ざわつく心とその行方 〜夜会での幸せなひととき〜
最後に暴力の描写があります。
苦手な方は、ブラウザバックしてください。
♢♢♢
「クラリス。久しぶりね、元気にしていたかしら?」
公爵令嬢であるわたしを、クラリスと呼び捨てにできる人は少ない。
それに、この涼しげで軽やかな声。上品な声音。
くるり、と振り返ると柔らかく微笑む王女、ロゼリッタがいた。金髪に、美しく輝く新緑の瞳。兄である王太子を彷彿させない色味であることが、救いだ。
「ロゼリッタ第一王女殿下。ご挨拶が遅れてしまいまして、申し訳ございません」
「あら、いつも通りで良いわ。寂しいもの、そんな口調では」
少し拗ねたように唇をとんがらせるロゼリッタ。その様子に、かなわないなと思いながら微笑む。
「分かったわ、ロゼ」
「うふ、それが一番ね。シューティエ騎士団長も久しぶりね」
「お久しぶりでございます、第一王女殿下」
「どうぞ、楽になさって」
ロゼリッタがほんのりと微笑を浮かべながら、わたしを見る。
「ねえ、クラリス。もうすぐ、わたくし留学に行くじゃない?」
「ええ。寂しくなるわ」
即答したわたしに、彼女が少し嬉しそうにする。
「あちらへ行っても、お手紙を送っても良いかしら?」
「もちろんよ。わたくしからも送るわ」
「まあ、ほんとう!? 嬉しいわ、待ってるから」
「ロゼ、楽しんできてね。無理はしないで。それから、本を読みすぎて寝食を忘れないで頂戴ね」
自分よりも幼い彼女のことが、つい心配になり早口で注意事項を伝える。最初は神妙な顔をして聞いていたロゼリッタも、ついに堪えきれなくなったようにふっ、と吹き出した。
「クラリスったら! 分かってるわよ。お母様みたいなこと仰らないで」
「けれど、貴女のことが心配なのよ。そうだわ、留学中に一度は必ず、そちらの国へ行くわ」
「嬉しい! できたらで良いから、来てほしいわ」
「もちろん」
そろそろ時間がと呟き、ロゼリッタはまた! と去っていった。
「仲が良いんだね」
「あっ、はい。彼女は、わたくしの幼なじみで・・・」
とても聡明で、優しい彼女だからこそ、わたしと王太子のことについては触れないでくれていたのだろう。彼女の思いやりにほっと心が緩んでいくのが分かった。
「そろそろ、挨拶が殺到する頃でしょうから、飲み物を取っておきますか?」
セドリックの気遣いに、そうですねと笑顔で頷く。ロゼリッタとの久しぶりの会話で気持ちがだいぶ明るくなった。
「あれ? セドリック? と、ヴィシェロエ公爵令嬢様」
聞き覚えのある声に、どきっ、と胸騒ぎがする。声のした方に目を向けると、思った通りの人がいた。
若草色の髪の毛に、ハシバミ色の瞳。間違いない、彼女だ。
「お久しぶりですね。アメリア・マルダンです。覚えてくださっていますか?」
にこにこ、と屈託の無い、それでいて上品な笑みに、ロゼリッタと話して上向きになっていた心が、沈んでいくのが分かる。
「・・・お久しぶりです。マルダン伯爵令嬢」
「あ、覚えていてくださったんですね」
嬉しい、と微笑む様は、可憐な彼女がしたら、庇護欲をそそられる。その様子に、わたしはこわばる顔を何とか、いつもの社交界の薔薇のような笑みにした。
「ええ、もちろん」
「嬉しいな。あ、セドリックも久しぶり!」
アメリアが、セドリックの方に向き直る。セドリックは、今まで通りの笑顔で応対している。
「久しぶりですね」
「うん。あ、セドリックって呼んじゃ駄目だった。シューティエ公爵令息。今日はヴィシェロエ公爵令嬢様のパートナーなんですね」
「はい。光栄にも、申し込んだら受けてくださったので」
セドリックが嬉しそうに話す様を見て、アメリアの瞳が少し曇ったように見えた。
(やはり、マルダン伯爵令嬢は、セドリック様のことが好き、なのかしら)
ふう、と気づかれないようにため息をつく。
そして、二人が他人行儀に話しているのは、わたしが注意したからなのだと思うと、少し申し訳なくなってくる。
「・・・あ、長らくシューティエ公爵令息とお話ししてしまってすみません。ヴィシェロエ公爵令嬢様、またお話ししたいです」
「—————ええ、わたくしも、ぜひ」
アメリアは、やった! とはしゃぐとわたしの耳に唇を近づけた。そして、ささやく。
「あんまり、セドに近づかないでもらえますか? 私のものなんで、彼」
アメリアは、にこっと笑うと、呆然としているわたしに向かって一礼して去っていった。
(う、嘘でしょ・・・。本当に彼のことを好きだったの? まさか、あんなにハッキリ言われるなんて)
目をみはったまま、固まっているわたしを見て、セドリックが声をかけた。
「クラリス嬢? どうか、なさったのですか?」
「・・・え? あ、いえ。何でもありませんわ。ただ、少し化粧室に行って参ります」
ぼんやりとしていたわたしは、そっとセドリックに触れていた手を離し、化粧室に向かった。呆然としたまま、動かない。頭が上手く、回転しない。
まさか、アメリアがあんなにハッキリとわたしに言うとは、想像もしていなかった。更に言えば、彼女が本当に彼のことを好きだと思っているなんて、思いもしなかったのだ。
鏡をぼんやりと眺める。そこには、ショックを受けて、顔色が悪いまま固まっているわたしが映っていた。
せめて、顔色だけでもどうにかしよう、と口紅を直す。
「よし・・・。あんまり長居するわけにもいかないわね」
ぽつり、と言うとわたしは化粧室から出ようと出口に向かった。
すると、があんっ! という衝撃が急所当たりに走り、わたしは意識を手放した。
次回、誘拐の描写があります。
苦手な方はお気をつけ下さい。




