9.すっかり失念してました!
『騙された!』
そんな気持ちになったのは、レンガの建物から離れて1分もたたない頃だった。
そうか・・・そうか・・・・
トムじいが、わざわざ往路に私を荷台に乗せたのは、体力温存させるためだったんだと、この時ようやく気付いた。
思い返すと、伏線がそこら中に散らばっていた。
一つ目は、目的を言わずに今日は別の場所へ連れていくといったこと。
二つ目は、わざわざ荷台を取り出したこと。
極めつけの三つめは、私を荷台に乗せてくれたこと。
トムじいのここ数日の性格からして、私を歩かせるであろうに、親切にも荷台に乗せて押して行ってくれた。
ここが一番あり得なかった・・・そう、早く気づけばよかったよ。
あの優しさには、裏があるってことを!
チョロい私は、無事に積込み要員としての作業を終え、今は荷台を後ろから押す役目を仰せつかっているところだった。
百歩譲って、レンガ積込み作業までならわかる。わかるが、荷台を後ろから押す人員のチョイスは、絶対間違っているだろう!
わずか5歳の幼児にやらせるなんて、なんて鬼なんだ!心の中で暴言を吐きながら、必死に荷台を押す。
既に私の来ている服は汗染みでびしょびしょだった。
重すぎて、少しだけ力を抜こうものなら、すぐに「しっかり後ろからも押さんか!」と檄が飛んでくる。
(このじいさん!!)
怒りを燃料に、何とかトムじいの小屋まで帰ってきた。
息も絶え絶えで、ドサッと地面に座り込んだ。
酷使した足と手が、ガクガク震えている。
へたり込む私を横目に、「まだ荷下ろしがのこっているぞ!」っと言ってくる。
言い返す気力の無く、残りの力を振り絞って、立ち上がり荷下ろし作業を手伝った。
ようやくすべての作業が終わり、今度こそ盛大に大の字に倒れ込んだ。
気力も体力も暴言はく力さえ、もう残っていなかった。
トムじいは、そんな私を横目で見ると、「だらしないやっちゃのう」といいながら、
一人でさっさと小屋に入っていってしまった。
地面に寝転びながら、ふっと自分のチョロさを自覚した。
往路の荷台に乗っているときは、『トムじいが優しいかも説』が浮上していた。
そんなのは幻想だった。なんて馬鹿な幻想、いや妄想をしてしまったのだろうか。
前世でも先人の知恵が凝縮された名言「タダより高い物はない」という諺があったのに、すっかり忘れてしまってた。
異世界に移ったとて、名言はその通りだった。
今日も一つ私は賢くなった。「無償の優しさより怖い物はない」 っと・・・。
しばらく横になっていたおかげか、大分頭も冷え、立ち上がれるほどの気力が戻ってきた。
スカートについた草をパンパンと払いのけ、ぐいっと伸びをした。
今はお昼時、期待を込めてトムじいの小屋へ入った。
ドアを開けると、おいしそうなスープの香りが漂ってきた。
テーブルの上には、干しブドウがぎっしり練り込まれているパンだった。
それらを見た瞬間、『ぐぅ~ぐぅ』とお腹が盛大な音を鳴らし始めた。
「おぬしの腹時計は、おしゃべりじゃのう」
「・・・」
先ほどのトムじいへの恨みつらみはどこへやら、
すっかり忘れ去り夢中で昼食を食べることになった。
食後一息ついたところで、
トムじいに、明日はポールさんが来るから休んでいいかと聞いてみると、
「明日は元からわしの休みの日じゃからくる必要ない」
「お休みがあるんですか?」
「あたりまえじゃ、休みがないと倒れてしまうだろ。ん?もしかして・・・」
「??」
「アイリは曜日ってしっとるか?」
「知らないよ・・・(前世の曜日はわかるけど)」
スイリはなんで全く教えておらんのかのう・・・っとぶつくさ言いながらこの世界の曜日について教えてくれた。
こちらの世界の暦も前世と全く同じで、1年は365日で、1か月は約30日、1週間は7日。
曜日も月~日曜日まで同じ。
休息日だけが異なり、1週間のうち3日あり、水と土日とのことであった。
(週休3日だったら、二日学校行って一日休みでまた二日行って休みとか、最高!この世界で初めていいって思えたところだよ)
明日は調度土曜日。
まさに休みの日になるため、ポールが明日の期日を指定しても何も言わなかったとのことだった。
(飢えすぎてて、曜日とか気にも留めていなかったけれど、基本的なことがわかっていないとそもそも普通の生活さえままならない・・・)
ようやくそんな初歩の事に気が付いたのだった。
この段階になると、ここの一般常識が何がわかってないのかが、わからない。
重症じゃないかっと頭を抱えていると
「大丈夫じゃ、わからなかったら教えてやるから、悩むんじゃないぞ」っとトムじいが励ましてくれた。
私の中で、トムじい優しい説が再浮上するのであった。
今日はレンガ取りに行って帰れば、お手伝い終了とのことだったので、トムじいから本日の報酬をもらい家へかえることにした。
因みに、トムじいから、お手伝いは午前中限定と言われてほっとしたのは内緒だ。




