旅立ちの日(2)
村を出る途中、小さな橋のたもとに、見覚えのある人影が立っていた。
「…..やっぱり来たんだ」
リラだった。幼馴染で、物心ついた時から隣にいた少女。
花の髪飾りをつけて、春の風に髪を揺らしながら、
じっとこちらを見つめている。
「見送りはいらないって言ったろ」
ヨルが言うと、リラは小さく笑った。
「うん。でも、先回りしたの」
手には包みがあった。布に丁寧に包まれたパンと干し肉、
そしてーー小さな鈴。
「旅のお守り。….あんた、昔から無茶ばっかりするから」
リラが差し出すと、夜は黙ってそれを受け取った。
鈴が軽くなる。音は小さく、それでいてどこかあたたかい。
「ありがとう」
それしか言えなかった。本当はもっと伝えるべき言葉がある気がしたのに。
けれど、それをうまく口にできるほど、自分は器用じゃない。
「….本当に行くんだね」
リラの声が少しだけ揺れる。
「うん」
「帰ってきなよ。どんな形でもいいから」
リラは、それ以上何も言わなかった。
ヨルもまた、これ以上何か言えば迷いそうで、
言葉を選ばなかった。
ふたりの間に風が吹き抜ける。
鈴がもう一度、チリンと鳴った。
まるで背中を押すように。
ヨルは静かに背を向けて歩き出す。
振り返らない。今は、まだ。
幼馴染の視線を背に受けながら、彼は村の外へと足を踏み出した。