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ライラック  作者: さだ 藤
本編
4/27

海より深く山より高い


 あの日、ちゃんと聞いといたと母に達哉の予定を告げると、たっちゃんも忙しいのねぇとどこか寂し気にこぼし。

 けれど次の瞬間からそれならはりきっちゃおうと、切り替えが早いのがうちの母である。


 土曜日を翌日に控え、明日の準備と楽しげにケーキを仕込みだす母。

 オーブンからは焼けたいい匂いが放たれてきて、思わず俺はすんすんと鼻をならしてしまう。


 うまそー。


 焼きあがった音に立ち上がり、強くなる香りに自然と近くに寄っていく俺に、

 一日寝かせた方が味がしっかりでるから我慢しろと、たっちゃんが来てからねと、言い聞かせ。

 しばらく逆さに置いた後、母の手によって冷蔵庫にしまわれてしまったシフォンケーキ。

 

 そうやって好物を目の前にしてマテをされた俺が、達哉を歓迎するのは当然で。


 昨夜からじりじりしていた俺を知らず、これから向かうーと呑気に送られてきた達哉を玄関で待ち受けた。


 チャイムが鳴った瞬間に、扉を開ければ。眼鏡の奥にある目を見開き、驚いた顔する達哉。


 「熱烈歓迎? そんなに僕に会いたかったの?」


 ちょっと見なかった内にされた外見の変化に、内心驚きつつも。

 いつものふざけたこと言う調子にそれよりも入ってと促して、


「お邪魔しまーす」


 のほほんと勝手知ったる我が家。リビングへの道を進む足取りも、いつも通りに淀みない。


「たっちゃんいらっしゃーい。久しぶりね!」

「久々ですー。これ、少しですがどうぞ」

「あらぁ。気を使わなくていいのに」

「いえいえ、むしろ貰ってくれるとありがたいので。いつもありがとうございます」

「こちらこそ! たっちゃん家から頂いた青梅で作ると何でも美味しいのよねぇ」

「そこはりみさんの腕ですよ」

「またまたぁ」


 主婦の井戸端会議かと思えるほどの、なんとも和やかな会である。

 俺に負けず劣らず母も達哉の訪問を待っていた。


「それにしても、」


 盛り上がった話もひと段落したのかそこで一言置き、母は達哉を上から下へと眺めた。


「背が伸びたわよね、顔つきもしゅってしちゃって」


 達哉は達哉で、両手を腰に当て胸を張り、


「立派になったでしょ?」


 満更でもなく笑う。


「りっぱりっぱ、ご立派よ。利久なんかあんまり変わらないわ」

「そうでもないですよ、俺みたいに急じゃないだけで利久も確実に伸びてます」


 えー? そうかしらー? だってほら、


 にぎやかに尽きない盛り上がりに、一人置いてきぼりをくらう俺。


 確かに俺よりも、少しばかりと言っておきたい。達哉の背は伸びたけれど。

 さすがにもろもろ長いと、大きくため息一つ。苦言を呈させてもらおう。


「もういいですか」


 ぶすくれた俺の声に、二人は顔を見合わせ。

 立ったままでごめんなさいと達哉に謝った母は、すぐに準備するから座っててと背を向けて。

 そこでようやく俺の客は、母に開放されこちらに来た。


「いやー、久々だと盛り上がっちゃうよねー」

「主婦かお前は」

「え、褒め言葉?」

「何とも言えん」


 にこにこと笑う達哉は楽しげで、表情はいつもと変わらない。


 でもほんと、


 こうしてみれば、視線の位置でさえ前とは違うように感じて。


「でかくなった」

「男子はね、刮目してみなきゃだね」

「俺より高い?」

「並びます?」

「……」


 ひょうひょうと返してくる達哉に、ちょっと嫌だなと思う。

 ほんの少し前までは同じぐらいの高さだったはずなのに、と。


「利久だって低くはないじゃん」

「平均です」

「十分じゃない?」

「ある人から言われても」


 悔し交じりに結局どれくらい伸びたのかと聞けば、中学卒業から3cm伸びたらしい。

 たかだか3cm、されど3cm。167と、170の違いはでかい。


 同じ位の中での差と位が変わっての差は、感じ方が大分違うく感じるもので。

 大台に乗られ、俺を置いて先に行かれた感すらある。


「むくれない、むくれない」

「ばーか」


 じゃれ合う俺達の元に、おまちどおさまーとお茶に入った氷を響かせ母がやってくる。


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