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ざわつく心とその行方 1

切りが悪い&長めですが、ご容赦ください!

 もやもやとした気持ちを抱えながらも、笑顔で気持ちを隠し、気を抜けばそわそわしそうになる自分を抑える。


 夕食は、レストランでとり、たっぷりと美味しい食事を堪能した。その後、わたしたちはオペラへやってきた。


「まあ。久しぶりにきましたけれど、流石に人が多いですわね」


 オペラにきたのは、かなり久しぶりだが、人びとの心は常に惹き付けていたらしい。


 わたしも、誰かの心を惹き付け続けられたら良いのに、と思ってしまい、はっとした。


(駄目ね。今日はこんなことばっかり考えてしまうわ。せっかくシューティエ様がつれてきてくださったのだから、楽しまなくてはいけないわね)

 

ふう、と深呼吸し、人びとが上っていく階段を、わたしたちも上っていく。


「久しぶり、なんですね?」


 セドリックが、何かを探るように尋ねてくる。それに気づかない振りをして、ええと答えた。


「前には、両親ときましたわ。それが最後ですね。それ以来、王宮で王太子妃教育と王妃教育が始まりましたから、来ることはありませんでしたもの」


 わたしが苦笑まじりに語ると、セドリックがなるほど、と何故か安堵したように頷いてくれた。


「ええ。シューティエ様は?」


「私は、一ヶ月ぶりですね。オペラが大好きな姉がいるのですよ」


「あら、お姉様が?」


「はい。隣国に嫁いでいきましたが、たまに帰ってきたときは家族でいきますね」


 思わぬ家族エピソードに、心がほっこりする。


「そうなのですね。ぜひ、お姉様とお会いしたいですわ。わたくしも、最近見に来ていなかったというだけで、オペラは好きですの」


「そうでしたか!それでは、誘って良かったです。また、いきましょうね」


「ふふっ、まだ見てすらいませんわよ?約束が早すぎますわ」


 ふっ、と思わず笑みがこぼれる。


 可笑しくって、セドリックを見上げると、彼は———————


 驚きに目をみはっていた。


 思わず、はっとする。こんなに笑っては驚かれる。明らかにマナー違反だ。それが社交界の薔薇ならば尚更。わたしは、いつもの笑顔を顔にのせて、彼を見上げた。


「参りましょうか」


「っ、はい」


 頷いたセドリックがエスコートを再開してくれる。そういって、案内されたのはボックス席だった。しかも、かなり上等な席だ。


「見晴らしが良いと評判の席なんですよ。実は、姉に教えてもらったのですが」


 少し恥ずかしげに語る彼。なんだか可愛らしく思えてしまったわたしは、思わずふふっとまた笑った。


「嬉しいですわ。ありがとう存じます。お姉様にも、感謝ですね」


 そっと微笑み、中へ入って二人で座る。それから、開演まで他愛もない話をして過ごす。


「あっ、そろそろ始まりそうですね」


 セドリックが開演の合図に気づいて、教えてくれた。わたしも頷きを返しながら、ふっと思わず微笑む。


「楽しみです」

「私もです」


 てらいもなく、にこっと人の好い笑みで返事をされ、内心こちらが照れる。けれど、持ち前の表情管理でなんとかいつもの微笑みを浮かべてみせた。


 劇は素晴らしいものだった。綺麗な女優が舞台上で熱の籠った演技をし、大いに涙を誘われたのは言うまでもない。涙が頬を伝うのを感じながら、ハンカチも出せずにいると、そっと隣から差し出された。


「あの・・・どうぞ。使ってください」


 できるだけ、わたしの劇への集中をきらさないようにか、小声で差し出された()()。わたしは、お礼もそこそこに受け取り、涙を優しく拭った。


 彼の、香りがした。


「うっ・・・うっ・・・」


 それから劇が終わった後は、わたしは泣きまくったせいで疲れ果てていた。けれど、ぎゅっとハンカチを握りしめ、微笑みをなんとかつくる。


「ハンカチ、ありがとう存じました。申し訳ありません、汚してしまいましたから、新しいものを今度お渡しします・・・」


 ね、と締めくくろうとしたら、セドリックはにっこりと笑ってわたしの手からハンカチをとった。


 え、と戸惑うわたしをよそに、セドリックが微笑みながら首を振る。


「そんなこと、気にしなくって良いです。もらいますね」


 あまりにも、あっさりと言われるものだから一瞬納得しそうになったけれど、駄目ですわ!と慌てて抵抗する。


「そのようなことは許されません!ハンカチはわたくしに、くださいませんか?お願い申し上げますわ」


 まだ潤む瞳で見上げれば、セドリックはあっさりと陥落した。頰を赤く染め、仕方なさそうに頷いてくれる。


「分かりました・・・。ですが、返さなくって結構ですから」


「そういうわけには・・・」

 ここでまた一悶着あったが、わたしが別のお礼を贈らせてほしいと頼み込み、彼が分かったとまたもや了承してくれた。本当に、優しい彼に感謝である。


 あとは帰るだけなのだが、セドリックに待ってもらい、化粧室に入った。


 鏡を見ると、大号泣したせいで化粧は崩れてしまっている。ひどい有様だ。慌ててバッグから、化粧ポーチを取り出し、化粧を直していく。流石にこの状態で、人目があるところに出るのは無理だ。貴族が集まる一種の社交界とも言われるオペラでは尚更。


(それと・・・シューティエ様にも、見られるのは恥ずかしいもの)


 仮にも、自分に求婚してくれているセドリックの前では、綺麗な自分でいたい。丁寧に化粧を施し、身だしなみをチェックした後、化粧室から出る。


 セドリックが笑顔でわたしを迎えてくれる————かと思いきや、セドリックの姿が見当たらない。どこに行ったのか、と焦って周辺を見渡すと、想像していた場所から移った場所にいた。


「しゅ———」


 シューティエ様、と声をかけようとしたら、セドリックの隣に女性がいるのを見つけてしまった。


 大人っぽく髪の毛をシニヨンでまとめ、紺色のドレスを身に纏っている。透明感のある白い肌に、艶やかな唇、高く通った鼻筋。今日観たオペラの女優よりも美しいと思わせるような顔立ちだ。更に、とどめは綺麗なスタイルとその洗練された雰囲気だった。


 声を出そうとして、けれどその景色を見てしまったからには、つまってしまった言葉はもう出ない。


 ぎゅっと唇を引き結び、そっと離れた位置から見守る。その彼女は、綺麗な若草色の髪の毛を少しほつれさせ、またそれがやけに扇情的だった。柔らかい眼差しを発するハシバミ色の瞳を、セドリックにまっすぐに向けていた。


 正直、羨ましい、と思った。そのまっすぐさが。素直さが。可憐さが。


 人は、自分にないものがある人を羨むという。そのことを、初めて実感した。自分にないものを、彼女は持っている。彼女の魅力は自分にはないものばかりで、それがセドリックを惹き付けそうで—————



 そして、セドリックが惹き付けられるかもしれない、ということに怯えている自分に、驚いた。



 驚愕に、目を見開き、その拍子にぱたり、と温かいものが頬を伝う。


「え・・・」


 自分は泣いているのか。


 そのことに、びっくりして涙がぽろぽろと溢れていくのをとめられない。どんどんと伝っていく涙を、セドリックに見せたくなくて、けれど彼がわたしに気づくか分からなくて、そのことにさえ傷ついている自分がいることに驚いて、くるりとわたしはセドリックたちがいる方向に背を向けた。


 気づくか分からないけれど、気づかれたくない。わたしに。涙に。


 今度は、自分のハンカチを出して、涙をそっと拭っていく。先ほど借りた彼のハンカチとは、違う香りがして、それが更にわたしを切ない気持ちにさせた。


「クラリス嬢?」


 そのとき、一番聞きたくて、聞きたくない声が聞こえた。


 思わず目を見開き、ハンカチをとっさにバッグに仕舞いながら、くるっと振り返る。そこには、先ほどの女性とともに歩んできたセドリックがいた。


 笑顔を顔に貼付ける。もはや、これはわたしの習い性だ。


「シューティエ様。お待たせ致しまして、申し訳ありません」


 久しぶりに出した声は、涙でくぐもっていて、自分の声じゃないみたいだった。


 眉を心配そうに寄せたセドリックを気にせず、わたしはそっと女性の方に視線をうつす。


「そちらのおかたは・・・?」


 セドリックは、はっとしたように女性を見下ろし、わたしに微笑みかける。


「紹介します。私の従姉妹の、アメリア・マルダン伯爵令嬢です。幼なじみでもあるんですよ」


 紹介されたマルダン伯爵令嬢が、わたしに向かって笑んだ。


「初めまして。お目にかかれて光栄ですわ。アメリア・マルダンと申します」


 そういって、カーテシーまでされてしまった。わたしも、笑顔をつくり直しながら、彼女に挨拶する。


「初めまして。わたくしは、クラリス・ファルーネ・ヴィシェロエですわ」


 そういって、完璧なカーテシーをしてみせたわたしに向かって、彼女はぱあっと瞳を輝かせる。笑顔のまま、困惑したわたしに彼女は輝いた笑顔のまま、告げた。


「わたくし、ヴィシェロエ公爵令嬢様の、大ファンですの!」

「・・・え?」


 戸惑って、間抜けな声を出したわたしに頓着せず、彼女は興奮した様子で話し続ける。


「本当に、お目にかかれて光栄ですわ! わたくし、貴女さまのことを一目見たときから、なんて素敵なおかたなのかしら、って思って。本当に、その美貌と優秀な頭脳だけではなくて、物腰柔らかでいらして、誰にでも優しくなさっていらして・・・! 本当に、憧れていますの! ああ、今日お目にかかれて本当に幸せだわ。なんて素晴らしい一日なのかしら!」


 終始興奮した様子で、わたしに告げた彼女は、はっとした様子で目を瞬かせた。


「そういえば、ヴィシェロエ公爵令嬢様は、セドリックといらしたのですか?」


 やっと口を挟む機会を与えられ、内心ほっとしたが、顔には出さずに余裕の笑顔でええ、と頷いてみせた。


「シューティエ様に、お誘いをいただきましたの」


「そうなんですね! セドリック、迷惑をお掛けしていないですか? この人、本当に朴念仁だから、わたしもしょっちゅう彼には困らされていたんですよ〜!」


 セドリックと呼び捨て、更には幼い頃からの仲ということを強調され、本人にはその意図はないのだろうが、胸の辺りがざわざわする。先ほど引っ込んだ涙が、僅かに瞳を潤ませた気がする。


 わたしは、一番美しいと誉め称えられる薔薇のようだと評される笑顔を浮かべた。


「そんなことはありません。朴念仁などではなくて、本当に紳士な方ですよ。常に気を遣ってくださいますし、会話もとても楽しいですし、とても楽しい時間を過ごさせていただいてますもの」


 わたしの彼への称賛に、セドリックが目の縁を赤らめているのが視界の端に見えるが、わたしは続ける。


「ですから、迷惑などということは一切ございません」


 わたしのきっぱりとした断言に、マルダン伯爵令嬢はややたじろいだ様子だった。


「そ、そうなのですね? それなら良かったです! これからも、セドリックをよろしくお願い申し上げますね!」


 そのどこか上から目線な彼女に、また胸がざわりと不快に揺れる。だから、わたしはまた笑顔を浮かべてそっと首を傾げてみせた。


「先ほどから気になっていたのですけれど、シューティエ様と仲がよろしいのは分かりますが、夫婦や婚約者といった関係ではないのですから、公の場では呼び捨てはおやめになっては如何でしょうか。わたくし如きに指摘されるのは、不愉快だと存じますけれど、その行動は淑女ではないと批判されてしまうかも知れませんから」


 わたしの言い草に、彼女は目を丸くした後、感激したような笑顔を浮かべる。


「はい! その通りですね! 申し訳ございません」


「いえ、わたくしも、強く言い過ぎましたわ。ごめんなさい」


「そんなこと、ありません! ありがとう存じますわ!」


 そっと一礼した彼女は、家族ときているから、とこの場を離れていった。その後ろ姿を見送ってから、わたしはセドリックを見上げる。

最近は投稿が滞りがちですみません(>_<)

これから2週間ほど、その状況が続くかもしれませんが、お許しください!!

それ以後は、できるだけ投稿を増やしたいと思っておりますので。。。


ぜひ評価、ブックマーク、感想をお待ちいたしております(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

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