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1.終わらない悪夢と、燃え尽きた私

更新は遅いです。ごめんなさい。


「高野、それ、もう何徹目だ?顔色悪いぞ」


同僚の声が、鉛のように重い瞼の奥に響く。分かってる、分かってるんだ。クマは隠しきれないほど深く、肌は荒れ放題。鏡を見るたびに、そこに映るのは十年は老け込んだ自分だ。それでも、休むなんて選択肢は、私にはなかった。いや、正確には、「与えられなかった」。


私、高野葵、30歳。独身。特定の彼氏もいない。この歳まで、看護師として患者の命と向き合うことに全てを捧げてきた。大学病院の救命救急で働いていると、本当に毎日が戦争だ。人手不足は慢性化し、サービス残業は当たり前、休日出勤も数えきれない。患者さんの数は増える一方なのに、予算だの効率化だの言って、新しい人は補充されない。その皺寄せは、全て現場に来た。


「高野さー、ちょっとこれ、明日までにデータ入力しといてくんない?」「え、でも私、今日夜勤明けで…」「頼むよー、人いないんだからさぁ…」


同僚からの頼み事を断ることもできない。みんなギリギリで、誰かが休めば、そのしわ寄せはまた別の誰かに行く。そんな連鎖が、エンドレスに続いていた。


「また課長が新しい研修を義務化したってよ。勤務時間外で参加しろってさ」「はぁ?冗談でしょ。いつ休めって言うのよ…」「マジ疲れる。もうやってらんないわ」


休憩室では、いつも誰かの愚痴が飛び交っていた。私もその輪に入って、上司の悪口や病院への不満をぶちまけた。そうでもしないと、やっていられないほど心がすり減っていたのだ。


「看護師は奉仕の精神が大切ですから」


管理職はそう言って、私達にさらなる自己犠牲を強いた。まるで、患者さんのために尽くすことこそが、看護師の存在意義だと言われているみたいで。正直、そんな美辞麗句は聞き飽きていた。私の胸の中には、患者さんの力になりたいという純粋な気持ちと、このままでは自分が潰れるという焦燥感が常に渦巻いていた。あの過酷な現場で、結婚なんて考える余裕もなかったし、私生活の充実なんて夢のまた夢だった。ただ、ひたすらに、患者を救うことだけが私の全てだったのだ。


今日もまた、深夜のナースコールに飛び起きる。意識が朦朧として、頭がガンガンする。それでも、私の足は勝手に動き出していた。患者さんのもとへ、一刻も早く。それが、私の使命だから。


気づけば、私は自宅のベッドにいた。夜勤明けで、そのまま泥のように眠りについたはずだ。全身を覆う倦怠感。それでも、いつもと違うのは、この、体の内側から湧き上がるような、どうしようもないほどの重さだった。呼吸が、浅い。胸が、苦しい。


「…もっと、患者さんと、ちゃんと向き合いたかったな…」


掠れた声が、誰にも届くことなく消える。理想の看護。人間らしい生活。全てが、遠い夢のように思えた。目の前が、真っ暗になる。このまま、私の人生は終わるのか。こんな、不完全燃焼のままで。


次に目覚めた時、私の意識は、ぼんやりとした光の中に浮遊していた。そこには、形容しがたい存在がいた。人の形をしているようだが、性別も年齢も判別できない。ただ、その全てから、途方もない知と力が感じられた。「そっか。私、死んだんだ。やっとゆっくりできる」


「おー、やっと意識がはっきりしたか。お前、このままじゃ終われないんだよ」


直接、声が聞こえたわけではない。だが、その意思が、私の意識に直接流れ込んできた。やけにフランクな口調に、私は眉をひそめた。


「は?何言ってんのよ。誰よあんた。ていうか、私、もう十分頑張ったんですけど?このまま終わったって、何の悔いもないわ。私が、誰が、そんな大層なことできるって言うのよ!」


私の反論が、意識の奥底に直接響いたのだろう。何かわからない神様的な人から、微かな「…」という沈黙が伝わってきた。


「いや、いやいやいや、お前にはな、やるべきことがあるんだよ。ほら、なんか、ほら、大事なこと」


「だから、その『大事なこと』って何よ?具体的に説明しなさいよ。まさか、私を勝手にどこかに送り込んで、はい、あとはよろしくね、とか言うんじゃないでしょうね?そんなのあんたらの都合でしょ!責任くらい取りなさいよね!」


私は畳みかけるように言い返した。過労で倒れたばかりだというのに、この理不尽な状況に怒りがこみ上げてくる。


「いや、だから、まあ、その辺はお前自身が知る必要はないというか…時が満ちれば、全ては明かされよう、みたいな?」


「みたいな、じゃないわよ!いい加減なこと言わないで!私をどこに送るつもり?何をするつもり?まさか、言葉も通じない場所に放り出すとか、見た目も変えるとか、そんな勝手なことしないでしょうね?私は私よ!私の言葉も、私の見た目も、私の知識も、全部私の権利なんだから、そこは絶対に変えないでよね!」


私の剣幕に、神様的な存在は、明らかにたじろいだ。


「う、うーん…言葉の壁は存在しない。お前の知識は、そのままに。見た目も…まあ、その、時代に合わせた最適化はするが、お前の認識する『お前』であることは保証しよう。それ以上は、もう無理だからな!文句ばっかり言うな!」


神様的な存在は、苛立ちを隠せない様子でそう言い放った。どうやら、私の主張が通ったらしい。


「ふん。最初からそう言えばいいのよ。いい?私の言葉と、私の見た目と、私の知識は、私のものだから。そこは絶対に変えないで。分かったわね?」


私は念押しするように言い放った。神様的な存在は、もう何も言わず、ただ諦めたように私の意識を深い闇へと沈めた。

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