海より深く山より高い
あの日、ちゃんと聞いといたと母に達哉の予定を告げると、たっちゃんも忙しいのねぇとどこか寂し気にこぼし。
けれど次の瞬間からそれならはりきっちゃおうと、切り替えが早いのがうちの母である。
土曜日を翌日に控え、明日の準備と楽しげにケーキを仕込みだす母。
オーブンからは焼けたいい匂いが放たれてきて、思わず俺はすんすんと鼻をならしてしまう。
うまそー。
焼きあがった音に立ち上がり、強くなる香りに自然と近くに寄っていく俺に、
一日寝かせた方が味がしっかりでるから我慢しろと、たっちゃんが来てからねと、言い聞かせ。
しばらく逆さに置いた後、母の手によって冷蔵庫にしまわれてしまったシフォンケーキ。
そうやって好物を目の前にしてマテをされた俺が、達哉を歓迎するのは当然で。
昨夜からじりじりしていた俺を知らず、これから向かうーと呑気に送られてきた達哉を玄関で待ち受けた。
チャイムが鳴った瞬間に、扉を開ければ。眼鏡の奥にある目を見開き、驚いた顔する達哉。
「熱烈歓迎? そんなに僕に会いたかったの?」
ちょっと見なかった内にされた外見の変化に、内心驚きつつも。
いつものふざけたこと言う調子にそれよりも入ってと促して、
「お邪魔しまーす」
のほほんと勝手知ったる我が家。リビングへの道を進む足取りも、いつも通りに淀みない。
「たっちゃんいらっしゃーい。久しぶりね!」
「久々ですー。これ、少しですがどうぞ」
「あらぁ。気を使わなくていいのに」
「いえいえ、むしろ貰ってくれるとありがたいので。いつもありがとうございます」
「こちらこそ! たっちゃん家から頂いた青梅で作ると何でも美味しいのよねぇ」
「そこはりみさんの腕ですよ」
「またまたぁ」
主婦の井戸端会議かと思えるほどの、なんとも和やかな会である。
俺に負けず劣らず母も達哉の訪問を待っていた。
「それにしても、」
盛り上がった話もひと段落したのかそこで一言置き、母は達哉を上から下へと眺めた。
「背が伸びたわよね、顔つきもしゅってしちゃって」
達哉は達哉で、両手を腰に当て胸を張り、
「立派になったでしょ?」
満更でもなく笑う。
「りっぱりっぱ、ご立派よ。利久なんかあんまり変わらないわ」
「そうでもないですよ、俺みたいに急じゃないだけで利久も確実に伸びてます」
えー? そうかしらー? だってほら、
にぎやかに尽きない盛り上がりに、一人置いてきぼりをくらう俺。
確かに俺よりも、少しばかりと言っておきたい。達哉の背は伸びたけれど。
さすがにもろもろ長いと、大きくため息一つ。苦言を呈させてもらおう。
「もういいですか」
ぶすくれた俺の声に、二人は顔を見合わせ。
立ったままでごめんなさいと達哉に謝った母は、すぐに準備するから座っててと背を向けて。
そこでようやく俺の客は、母に開放されこちらに来た。
「いやー、久々だと盛り上がっちゃうよねー」
「主婦かお前は」
「え、褒め言葉?」
「何とも言えん」
にこにこと笑う達哉は楽しげで、表情はいつもと変わらない。
でもほんと、
こうしてみれば、視線の位置でさえ前とは違うように感じて。
「でかくなった」
「男子はね、刮目してみなきゃだね」
「俺より高い?」
「並びます?」
「……」
ひょうひょうと返してくる達哉に、ちょっと嫌だなと思う。
ほんの少し前までは同じぐらいの高さだったはずなのに、と。
「利久だって低くはないじゃん」
「平均です」
「十分じゃない?」
「ある人から言われても」
悔し交じりに結局どれくらい伸びたのかと聞けば、中学卒業から3cm伸びたらしい。
たかだか3cm、されど3cm。167と、170の違いはでかい。
同じ位の中での差と位が変わっての差は、感じ方が大分違うく感じるもので。
大台に乗られ、俺を置いて先に行かれた感すらある。
「むくれない、むくれない」
「ばーか」
じゃれ合う俺達の元に、おまちどおさまーとお茶に入った氷を響かせ母がやってくる。




