ざわつく心とその行方 4
それから、何も言わずに、そしてバスケットを持たずに帰ってきたわたしを見て、メイドは何かを察したらしい。帰りは、そっと静かな馬車の中になった。
メイドが報告したのかは知らないけれど、母も今回のことに関しては何も言わなかった。
そうして、しばらくは何もせずに邸で過ごしていたある日。わたしにあるものが届いた。
「お、お嬢様・・・あの、シューティエ様から—————」
「え? シューティエ様から?」
クッキーを渡したときもついてきてくれた、メイドがおずおずと何かを差し出す。それは、包み紙にくるまれており、中身が見えないようになっている。ぴりり、と包装をほどくと、中からはわたしが持っていったクッキーを入れていたバスケットが現れた。
「あら? けれど、これを何故・・・?」
レオンには、わたしからとは言わないようにお願いしたはずだ。けれど、言ってしまった・・・?
「それから、こちらのお手紙も頂戴しております」
メイドは一通の手紙も渡してくれる。
「ありがとう・・・。一旦、一人にしてくれるかしら?」
「かしこまりました」
メイドは一礼すると、他の使用人とともに出て行った。静かな空間で、手紙をかさりと広げる。
『クラリッサ嬢へ
クッキー、ありがとうございました。
団員たちと美味しくいただきました。
今回は、私が取り込み中だったために、お会いできず申し訳ありません。
また、きてくださいますか?
セドリック』
何だか、遣り切れない思いになってしまい、ため息をつく。一人にしてもらっていて良かった、と心の底から思った。
窓の外を何気なく眺める。今日は雲が空を覆っていて、曇天だった。わたしの心のようだ。
「・・・わたくし、こんなので本当に、シューティエ様と婚約できるのかしら?」
ざわついた心に、一度気づいてしまえば、もう後戻りはできない。
もう一度、手紙をとって眺める。いつ見ても、流麗で美しく整った字。男性と分かる、少し角張った字。わたしの字とは、全く違う。ぼんやりと眺めて、びりっと破った。
「もう、会わない方が、良いのかも」
ぽつりと呟き、息を深く吸い込む。手紙はちりじりになってしまったので、ゴミ箱に捨てた。全て。一つ残らず。バスケットの方を見ると、包装紙に何らかのシールがついている。
近づいて良く見ると、メッセージが書いてあった。
『ありがとう』
そのシールもはがし、ゴミ箱に入れる。
このぐちゃぐちゃになってしまったゴミ箱同様に、わたしの心もぐちゃぐちゃなのだ。だから一度、休むべきだろう。
そう結論付け、バスケットを持っていってもらうべく、そっとベルをならした。
♢♢♢
「クラリス。休んでいるところ、申し訳ないけど、お客さまがいらしているんだ。私は手が離せないから、かわりに応対してくれないか?」
手紙をもらってから、一週間。びりびりに破ってしまった手紙を見て、痛ましそうに顔を歪めていたメイドたちだったけれど、何も言わずに処理してくれた。
そして。セドリックと会わないと結論を出したわたしは、彼に対して全く連絡もせずに、ひっそりと一人で邸内に籠っていた。すると、読書をしていたわたしの部屋に、ヴィンセントがやってきたのである。
「え? お客さま、ですか。わたくしが?」
「ああ。頼むよ、私は急用でね。王宮へ行かなければならないんだ」
「・・・分かりました。少し、お待たせするかも知れませんけれど」
今、両親は領地へ行っており、不在だ。故に、お客さまの対応と言われれば、するしかない。すぐに、メイドたちにお願いして、着替えてから、応接室に向かう。
コンコン。
「失礼致します」
扉をそっと開け、笑顔で中へ入ると—————。
「し、シューティエ様!?」
驚きのあまり、淑女らしからぬ大声が出てしまう。
そう、そこにはセドリックがいたのだ。彼は、わたしを見ると嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりですね。クラリス嬢、あの手紙が届いたのか、気になってしまって。こうして来てしまいました」
少し悪戯っぽく微笑むセドリックに、動揺を隠せず、引きつった笑いのクラリッサ。何とか気持ちを立て直し、ソファに座った。
「えっと・・・。あ、紅茶が冷めてしまったでしょう。すぐに取り替えてもらいますね」
「ああ、構いませんよ。すぐにおいとましますから」
「え? けれど・・・」
戸惑って、流石に引き止めた方が良いかと思ったら、そんな声が出ていた。
「これを、渡しにきただけなので」
「え?」
差し出された小さな小箱。
「開けてみてください」
「え・・・」
戸惑いから脱せないまま、開けると。
「っ!」
息をのむ。
「これ・・・!」
「ええ、そうです。あのときの、アクセサリーショップで見た、銀色の宝石」
そう、そこにあったのは、銀色の宝石でつくられたピアスだった。町に行ったとき、アクセサリーショップで見かけたあの、宝石。
「来週、夜会がありますよね。国王陛下の誕生祭。そこに、私のパートナーとして、エスコートする名誉をいただけませんか?」
セドリックの、銀色の瞳がこちらをまっすぐに射貫く。はっ、とまた息をのむ。
少し、迷う気持ちはあった。けれど。
セドリックの瞳をまっすぐに見返す。
「分かりました。わたくしこそ、よろしくお願い申し上げます」
すっ、と一礼する。顔を上げると、セドリックが頬を染めているのが目に映った。照れているのがあからさまで、わたしの方も顔が熱く感じられる。
「よっ、よろしくお願いします。・・・そのときに、このピアスをつけてくれませんか」
わたしは、少し微笑むと、にっこりと頷いた。
「もちろんです」
まだ、ざわつく心はおさまらない。けれど、それでも、わたしを一生愛してくれると誓ってくれたあなたなら。
わたしは、そっと火照る頬を押さえて、セドリックと見つめ合うのだった。
ざわつく心・・・。




