。今まで、わたしの方を向いていたからだ。
「そうなのね。ではここで今夜はとまりなさい。この女は縛んなくていいわ。どうせ、逃げられないでしょうし」
アメリーがこちらを一瞥した。悔しいが、その通りだ。ここで脱走したとしても、体力が持たない。それならば、屈強そうな男たちがいるこの環境で夜を明かした方がまだ、良いだろう。
そう判断し、わたしは頷いてみせた。男たちは、ふうんと呟き、パンを齧り始めた。
「あんた、どうせ水が無いとこれは、食べられないでしょ。誰か、水をこの女に与えといて。あたしは少し辺りを見てくるわ」
「分かりました————って、わっ!?」
荷馬車の下にいた男が、突然叫び声を上げて視界から消える。倒れたのだ。アメリーが、どうしたの! と確認すると、目をみはった。それから、すぐに御者に指示を下す。
「すぐに馬車をすすめなさいっ! 早く!」
「えっ、は、はいっ!」
御者は、慌てて馬を走らせ始めた。
「ちょっ、待ってください! 下の男性をひいてしまうわ!」
「黙りなさっ・・・っ!」
抗議しようとしたわたしを黙らせようと、彼女が手を挙げた。
うたれるっ————!
覚悟して目をつむったとき、馬車がとまった。え? と目を開けると、アメリーの腕が誰かにつかまえられていた。
「はあっ、はあっ・・・っ、大丈夫か!?」
荒い息とともに、待ち望んでいた声がした。
アメリーの腕を抑えている人を見ると————。
「セドリック様!!」
そこには、焦った顔をしたセドリックがいた。
彼の顔を見て、ゆっくりとこわばった心がほぐれ、涙がぽろぽろとこぼれる。
「せ、セドリック様・・・!」
「ああ、怖かっただろう。もう大丈夫だ。おい、すぐにこの女と男たちを確保してくれ」
セドリックがきていた上着を頭から被せられる。涙がとまらず、しゃくり上げるわたしを、セドリックが上着で隠してくれたのだ。
そのことに、ますます涙があふれてくる。
「ふ、ううっ・・・!」
「怖かったな。もう大丈夫だ」
「う、うっ・・・! セドリック様・・・!」
上着ごと、抱きしめられた。力強いその動きに、一瞬嗚咽がとまるが、すぐにもたらされた安心感で、わたしはしばらく涙がとまらなかった。
はああ、良かった。。。
誘拐ものは、これまで書いたことが無かったので、無事に書き終えられるかドキドキしましたけど、無事に終わって良かった・・・!!
まだまだ、本編は続きます!




